第8話 火のない竈

 男たちが戻ってきた時、日は大分西に傾いていた。

 夕刻ではないが、辺りに影が差し始めている、そんな頃合いである。

 手に入れた獲物を下し、彼らは天幕の前に設置された竈の前へと移動した。

 竈の前にはミラノとロネがいた。彼女たちは帰ってきた男たちの存在には気付いていないようで、懸命に竈の中を覗き込んで何かをやっている。

 指先が、煤に塗れて真っ黒だ。

「おい、帰ったぞ」

「──ああもう、全然点かないじゃない」

 ミラノは大仰に溜め息をついて、手にしていた木の枝をぽいとその辺に投げ捨てた。

 顔が上がったことで、自然と視界に男たちの姿が入ったようだ。彼女はお帰りなさいと彼らに言うと、その場に立ち上がった。

「何か獲れたの?」

「鹿に岩魚に……大量だ。今日明日は食い物には困らねぇぜ」

 フィレールが顎で指し示す先には、彼らが運んできた鹿の死体がある。

 大きな鹿だ。解体すれば、それなりの量の肉が手に入ることだろう。

 魚が入っている葉包みを竈の横に置き、シャロンは怪訝そうにミラノに問いかけた。

「……何をしておるのだ?」

「火よ。全然点かないの」

 ミラノは竈を指差して、言った。

 竈の中には、そこらから拾い集めてきたのだろう木の枝が櫓状に組まれている。

 中心部には燃えやすそうな草や葉っぱが敷かれているが、ちょっとでも火が点いたという痕跡はない。

 ふむ、とシャロンは唸った。

「火種を熾すのは、慣れるまで手間と労力を必要とするものだ」

「コツとかあるの?」

「ちょっと待っておれ」

 彼は竈の中から比較的丈夫そうな木の枝を選んで手に取ると、その先端をナイフで削り始めた。

 太目の枝を選んで側面に凹みを作り、削った木の枝を垂直に立てるように組み合わせる。

 掌を合掌するように合わせて木の枝を間に挟み、掌を勢い良く擦り合わせる。

 木の枝が回転することを確認してから、彼は傍らのロネにそれを手渡した。

「思い切り擦り合わせるのだ。上手くやれば火が点く」

「う、うん」

 ロネは見よう見真似で、先程シャロンがやったように木の枝を思い切り擦り始めた。

 シャロンは立ち上がり、ネフェロの方へと振り向いた。

「ネフェロ。鹿を捌くから、手伝え」

「オレがやるの?」

「やり方を教えるから、できるようになれ。我がやるのを当たり前のように思わぬことだ」

 碧眼を向け、彼は腕を組んだ。

「慣れれば簡単だ。御主の剣の腕があればすぐに覚えられるだろう」

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