魔法

魔法が解けるとはこの事だろう。

鏡に映る自分を見てふとそんなことを思う。

ボサボサの髪、荒れた肌、剥げたネイルにガサガサの唇。酷い顔だ。

1ヶ月前に魔法は解けてしまった。

王子様のお迎えどころか、その王子様が私の魔法を解いてしまったのだ。

玄関から見送ったもう二度と見ることのないあの背中が未だに私の網膜に張り付いている。


理由なんてものはありきたりなものだった。

気付かぬうちに少しずつ何かがズレていた。

気づいた時にはもうどうしようもなくて、ズレた歯車を直すのも億劫で結局そのまま見送った。

大好きなはずだった。

彼と出会ってから自分を着飾るようになった。

コスメもヘアケアもスキンケアも色々試して試行錯誤していつも納得のいくものを探してた。

髪がつやつやになっていくのが嬉しかった。

肌がすべすべになっていくのが嬉しかった。

季節に合わせて爪が変わるのが嬉しかった。

メイクでガラリと変わるのが嬉しかった。

その全てを彼に見せるのが楽しみで嬉しくて幸せだった。


髪色を変えた時、髪型を変えた時、ネイルを変えた時、口紅を変えた時。

気付かなくてもいいから全ての変化を見せたかった。

常に新しい自分で彼の目に写りたかった。

だからいつもデートの前は慌ただしかった。

でもその時間こそが何よりも充実してて最高に楽しかった。


いつからだろう。

デート前に服を新調しなくなったのは。

新しいメイクに挑戦しなくなったのは。

髪色を変えなくなったのは。

ネイルを変えなくなったのは。

手を繋がなくなったのは。

甘く擽ったい空気がなくなったのは。

目が合わなくなったのは。

期待しなくなったのは。

諦めたのは。


いつからだったのだろう。

そんなこと考えても今更意味などないだろう。

彼がいない日が続く。

彼がいないのに今日が始まる。

髪を櫛で梳かして適当に結ぶ。

蛇口を捻ってバシャバシャ顔を洗う。

バシャバシャ化粧水を顔に浴び乳液を塗って薄く化粧をする。

彼から貰った口紅もガサガサの唇には馴染んでくれない。

好きな色だったのに全然綺麗じゃない。

見つめる鏡には大して変わらない顔。

恋する女の子は美しくなる。

あれはきっと本当だった。

たった1人の王子様を見つけて恋に落ち自分に魔法をかける。

振り向いてもらう為に彼の好きな自分でい続ける為に自分を愛する為に。


私の魔法は解けてしまった。

ガラスの靴も落とさなかった。

彼も何も残さなかった。

あるのは思い出が溢れかえるこの家だけ。

思い出に縋りついて動けない私だけ。


スーツに着替えてカバンを持ってパンプスを履く。

彼と過ごした家から仕事に向かう。

私の心とは裏腹に外は眩しいくらいに晴天で、彼のいない今日がまた始まる。

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