第6話 男たちの宴

 元運河都市、と言うだけあって、水源は豊富だ。

 そこそこ大きな川を目の前にして、シャロンはその辺で採取した草の蔓を編んでいた。

 傍らには、石がある。椅子代わりに使うのに丁度良さそうな大きさの丸石だ。

「そっちに行ったぞ、ネフェロ!」

「ええ? えーっと、どっち? あれー?」

 獲物を捕らえるのに奮闘している仲間たちの声に耳を傾けながら、彼は黙々と蔓を編んで1本のロープを作っていく。

「まさかこの歳になってサバイバルすることになるとは思っていませんでしたよ」

 そんな彼の傍に歩み寄ってきたのはセレヴィだ。

 背広姿というサバイバル生活には最も向かない格好をした彼は、全身に木の枝や葉っぱを付けて随分と疲れた表情をしていた。

 大きな葉を何枚も繋いで作った袋と小さなナイフを片手に、シャロンの手元をじっと見つめている。

「流石、慣れたものですね」

「生きるためには必要な技術だ。じきに御主も慣れる」

 長いロープを作り終え、シャロンは傍らの丸石に手を伸ばした。

 石を持ち上げ、下を覗く。

 名前も分からない小さな虫が何匹も張り付いている。それを捕らえて、今作ったばかりのロープの端に結わえ付けた。

 そして、それを川に投げ入れる。

 さらさら、と流れていく水面を眺めることしばし。

 ロープに手応えを感じ、彼は一息にそれを手繰り寄せた。

 ぱしゃ、と姿を現した大きな岩魚に、ほう、と感心の声を漏らすセレヴィ。

「魚ですか」

「肉を得るのは厳しかろうと踏んだのでな」

 魚の口からロープを外し、再度虫を結わえ付けて先程同様川の中へ。

「馬鹿! 何してんだよおめぇは!」

「あれあれ、えーっと、ちょっと待って、ええー?」

「……確かに」

 セレヴィは苦笑した。

「でも、慣れていないのは彼らも一緒なのでしょう? 良いのですか? あちらは放置したままで」

「経験を積まねば上達しまい。我が手を出してしまっては意味がない」

 ロープを手繰り寄せ、シャロンはセレヴィの方をちらりと見た。

 口元に、あるかないか程度の微笑を浮かべている。

「特に、ネフェロ。あれにはとにかく経験させねばな。箱入りは、無垢で何も染まっておらぬ故」

「ネフェロさんのこと、御存知なんですか?」

「あれとは古き馴染みなのだ。幼少の頃から、我は彼の一族と親しき付き合いをしておった」

「……成程」

 などと話をしている間に、シャロンの傍らには岩魚の山ができていた。

 大きさにはばらつきがあるが、どれも主食として扱うには申し分のない肉付きの岩魚だ。

「……こんなもので良かろう」

 ロープを片付けて、シャロンは腰からナイフを抜き取った。

 岩魚を岩の上に載せ、腹に刃を入れる。

 内臓を抜き取り、軽く開いて、中を水洗いして血を落とす。

 抜き取った内臓は葉で作った小袋の中へ。

 本来ならば魚は塩揉みをして日持ちがするように処理をするのだが、塩がないためそのままだ。

 セレヴィから大袋を借り、下処理を済ませたものから順番に、空気を含ませるように入れていく。持ち運びをしている間に少しでも乾かそうという算段なのだろう。

「ああもう、そこにいやがれ! オレがやる!」

「あっははは、何だかごめんねェ」

「暢気に笑ってんじゃねぇ、馬鹿!」

 がさがさ、と茂みが揺れ、怒りで肩を尖らせたフィレールが姿を現した。

 彼は大股でシャロンの方まで歩いてくると、右の掌を差し出してきた。

「シャロン、ナイフ貸せ。あいつの剣は飾りだ、全然役に立ちやがらねえ!」

「……あれの剣捌きに問題はないはずだが。あるとすれば、気性だろう」

 言いながらもナイフをフィレールに差し出すシャロン。

「気長に見てやらねばな」

「今はそんな悠長にしてらんねぇんだよ!」

 シャロンからナイフを受け取り、フィレールは早足で森の中へと戻っていった。

 セレヴィは思い出したかのように持っていたナイフをシャロンへと渡して、掛けていた眼鏡の位置を正した。

 静かに息を吐き、苦笑する。

「……私も、狩猟には向いていないようです。次からは、ミラノさんたちと一緒に雑用をこなすことにしますよ」

「そうか」

 シャロンは立ち上がり、片耳に手を当てて目を閉じた。

 遠くで鳥が鳴いている。甲高い笛の音のようなその声を聞き届けて、彼は目を開いた。

「少しは我も動かねばな」

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