第5話 始まりの開拓者たち
「だから言ったじゃないの。先に小石とか拾っておかないと、敷いた時にでこぼこになるって」
「ああもう、分かったようっせえな!」
クレテラと共に天幕を出たロネを出迎えたのは、鬱蒼と生い茂る密林が四方をぐるりと取り囲んだ景色と、その中心で賑やかに会話を繰り広げている大人たちの背中だった。
純白の鎧を纏った勇者のような出で立ちの男と、修行僧のような格好をした青年、狩猟民族風の装束を身に着けた若者に、学者風の大人しめの服装の男、料理人の制服を纏った女──と、実にバラエティに富んだ面々である。
彼らの目の前には、張ろうとして失敗したのか天頂部が潰れて広がった天幕があった。
どうやら、天幕を設置しようとしているようだ。
「シャロン、どうしよっか?」
「やり直すしかなかろう。ネフェロ、御主は向こう側を頼む」
「皆、ちょっといいかな。話があるんだな」
クレテラは皆を呼んだ。
5組の目が、同時にクレテラの方を向く。
傍らのロネの存在にも気付いたようで、ほう、と声を漏らしたりと反応は様々だ。
クレテラはロネの背に優しく手を置いて、言った。
「新しい仲間なんだな。ええと、名前は……」
「ロネです。ロネ・フットペルタ」
ロネはぺこりと頭を下げた。
大人たちの目が自分に集中していることを肌で感じ、こくんと小さく生唾を飲む。
うんうん、と頷いたのは、皆より頭ひとつ分大きな勇者風の男。満面の笑みを浮かべて、彼は歓迎の意を示した。
「ロネ君か。宜しくねェ」
「子供だからって特別視はしねぇからな」
対して厳しい目でロネを見つめるのは、修行僧風の青年だ。彼は短く刈った黒髪をがしがしと掻きながら、顎で背後の天幕を指し示した。
「早速だ。テント張るのを手伝ってもらおうか」
「後はロープ引っ張るだけだから。そんなに難しくはないわよ」
料理人の女は手にしていた紐のようなものをロネに差し出して、言った。
ロネは頷いて、女に向けて手を差し出した。
クレテラは彼らの遣り取りを見つめて満足そうに頷くと、被った3つ房の帽子の位置を直して、それじゃあと1歩身を引いた。
「私は出かけるんだな。後のことはアノンに頼んであるから、皆、宜しく頼んだんだな」
「行ってらっしゃーい」
ふりふり、と気楽に手を振って、ロネの隣に立ち紐を掴む勇者。
「自己紹介しなきゃね。オレはネフェロ。あっちの派手なのがシャロン」
派手なの、と示した先には、狩猟民族風の若者の姿がある。
確かに彼は派手だ。身体全体に施された刺青といい首飾りといった装飾品といい、遠目からでも目立つ風貌をしている。
「そこで威張ってるのがフィレール」
オレンジの法衣に身を包んだ彼は、紐を引っ掛けた木を見つめて何やら気難しげな表情を浮かべている。
「大人しい人がセレヴィ」
眼鏡を掛け長髪をゆったりと束ねた背広姿の男は、天幕の下敷きになった小石や枝を拾い集めている。独特の雰囲気を持つ彼は、身体を動かすのがさほど得意ではないようで、一挙一動が控え目だ。
「女の人がミラノ」
セレヴィとは逆に快活そうな印象を受ける彼女は、制服が汚れるのも気にせずにてきぱきと動いている。
ポニーテールに結い上げた金髪が、風に靡いてふわりと揺れていた。その様子にはぐれた母親のことを思い出したのか、ロネの表情が暗く陰った。
「……お母さん」
「ん?」
「……何でもないっ」
鼻頭が熱くなる感覚を首を振って追い払い、ロネは紐を力一杯引っ張った。
しかし天幕は潰れたままびくとも動かない。
重いよねェ、と間延びした台詞を呟いて、一緒になって紐を引くネフェロ。
「ロネ君は、どうして此処に来たの?」
天幕の天頂部が、じりじりと引き上げられて形になっていく。
ロネはネフェロの顔を見上げた。
「乗っていた船が、竜に襲われたの……」
「……竜」
「あれも……血眼者だったのかな」
「……どうだろうねェ」
ネフェロは浮かべている微笑みを崩そうとはしなかった。
手繰り寄せている紐を強く引っ張り、手の甲に巻き付けて固定する。形になった天幕を見てひとつ頷いて、彼はロネの顔を見下ろした。
「血眼者は何処にでもいるものだってアノンは言ってたよ。ひょっとしたら、その船を襲った竜っていうのも血眼者だったのかもしれないねェ」
「お父さんと、お母さんと、はぐれちゃった」
「そっかァ。大変だったんだねェ」
紐を止め具に通し、地面の固い箇所を探し、楔を打ち込む。存外慣れた手つきだ。
手を離し、紐が緩まないことを確認してフィレールに合図を送る。
よし、と相槌を打つフィレール。
「おし。ちゃんと張れたな」
「まだ終わりじゃないわよ。生活用品を運び込まないと」
「そっちは任せた。野郎には仕事があるんでな」
自らの掌を拳でぱしんと叩いて、フィレールは声を上げた。
「野郎共、狩りに行くぞ」
「……狩り?」
「食糧調達に行くのよ」
フィレールの元に集まっていく男たちの背中を見送りながら、ミラノは腰に手を当てた。
「何獲ってくる気かは知らないけど、調理に困るものは遠慮願いたいわね」
ひょっとして食材も何もないのか、とロネは尋ねようとしてやめた。訊いたら想像を絶するような答えが返ってきそうな気がしたのだ。
張られたばかりの天幕に目を向けて、胸中で呟く。
お父さん、お母さん、御飯が毎日食べられるって実は凄い幸福なことだったんだね、と。
ミラノはアノンが滞在している方の天幕へと踵を返した。生活用品を取りに行ったのだろう。
ロネは手の甲で頬を拭い、彼女の手伝いをするべくその後を追いかけた。
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