友愛
未だ友人の彼からメッセージが届く。
それにくすりと笑って返事を返す。
何千キロも離れた、会ったこともない人に恋をしている。
画面上で繰り広げられる会話はいつも幸せで切ないものだった。
触れることは無い、ただ文字の羅列から読みとる感情。
彼からの文章に恋の色など無かった。
それを知っていた私はいつも恋心を隠して文章を送り続ける。
「ずっと話してても飽きないし落ち着くっていうかすごく安心する。すっごく好き」
そんな言葉に胸が締め付けられる。
声のことを言っていると分かっているのに頬が熱くなってしまうのは仕方のない事だった。
あぁ、彼は何て残酷な人なのだろう。
その優しくて鈍感な言葉が私の心を今日も突き刺す。
突き刺された心臓は私の内側にどす黒い液体を溜め、内側から圧迫する。
この液体が溢れたらどうなってしまうのだろう。
きっと彼との関係は崩れてしまう。
必死に押し殺し続けてきた思いは今にも液体と共に溢れてしまいそうだった。
そんな時、幸か不幸か彼が残酷なゲームを始めた。
今ネットで流行っている【嘘告白】というものらしい。
最初は彼からの好きだよって言葉だった。
思わずえっと漏らした私に対して彼は嘘だよーとあっけらかんと言った。
彼からの嘘の告白を本気にした自分が恥ずかしくて嘘を言える程何とも思われてなかったことが切なかった。
それでも、好きと言われるだけで喜んでしまう私はなんて馬鹿なのだろう。
そんな彼に便乗して私も嘘の告白をした。
ホントの言葉と嘘の言葉で塗り固めた歪な告白。
彼との遊びとも言えるこの行為は数日間続いた。
彼からの嘘告白から2週間程経ったある日。
友人から会ってほしい男性がいるとお願いされた。
好きな人がいるから、と断ったが男性は友人と一緒に写る私に一目惚れしたらしく会いたいと言って聞かなかった。
いきなり一対一は気まずいので友人を含め3人で会うことを条件に約束を取り付けた。
本当に好きなのは彼だけなのに彼への想いが偽物になるような気がして気分が悪かった。
結局その日は一緒に食事をして少し話して連絡先を交換して終わった。
家に帰りゆっくりしている時、短い通知音が鳴り、携帯を覗くとメッセージが来ていた。
相手は連絡先を交換した男性で思わずがっかりとした。
私がメッセージを欲しいのも好意を持たれたいのもただ1人だけなのに。
その日の夜はモヤモヤする心を隠すように布団を頭から被って眠った。
それから数週間経ったある夜、彼と通話している最中に例の男性からメッセージが届いた。
内容は告白とも取れるような熱烈なアプローチだった。
えっと声を上げた私に電話越しからはどうしたの?と心配そうな声が聞こえた。
好きな人と電話しながら好きでもない人に告白されているというおかしな状態に頭は更に混乱して私は思わず彼に言ってしまった。
「…今、告白されてる。」
「えっ?」
「でも、好きじゃない人から。」
「あ、そうなんだ。」
「どうしよう…。」
「断らないの?」
「いや、断るけど…なんて言って断ろう…」
「好きな人いるからって言えば?」
「…そうする。」
うんうん悩みながらそれっぽい内容をひたすら打ち込んでいると彼が明るい口調で話しかけてくる。
「好きな人いるの?」
「…好きな人っていうか気になる人…」
何となく本人を目の前に好きな人って言うのが恥ずかしくて気になる人としょうもない嘘をつく。
もどかしくて恥ずかしくていっそ想いを伝えて楽になりたいとさえ思えてきてしまう。
それにまたうんうん唸っているとふと彼が呟いた。
「僕を好きになっていいんですよ?」
何を言っているんだこの人は。
なんて思いながらも理由はよくわからないがその優しくいたずらっぽい声に不思議と口は素直に動いていた。
「いや、その、気になる人っていうか…好きな人なんだけど。」
「?うん。」
「ぶっちゃけると君なんだけどさ…」
「えっ」
「あ、でもね!そのちゃんと告白してきた人のことけじめつけたいのでまた明日、ちゃんと言わせてください。」
「え、あ、はい。」
「…何か、急にごめん…」
「いや、ううん。」
全て言い終わった後に急に恥ずかしさと後悔に襲われその後は何を話したかほとんど覚えておらず、気が付いたら朝だった。
例の男性からはメッセージは届いていなく、既読の文字も無かった。
今日のうちに来るといいんだけどな、なんて半分諦めながら制服に着替える。
イヤホンからは未だに彼の寝息が聞こえる。
それに自然と頬は緩み、行ってきますと小さく呟いて通話終了ボタンを押した。
今夜、確実に彼との関係が変わる。
それはいい意味でも悪い意味でも。
そんなことを考えていたせいかその日は全く授業に集中出来なくて、階段につまづいて、友人に馬鹿にされて、それすら嫌じゃなくて。
