歯車
昔から物を壊して改造するのが好きだった。
より良くするため、見栄えをよくするため、壊れにくくするため。
様々な理由で分解して、組み立てていた。
高校生になった今でもそれは変わらず壊しては直してを繰り返していた。
「お前、また修理してんの?」
そう言いながら手元を覗きこんでくるクラスメイト。
彼はクラスの中でも明るく人気者で日陰者の私とは正反対の人間だった。
「…何か?」
「お前、いつも修理してるよなー。俺の心も修理してよ。」
そうヘラヘラ笑いながら彼は言った。
話を聞くとどうやら彼は好きな人と仲良くなれないらしい。
結構ショック…と言う彼の顔から落ち込んでいる様子は見られなかった。
私は一つため息を吐き「人の心は直せない」と言って教室を出た。
話しかけてきたのも彼の気まぐれだろう。
明日にはいつも通りになることを願い家に帰った。
翌日の放課後、懐中時計の改造をしていると彼はまたやって来た。
「また修理?」
「…改造」
「…ふーん」
彼は一体何をしに来たのか疑問に思いつつ作業を進めていると私の隣の席に座った。
何を話すわけでもなく歯車を外して、ネジを回して歯車をつけて。
綺麗に噛み合った歯車に満足して改造を終える。
「…笑った」
「何?」
「いや、別に…」
「…ふーん」
気のない返事をして教室を出ようとすると慌てて彼が私を引き留めた。
「あのさ!」
「…何?」
「実は、さ。俺好きな人がいるんだよね。」
「…知ってるけど。」
「あの、その人と上手くいくように協力してくんね?」
「何で私が…友達に頼んだら?」
「友達だと余計なことしてくんだよ!こういうのは最近仲良くなった人の方がいいんだよ。」
「仲良くなりましたっけ?」
「ひどっ!そんなこと言わずにさーお願い!」
あんまりにもうるさく引かない彼に深くため息を吐いて了承した。
すると、彼は飛び上がる程喜び一方的にお礼を早口で述べた後、玄関を飛び出して行った。
一気に静かになった廊下におかしくなって一人で笑い、歩きだす。
「好きな人…ねぇ」
もう少しで分かりそうだったそれは、自らの手で壊すことになってしまった。
馬鹿らしいと自嘲気味に笑って学校を後にした。
それから数ヶ月間、彼の恋愛相談は続いた。
何度目かの懐中時計を改造している時、「俺告白しようと思う」そう彼から告げられた。
カチリと綺麗に嵌った歯車を見ても今は嬉しく感じられなかった。
そのままネジを回しながら彼にそっけない返事しかできなかった。
「でも、その子俺のこと何とも思ってないみたいなんだ。」
「そう。」
「たまに見れる笑顔が可愛くて」
「…うん。」
「俺、すごく好きなんだ。」
「…もういいよ。」
そう言いながら直し終わった懐中時計をポケットに入れ、席を立つ。
「…応援してる。頑張ってね」
パキッと音がして私の心が壊れた。
私が人の心も直せるのならどんなに楽だろうか。
そしたらこんなに胸は苦しくなかったのに。
視界は滲まなかったのに。
「じゃあね。」
震えた声で教室を出ようとすると腕を掴まれた。
「…どうして泣いてるの?」
「…泣いてない」
「期待してもいいの?」
「意味が分からない。」
早く離して欲しくて顔を見られたくなくて必死に逃げようとする。
それでも彼は続けて言う。
「人の心を直せないなら改造してよ。」
「はぁ?」
「あんたの心が時計なら俺と歯車を回して俺と一緒の時間を過ごしてよ。」
「言ってる意味が分からない。」
「だから、あんたが好きなの。あんたが俺のこと好きじゃないなら俺のこと好きになるように改造してよ。」
「……そんなの無理。」
「何で。」
「だって…もうこれ以上改造できない。」
涙でぐしゃぐしゃな顔で笑い返すと彼の顔は驚きに染まった。
それから彼は私を抱きしめ幸せそうに笑った。
カチリ、カチリと秒針の音が聞こえる。
これから始まる彼との時間を知らせるように二人きりの教室にチャイムが鳴り響いた。
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