第10話 夕刻の客
洗濯を終えたネフェロとロネが戻ると、先程までとは一転して緊迫した空気に場は包まれていた。
「下がれ!」
両手にナイフを構えたシャロンが、叫んでいる。
彼の視線の先にあるのは、竈の横でへたり込んでいるミラノの姿。
そして、そんな彼女を悠然と見下ろしている巨大な蛇だった。
一対の赤い眼が、夕暮れに染まり始めた太陽の光を浴びてぎらりと輝いている。
ぱちん、と竈の炎が爆ぜた。
その音に反応したか、蛇が顎を開いてしゅーっと声を発した。
「!」
咄嗟に蛇とミラノとの間に身体を滑り込ませ、彼女を身を挺して庇うフィレール。
地を蹴るシャロン。
そんな彼よりも、早く飛び出していった存在があった。
ばちん!
高速で飛来したそれに胴を打たれ、蛇の上体が大きくぐらついた。
シャロンの足が止まる。
蛇を攻撃した存在に視線を奪われ、彼は口を半開きにしたままその光景に見入っていた。
ばさり、と巨大な蝙蝠の翼が虚空を叩く。
「沸いたか」
上空から蛇を見下ろして、アノンは手にした剣を真横に薙ぐ仕草をした。
「いい度胸だ」
しゃあっと蛇がアノンに向かって頭を突っ込んでくる。
アノンはそれを右に迂回してかわすと、剣を大きく振りかぶった。
アノンの剣が、蛇の頭を斜めに斬り下ろす。血の花が咲き、蛇が頭を大きく振った。
更に、振り下ろした剣を持つ手に捻りを加え、その体勢から剣を上へと突き上げる。
刃が、蛇の頭を真下から貫いた。
急所を攻撃され、蛇が暴れた。尾が竈を叩いて破壊し、そこに突き立っていた岩魚の串焼きを吹き飛ばす。
ぐらり、と傾ぐ蛇の頭。
どう、と派手な音を立てて蛇が倒れる。
アノンは蛇の頭の傍に舞い降りると、翼をふっと掻き消して、座り込んだ。
「今が夜でなくて助かったな」
「うわァ……凄いねェ」
蛇とアノンとを交互に見比べて、こめかみの辺りをかしかしと掻きながらネフェロは言った。
「今の羽は何?」
「剣の能力だ。こいつには仕留めた血眼者の魂を使い手に憑依させる能力があるんだ」
アノンは剣を持つ手に力を込めた。
すると、先程消えたはずの翼が現れた。黒い鱗に覆われた巨大な翼はアノンの背で大きく広がり、再度消えた。
「俺は足が不自由でね。移動を伴う作業にはどうしても、足代わりになる力が必要になるのさ」
「それで狩人をやるなんてよく言えたもんだ」
フィレールはミラノから離れ、落ちていた岩魚の串焼きを拾い上げた。
竈は破壊されてしまったが、幸いにも火は残っていた。そこに串を立て直し、続ける。
「ま……助けられたのは事実だ。礼は言っとくぜ」
「怪我はないか。ミラノ殿」
ナイフを腰に戻し、シャロンはミラノに歩み寄る。
ミラノは頷いて、腰を上げた。
「あたしは平気よ」
吹っ飛んだ竈の石を見て、呟く。
「竈……駄目になっちゃったわね」
「元々石をそれっぽく積んだだけのものだったからな。修理するのは容易いが」
アノンは空を見上げた。
大分日が落ちて暗くなった空に、ちらほらと星が浮かんでいるのが見える。
「使う人数が増えたんだ。本格的に竈を組むことを考えた方がいいだろうな」
「何にせよ、明日からなんだな」
ランプを片手に天幕の外に出てきていたクレテラが、アノンの方に歩み寄りながら会話に割って入ってきた。
地面に座り込んだままのアノンの肩を担ぎ上げ、彼は一同の顔を順番に見回した。
「明日から、忙しくなるんだな。皆、今日はゆっくり身体を休めてほしいんだな」
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