第7話 独りじゃない

「本気で何もないわね」

 アノンが滞在する天幕で生活用品の物色をしていたミラノは、溜め息をついた。

 彼女が目の前にしているのは、彼女たちが来る前から此処で生活をしていたというアノンが使っていた品物の数々だ。

 蓋のない鍋。取っ手がもげそうなフライパン。錆びて何の汚れが付着しているのかもはや分からないサバイバルナイフ。器と呼ぶには余りにも粗末過ぎる木製の皿と、数本のフォーク。割れた板をそのまま流用しているかのような歪な形状のまな板。

 溜め息が出ない方が不思議だと言わんばかりのラインナップに、彼女の眉間に皺が寄った。

「これでよく今まで生活できてたわね」

「使えるだけ上等だ」

 アノンはそれが当然だとでも言わんばかりにしれっと呟いて、何かをミラノに差し出した。

 削りかけの木材に、スプーンだろうか。丸い形状をした何かが付いた物体を見せて、彼は言う。

「食器は作って増やす。調理器具は材料がなければどうにもならん。少しの間我慢していてくれ」

「……ま、仕方ないか」

 ミラノは鍋にサバイバルナイフを放り込んで、立ち上がった。

 背後に佇んでいたロネに鍋を押し付けて、自身はまな板を手に取る。

「水は何処にあるの?」

「近くに川がある。そこで汲んでくれ」

「……切実に井戸が欲しくなる説明をありがとう」

「──帰ったんだな」

 天幕のカーテンを寛げて、大量の荷物を抱えたクレテラが入ってきた。

 どさ、と彼が目の前に下ろしたのは人数分の毛布だった。

「使える毛布が残っていて助かったんだな」

「持って来たのは毛布だけか?」

 アノンはクレテラが背負っている袋に注目し、尋ねた。

 クレテラは袋を静かに下ろし、その口を開く。

「使えそうな食器もあるんだな」

「早速だが」

 中から出てきたカップや皿に視線を向けつつ、アノンは真面目な面持ちでクレテラに提言する。

「鉄鉱石が必要だ。なるべく早急に手を打ちたい」

「そうすると……採掘に人を出すんだな? せめて拠点の環境が整ってからの方がいいと、私は思うんだな」

「場所への送迎は俺がする。問題はないはずだが」

「……うーん」

 眉間に皺を寄せて首を傾げるクレテラ。

「少し待ってほしいんだな。皆もまだ此処に来たばかりで、環境に慣れていないんだな」

「……そうか」

 やや残念そうに呟いて、アノンは座っている椅子から身を乗り出した。

 ずるり、とずり落ちるように椅子から下りて、奇妙な座位のままクレテラが持ち帰った食器に手を伸ばす。

「井戸を作るにしても滑車の材料になる鉄は必要だからな。調達するなら早めにと思ったんだが」

「そこは申し訳ないんだな。しばらくは木材で代用してほしいんだな」

「……善処しよう」

 カップに入っている小さな罅に顔を顰めつつ、アノンはクレテラの言葉に頷いた。

「──本当に、何もないんだね。此処」

 鍋に目線を落としつつ、ロネはぽつりと呟く。

 3人の視線が彼の方へと向いた。

「お皿を作るとか、水を汲んでくるとか。ぼく、今までの生活でそんなこと全然したことなかったよ」

「普通は誰もやったことがない。安心しろ」

 皆一緒だ、と言って、アノンは手にしたカップを床上に置いた。

「これから慣れていけばいい。基本的なことは俺が教えるし、クレテラがいる時はクレテラに訊いてもいい。周囲の大人に頼っても構わない。とにかく、自分は1人だとは思わないことだ」

「……うん」

「さあ、調理の仕度だ。川から水を汲まないとならないんだろう? 日が落ちて暗くなる前に、行ってきた方がいい」

「そうね」

 ミラノは入口のカーテンを捲って、外の様子を見た。

 まだ大分日は高いようにも見えるが、此処は密林だ。暗くなるのは早い。

「それじゃあ、早速だけど川に行って水を汲んできてもらえる?」

 彼女からの申し出にロネは頷いて、天幕の外に出た。

 川は、木々の陰に隠れていて見づらいが、此処から肉眼で捉えられる位置にあった。

 周囲に野生の獣がいないことを確認し、彼は早足で川へと向かったのだった。

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