恋愛
しの
桜が咲く頃に
はらり、はらり。
そんな音をたてながら降り注ぐ桃色の雨。
辺り一面は桃色の絨毯のように風に運ばれてきた桜の花びらが敷き詰められていた。
ざぁ…っと風が吹きまた花を散らせる。
儚くも美しい桜に人は見惚れるのだろう。
綺麗に花を咲かせた桜の木から一部手折った。
罰当たりなのは知っていたがどうしても今日必要だった。
私は今日儚い桜を撮るために一眼レフを首にかけ近くの公園にやって来ている。
この公園は桜並木が綺麗だが、古いせいか誰も遊びには来ない。
錆びたブランコに汚れたシーソー、桜に埋もれた滑り台。
全ての時が止まったように一年前のあの頃のままだった。
公園へ踵を返しながらあの頃のことを思い出す。
一年前のあの日、私は彼に出会った。
彼は高そうな一眼レフを手に持ち桜を撮っていた。
上手く撮れた写真を見て微笑む彼に好意を抱くのに時間はかからなかった。
それから毎日桜を見に来ては彼と色々な話をした。
桜が散ってもその関係は変わらなかった。
青々とした葉桜が生い茂り、葉が茶色に染まり、枝に雪が積もる季節に彼に想いを告げた。
彼は幸せそうに微笑み"ありがとう"と言った。
ただそれだけだった。
想いが実ることは無かった。それでも彼の隣にいれるならそれだけで幸せだった。
今、棺桶の中で眠る彼と再会する。
もう治ることはない病気だったらしい。
泣き喚く彼の親戚の声や蔑む周りの目など気にもならなかった。
黒い喪服に身を包み彼の棺桶を開けたくさんの桜を入れる私はきっと頭のおかしい奴だろう。
それでもあなたに綺麗に咲いた桜の香りと色を見せたかった。
あの頃の笑顔が見たかった。
罰当たりなことをしてあなたの元へ早く行けたならどんなに私は幸せだろう。
あなたからの遺言書に書かれていたあの最後の1文、あの言葉だけで私はもう充分だ。
「あなたには桜がとても似合う。」
侮蔑と冷めた視線に囲まれながらあなたに最初で最後のキスを交わす。
あなたに会いに行くことを誓って。
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