第2話最強の吸血鬼が異世界に行くそうですよ?

失った物は二度と戻らない。それは世界の摂理であり真理だ。ただ、当たり前過ぎて人は皆その事を忘れてしまっている。

 我もその一人だ。何百年前の戦争の時も、そして今でも。我は忘れてしまっていたのだ。


「すまない・・・本当にすまない・・・!」

「王・・・」

「我は一体、何処で間違えたのだ・・・」

「ママチャリを吸血鬼の力を使ってこいだ事ですかね」


 現在アルスの目の前にあるのはアルス愛用ママチャリ『ソニックサイクロンV』――――――だったものだ。

 タイヤのフレームはひしゃげ、ハンドルは握り潰されている。前輪も外れていて最早自転車の用途を成していない。

 アルスが吸血鬼の力を使って自転車をこいだ結果、『ソニックサイクロンV』は鉄屑へと進化を遂げた。


「うおおおおおお!ソニックサイクロンVーーーーーーーーー!」

「もう・・・ママチャリって高いんですよ?一台につき二万円弱かかるんです。家にそんな余裕は無いので王の食費から引いときますね」

「ふぁ!?止めてくれセイラよ、一昨日も引いたではないか!我の食費がこれ以上引かれると我は毎日雑草を食べる羽目になる!」

「もう、王にそんなことするわけ無いじゃないですか」


セイラは微笑む。アルスが雑草生活を回避出来た事に安堵した。


(今日の帰りに食べられる野草を取っておきましょう。ふふふ・・・)


・・・セイラの目が笑ってない事に気付かずに。


 二人は尊い(?)犠牲を払い学校に間に合った。そして午前中の授業を受け、今は昼休み。

 アルスはセイラが作ってくれた弁当を食べながら午前中の授業を振り返っていた。


(ふむ・・・やはり新しい知識というのは人生に刺激を与える良いものだ。何故これを嫌うのだろう・・・?不思議だものだ、人間は)


 アルスが人間とは何かと言った哲学的な事を考えているとセイラがやって来た。隣には彼女の友達もいる。


「田中さん、良ければご飯御一緒させていただいても宜しいでしょうか?」


 セイラがアルスに問う。アルスはさてどうしたものかと考える。

 現在、アルスは学校にいる間は田中実と名乗って、セイラと同棲していることを隠している。

 理由は二つ。一つはセイラが滅多にいない美少女だから。セイラは、と言うより吸血鬼全体に言えることだが総じて顔が美形だ(鏡に映ろうとしなかった奴は除く)。アルスは普通の顔にしているが、セイラは顔を不細工にすることは一人の女性として許せないらしく牙と翼を隠しているだけ。

 結果、容姿性格共に良いセイラには男子ファンが多数付き、セイラと仲良くなろうと近付いた男は漏れ無く体育館裏で制裁をくらう事となった。アルスはその為にセイラとは出来るだけ離れて学校生活をおくる事を心掛けている。

 もう一つは・・・


「実君、良いかな?」


 ・・・もう一つは今セイラの隣に居る女子、雛鳥三葉ひなどりみつはの存在が関係してくる。

 雛鳥三葉、面倒見が良く優しい性格でセイラとは違うベクトルの美少女。男子が勝手に開催した『嫁にしたいランキング』でセイラに次ぐ二位になるほどの人気ぶりだ。

 小柄な体でありながら体の一部が異様に大きく、男女合同での体育の時には、激しく動いてる彼女を見てアルス以外の男子が全員前屈みになる事から密かに《崇拝されし聖母》と呼ばれている。

 また彼女は雛鳥のように何時もセイラと行動を共にしているので、二人は学校中で注目の的なこともあり、ひっそりと学校生活をおくりたいアルスは出来るだけ近付かないようにしていた。

 そんな二人がアルスと一緒に昼飯を食べようと誘ったのだ。周りの者はスマホを取りだし何処かへ連絡している。アルスの放課後は体育館裏に決まった瞬間だった。


(考えろアルス・バーンシュタイン!既に体育館裏行きが決まったとはいえこの誘いを断れば『向こうから言ってきただけだ』等の言い訳が通じるはず!)


「えーと、セイラさんに雛鳥さん、申し出はすごく有り難いんだけど遠慮s」

「御一緒させていただいても宜しいでしょうか?」

「いや、遠ry」

「御一緒させていただいても宜しいでしょうか?」

「だからえn」

「御一緒させていただいても宜しいでしょうか?(にっこり)」


(まずい!セイラの目が笑っていない!ここで断れば折角回避した雑草生活がまた来てしまう!)

