第14話 双子の道化師

 かつん、かつん。

 木を切る音が辺りにこだまする。

 ネフェロは剣を振るう手を止めて、隣で必死に斧を振っているフィレールの方を見た。

「交替しよっか?」

「いや、いい」

 フィレールの返事は端的だ。

 そっかと呟いて、ネフェロは再び剣を振るう。

「何本切るの?」

「切れるだけ切り出す。材木だけじゃなくて場所も必要だからな」

「そっか」

「払った枝はまとめておけよ。枝は枝で使うからな」

「分かってるよォ」

 切り倒した木から枝を切り払い、丸太へと加工して次の木へ。

 剣でやったとは思えない丁寧な仕上がりを見ていると、自然と気分も上向きになるようで。

 鼻歌混じりにネフェロは山のような木たちを相手に剣を振り続けた。

「これで家建てるんでしょ? 綺麗にできるといいねェ」

「そうだな」

 フィレールは斧を置いて額の汗を拭った。

 首を回し、肩を伸ばして全身をほぐす。

 掌を握ったり開いたりを繰り返して、再度斧を握り締める。

 大きく振りかぶって、打ち込み。右足を持ち上げて蹴りを入れる。

 ばさばさ、と枝を周囲の木に引っ掛けながら木が倒れていく。

「見事なものなのサ」

 ぱちぱち、と拍手が聞こえたので、フィレールは作業の手を止めて声がした方を見た。

 2人からやや離れた位置に、赤色の道化師が立っていた。クレテラと全く同じ姿かたちをしているが、目の下に描かれている模様の位置が左右逆で、そこだけが異なる。

 傍らに、槍を携えた黒髪の女が立っている。

 女は口を真一文字に結び、鋭い眼光を2人へと向けていた。

 どうやら、世間話をしに来た雰囲気ではなさそうだ。女の様子から何となくそれを察したフィレールは、斧を足下に置いて、問いかけた。

「何か用か」

「残念だけど、君たちにじゃないのサ。君たちと一緒にいる狩人の……何て言ったっけ? 彼を御指名なのサ」

 アノンに用事があるらしい。

 しかし、彼は今塩を作りに海に行っている。

「いねぇよ」

 ストレートにすっぱりと言い切って、フィレールは肩を竦めた。

「出直してきな」

「……ブリスタ!」

 横手から、声。

 出先から戻ってきたらしいクレテラが、口を丸く開いて道化師たちのことを見つめていた。

「また性懲りもなく来たんだな。何度来ても答えは同じ、無駄なことはやめるんだな」

「これはこれは、クレテラの兄様。お変わりないようで何よりなのサ」

 ブリスタはにやりとして、女の背をぽんと叩いた。

 女がブリスタの方を見ながらも、1歩前に出る。

「そう言われたからといって、はいそうですかと引き下がるわけにはいかないのサ。兄様たちの都合なんて、こっちの知ったことじゃないのサ」

「……不本意だが、命令には逆らえないんだ。アノンを出してくれ」

 ふ、と短い溜め息をついて、女が口を開いた。

 凛とした声音に乞われて、フィレールとネフェロの間に緊張が走った。

 彼女たちがアノンを求める理由は分からなかったが、大人しく要求を受け入れるわけにはいかないという気になったようである。

「アノンはいないよ。これは本当。けど、いたとしても出すわけにはいかないみたいだねェ」

 ネフェロは小鳥のように小首を傾げて、言った。

「アノンじゃないと駄目な用事って何? オレたちでは聞いてあげられないのかなァ?」

「『武器』を持ってるのはあの男だけなのサ。君たちではお話にならないのサ」

 肩を竦めるブリスタ。

「それとも何、『武器』を渡すようにあの男を説得してくれるのサ? そういう話なら歓迎するけどサ」

「『武器』は渡さないんだな。ブリスタ、大人しく帰るんだな」

 クレテラは厳しい顔をして、ブリスタを睨んだ。

 背負っていた袋を下ろして、彼はきっぱりと言い放つ。

「この計画、誰にも邪魔はさせないんだな。邪魔をするならブリスタ、君でも容赦はしないんだな」

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