頭から彼のことが離れなくて、頭がふわふわして変な気分で、何にもない時にふと好きだなぁなんて思って。
恋って人をダメにしちゃうんだな、なんて馬鹿なことを考えたりした。
甘くてふわふわした綿あめみたいな1日はチャイムと共に終わりを告げた。
携帯に電源を入れてぼんやりと画面を見つめていると、例の男性から短い返事が来ていた。
【恋人は諦める。でも友達として今度は2人で出かけることはできないかな?】
きっとここで了承してしまったら相手の都合の良いようにされてしまう。
それに2人だけという言葉に不穏なものを感じ、急にこの男性が恐ろしく感じた。
【ごめんなさい。】
たった一言、拒絶の意味を込めて打つ。
男性から返事が着くよりも先にブロックして連絡先を全て消去した。
彼とは違う獣のような男性だった。
男性が、私をどのような目で見ていたかは分からないがそこに本当の愛情など含まれていないことだけは確かだった。
石油のような黒いエスプレッソは白い綿あめをあっという間に溶かしてしまう。
どろりとした感触の後に来る強い苦味と追いかけるようにして舌に残る甘味。
大好きな彼への想いと好意のない友人への想い。
その2つは混ざり合い私の胃の中を荒らし、グルグルと渦巻く。
あぁ、気分が悪い。
先程までは綿菓子の様に甘い彼への想いで満たされていたのに今は汚い大人の欲望に塗りつぶされてしまった。
グルグルと渦巻くそれは吐き気なのか怒りなのか。
早く彼の声が聞きたい。
酷く甘く、優しく、私を安心させるあの声を。
グラグラと揺れる密集された乗り心地の良いと言えないバスの中、隣の友人の肩に頭を乗せ目をつむる。
夢の中だけでも会えたなら。
目的地までの30分、そんな馬鹿なことを考えながら眠った。
バスを降りて家に帰って、風呂に入ってご飯を食べて、課題をして。
あっという間に約束の夜になった。
私は彼にメッセージを送る勇気も電話をかける勇気ももう無かった。
あんなに聞きたいと思っていた声も今日はいいや、なんて思えてくる。
いや、やっぱり聞きたい。
幸い今日は彼がバイトがある日で彼からメッセージが届くであろう時間まではまだ少し時間があった。
自分から明日って言ったからには言わないわけにはいかない。
でも、恥ずかしい。
それに断られたらどうする。
そんな事をグダグダ考えているうちに時間はとっくに来ていたようでとうとう彼からメッセージが届いた。
いつも通り何気ない会話をしていつものように通話を始める。
通話を始めてもやっぱり中身のない会話が続いた。
いい加減覚悟を決めよう。
「あのさ、昨日言ってたことなんだけど…」
「あ…うん。」
「えっと、昨日も言ってた通り…その、」
「…うん。」
「えーとね、ちょっと待ってね」
「何なんだよw」
「待って待ってかなり恥ずかしいから」
「分かった待つよ。」
何分かけたのか、あーだのうーだのばっかり言っていつまでも言いたい事は言えず心臓は張り裂けそうなくらいに痛かった。
覚悟を決めて口を開いたその時、心臓は破れ今まで隠した想いを少しずつ流していった。
「えっと、その、好き、です」
「うん」
「よければ、付き合ってもらえませんか」
「…まさか告白予告されるとは思ってなかった。」
「ごめん」
「というか好かれてることも知らなかった」
「な、なんだよー、振るなら早く振れよー」
「いや、うん、僕も好きだよ」
「え。」
「だから付き合ってもらえませんか。」
「え、それ、まじで言ってる?」
「そんなに信じられない?」
「…だって嘘告白してくるぐらいだから友達としてしか思ってないかと…」
「いや、それはほんとごめん。あれはそういうつもりじゃなくて…」
「どういうつもりよ」
「いや、その。ガチで告白のつもりだったけど、断られるのが怖くなって嘘告白って嘘ついた。」
「え、えぇー…」
「誤解させてごめんね?」
「別にいいけど…」
「それで付き合ってもらえる?」
「…私なんかで良ければ…」
「そっちこそ僕でいいの?」
「…もちろん!」
グルグルとしたエスプレッソはいつの間にか真っ白い綿菓子に埋め尽くされてお腹と胸を甘く満たしていた。
甘いものが大好きなお子様な私にはほろ苦い大人の恋愛はまだ早すぎたようだった。
彼も私もいつかはほろ苦い恋愛を経験するのかな。
その時はいっぱい砂糖とミルクを入れて出来るだけ甘くしてほしいな。
きっとそれを言ったら彼は太るぞなんて言うんだろうな。
その時は君のせいですって言おう。
こんなにも甘くするのは君だけだから。
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