第21話秘密


「先輩ちょっと良いですか?」


仕事中、田中がみさきを休憩室に呼んだ。


「あの、植物状態の人は…。双子の妹さんらしいですよ。れいなとまこ…。」


「そっかぁ…。」


巧妙な嘘だとみさきは感じた。


「最低じゃないっすか!植物状態の人をいくら双子といえども利用するなんて。」


「最低だね。その最低な男に惚れたわたしはもっと最低だわ。」


「先輩は、悪くないっすよ。」


「ありがとう。重たい秘密を共有してくれて。」


休憩室が冷えきっていた。


「今日…。別れてくるね。」


「そうっすか…。」


田中も何も言えない。







今…。駅前でみさきは明を待っている。


嘘の上手い人…。


数ヶ月だったか…。


恋の賞味期限も切れる頃かな。


「やあ、ちょっと久しぶりだね。」


明の落ち着いた笑顔に疑惑を持つのは初めてだった。



喫茶店に入った。


心も体も冷えきってしまった。


「別れましょう。」


「え?」


「お尻からしっぽさん。あなたの嘘は見破りました。」


「嘘?どんな嘘かな?」


明に、動揺した様子はない。


この人には心がない。


開き直るだけだ。


「わたしって不倫とか浮気は嫌いなんだよね。だから別れて下さい。」


「不倫?浮気?してないけど。」


「だって奥さんいるんでしょう?」


双子の話はしたくなかった。


「だから、彼女は…。」


「植物状態の妹さんでしょう?」


さすがに明の顔が歪んだ。


「調べたの?じゃあ仕方ないね。別れよう。」


逃げるように明は、喫茶店を出て行った。


「…。じゃあ別れようか…。」


そんなに簡単なものだったんだわたしは…。


全人格を否定されたみたいでみさきは笑うしかなかった。


携帯電話が鳴る。


田中からだ。


でも、今は誰とも話したくない…。


喫茶店で放心状態でいると、明から電話がきた。


【妻とは別れる、君を失うのは怖い。】


面と向かって言わないのが明らしい。



「今すぐ別れてわたしの目の前に来れたら良いよ。」


意地悪な言葉を吐く。


「それは…。」


「無理なら良いよ。さようなら。」


みさきも店を出た。


田中が家の前で寒そうに待っていた。


「ストーカー?」


冗談ぽくみさきは田中に聞いた。


「違いますよ、今日、花子さんから鍋するから来ないって誘われたんすよ。」




みさきが田中に近づくと暗がりから明が出てきて田中の背中にぶつかった。


ぶつかっただけではなくて田中は倒れた。


背中に何かが刺さっている。


すぐにみさきは救急車を呼んだ。


明は、その隙に逃げた。


「いてぇ…。」


「大丈夫、今、救急車呼んだから。」


何で?何で?こんな事になるの…。秘密を共有したから…。



田中は一命をとりとめた。


明は、今だ逃走中。


「あいつ、先輩を刺そうと思ってたと思いますよ。」


「じゃあ、春馬君は、ヒーローだね。」


「割に合わないヒーローすよ。」



「わたしと結婚を前提に付き合えても?」


「マジっすか!いてぇ!」


2人は、笑いあった。

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