第2話

彼女が何者なのか、その歌や歌声はどうしたのか、興味が泉のようにブワアと湧いて溢れていた。

「君は誰なの?なんて名前?何歳なの?学生?」

「…先に自分が名乗るべきじゃない?」またあの怪訝そうな顔。またしくじってしまった。

「ごめんごめん。僕の名前は吉沢海(よしざわかい)。20歳。これでもこの街の消防士やってるんだよ。人を助けるんだよ。昔からの夢だった。」と、少しハナタカに言う。だが、彼女から帰ってきた返答はあまりにも冷ややかだった。

「…ふーん。」

一言か。僕の職業が、夢が、少し貶された気がしてむっとする。

「あたしは早見七音(はやみななお)。7つの音、で七音。高一よ。」

中二くらいかと思っていた。すまん。と、心の中で陳謝する。それくらい幼顔だが、端正な顔立ちとモデルのようなスタイルをしている。肌の色も夏の晴れ渡った日の雲のように、白い。これだけ華奢で色白なのに、なぜか夏が似合うと感じる。

「なんでこんな朝早くから、こんなとこで歌なんて歌ってるの?」

「真っ昼間に近所の公園で歌歌ってる人がいたら、明らかに不審者でしょ?」

確かにそれはごもっともだ。

「あたしは歌手になりたいの。だからいっぱい歌って、歌って、誰にも負けないような強いインパクトを残せる歌手になるの。そしてあたしの歌で人を…」

「人を?」「やっぱりなんでもない。とにかく、歌手になりたいの。」

なんでもなくはないだろうが、その話題に触れるとまたあの顔をされるだろうから、やめておこう。

「歌手かあ、いいね、向いてると思うよ。」少しでも機嫌を良くするため、というのと本心の半々で口から出たその言葉は、まさかの地雷だった。

「簡単に言わないでよ!歌手のことなんにも知らないくせに!」

彼女の大きな焦げ茶の目は憤懣(ふんまん)していた。左手握り拳を振り上げた。今度こそ終わりだ。目を瞑ろうかと思った瞬間、彼女の目からボロボロと大粒の涙が流れていた。想定外の事態に、年甲斐もなくただオロオロとした。

ストン、と境内の端に座り込む彼女。

「…あたしね、オーディションに落ちたの。もう100回近くも。」

と、語り出した。こういう時どうすべきか、女性の扱いに慣れていない僕はとりあえず横に座った。

「それだけでも十分落ち込むんだけど、まあまだ許せるわ。もっと辛かったのがね。」

うんうんと、ただ相槌を打つ僕。

「信頼してた、一番の親友にね、オーディションのことと、 自分のもうひとつの夢 を話したらね、」

「もうひとつの夢?」と聞いてからまた後悔した。怒鳴り散らされるかとビクビクした。が、

「…馬鹿に、しない?」と、か細い声で聞いてきただけだった。

拍子抜けして言葉が出なかったので、代わりに何度も大きく頷いた。

「…あたしの歌で、誰かを救いたいの。」

体操座りで、小さくなって呟く。まさか。彼女が自分と同じ夢を持っていることにとても驚いた。

目を丸くしている僕に彼女も同じような反応をしつつ、話を続ける。

「この夢を話したら、『歌で人を救えるか』って。『そんな思いだけじゃ歌手になんてなれない』って。今まで応援してくれてたと思ってたのに…」

「なれるよ!そして…その夢は、ちょっと叶いかけてる。」

「どういうこと?」というもっともな返事が返ってくる。

「その、」と、詰まりながらも仕事のことや、彼女の歌声を聴いた瞬間の、あの気持ちを話した。彼女は黙って僕の話を聞いている。

「君の歌で、僕はカアっと胸が熱くなった。こんなことは初めてだよ。だから、君の歌には、きっと人を救う力が、ある。」

高校一年生に、それも今日の小一時間前に初めて会った子にこんなに自分のことを語るなんて、そうそうないだろう。少し照れくさくなって、黙る。彼女も黙ったままだ。

ふと、彼女が口を開いた。「さっきの歌ね、あたしが作詞作曲したんだ。あの時の、そして今のあたしの気持ちが全部詰まってるの。」と、立ち上がり、5,6歩ほど進んで、振り向いた。

「…全部、歌うから。聞いてよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る