(王の食事はもうそこら辺の雑草で良いですかね。断ればもう雑草も無しと言うことで)


「あ、あははははは・・・はぁ、どうぞ」

「うふふふふふ・・・ありがとうございます。さあ、三葉ちゃんも」

「あ、ありがとう実君」


 アルスは折れた。

 ああ、今日は夜まで帰れそうにないな、とアルスが思っていると突然アルスの第六感が危険を報せた。


「セイラ!」

「はっ!」

「我の側を離れるなよ!」

「承知しました!」


 どうやらセイラも何か感じたようだ。二人が食事を中断し臨戦態勢をとった瞬間、アルス中心に幾何学模様が描かれた。教室にいる人が唖然としている中、その幾何学模様から黒い鎖が飛び出て、アルス達含めクラスメート全員を拘束する。


(これは・・・!何故これがこの世界にある!?)


 アルスがこの幾何学模様、いや、魔方陣を見て驚愕する。

 しかし鎖に拘束された生徒が一人、また一人として消えていく所を見て状況を判断。セイラに指示を出すためアルスは叫ぶ。


「セイラ!強制転移魔法だ!位置座標は不明、ただ世界単位で何処かに飛ばされる!転移後に周囲を警戒、守れる奴だけ守れ・・・・・・・・!」

「分かりました、王!御武運を!」

「え?え?セイラちゃん、これなに?後、王って・・・」

「ごめんなさい三葉ちゃん、後で説明するね。あと、何があっても守るから・・・」


 アルスはセイラ達の転移を見届けた後、姿を消した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アルスは気が付くと森の中にいた。


「ふむ、ここが異世界と言うものか・・・」

「違うよ、ここは『神界』。全ての世界から断絶した世界さ」


アルスの呟きに答える者がいた。アルスがそちらの方を振り返ると一人の少年が立っていた。


「やっほー吸血鬼君、ボクは神。宜しく!」

「・・・そうか」

「あれ?ボクが神って信じるんだ?」

「伊達に何百年生きていないからな。強者を見分ける事ぐらい造作もない。それに貴様、全くといって良いほど隙がない」


 そうアルスが言うと少年のまとう空気が変わった。


「へえ・・・吸血鬼は皆時代遅れの勘違い野郎だと思ってたけど君は違うみたいだね」

「お世辞はいい。要点を話せ」


 アルスが急かすと神と名乗った少年は嘆息する。


「はあ・・・ったく、これだから人間はせっかちで困る。もっと優雅になれないもんかねぇ?」

「人間の一生は短い。だから生き急いでいるのだろう?我は吸血鬼だが」

「そうかもしれないね。っと、要件を話そうか。実は君にお願いが有るんだけど、今から行く世界に余り干渉しないでくれるかな?」

「何故だ?」

「君は世界の均衡を壊しかねない存在、つまり『バランスブレイカー』なんだよ」

「それを言うならばセイラもだろう?」

「確か吸血鬼は血を吸えばそのぶん強くなるんでしょ?昔、吸血鬼の一人が暴走して人間の血を何人も飲み干していて、そいつを鎮圧するために何人もの吸血鬼が重症を負ったとか。彼女は良くて大陸一つが限度だけど君は違うよね。しかも彼女は君に守れる奴だけ守れと命令されているから好んで戦争なんてしないさ、とボクは思うんだけど?」

「そうだな」


 アルスは首肯する。セイラもアルスも戦争の生き残りだ。戦争の恐ろしさも虚しさも知っている。だからアルスはセイラに限って戦争を好んではしないだろう、と思った。


「分かった。ただ、我も少々退屈なのでな。世界を見てまわる事ぐらいはしてもよかろう?」

「・・・・うん、いいよ。それぐらいは許可しないと君が暴れそうだ。」

「フッ、そうかもな」

「冗談に聞こえないんだよねぇ・・・っと、時間だ。君が転移される所は出来るだけ皆から離れた森にしておいた。真っ直ぐ西に行けば人間の村にたどり着く。最初は慣れないことでいっぱいだけどがんばれー。あと、血を吸って人を殺したら僕が全力で消しにかかるから~」

「恐いわ!」

 

 アルスは神にツッコミをいれつつ今度こそ異世界へと転移した。

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