第8話 dolce~柔らかく~

生徒会執行役員の会議終わり、

由紀と並んで廊下を歩く


「ねぇ、侑」

「ん? なに?」

「椿先生と練習してるの?」

「うん」

「あんなに冷たかったのに?」

「…やっぱり先生が必要かなって」

「ふ~ん」

「…なに?」

「ううん、2人が上手くいってるみたいで安心」

「上手くって…」

「椿先生と練習するようになって

 侑の演奏なんか変わったから」

「えっ、変わったって!?」

「あっ良くなったって意味ね」

「良くなった?」

「うん、機械的じゃなくなった感じ」

「…」

「ピアノ楽しい?」

「…うん」


楽しい


そう思うようになったのは、

椿先生のおかげだと思う


演奏中にふと先生の方を見れば目を閉じて

楽しそうに聴いてくれている

見つめていればそれに気づいて

優しく微笑んでくれる


あたたかい


椿先生と一緒にいるとあたたかい


演奏をいつも褒めてくれる

優しく微笑んでくれる

それが嬉しくて、楽しくて


好きだ




「成瀬さん」


「噂をすれば」

「にやにやしないで」


「椿先生」

「生徒会終わった?」

「はい、これから練習室に行きます」

「そう、じゃ私も準備して向かうね」

「はい」

「じゃまたあとでね」

「はい、それじゃ」

「桜井さんもまたね」

「は~い」


「“椿”先生なんだ?」

「…なにが?」

「なにがって」

「…」

「やっとピアノ以外の大切なものが

 見つかったみたいで嬉しい」

「…いいのかな」

「う~ん、正直ダメだね」

「だよね」

「でもさ、卒業後はいいと思う」

「えっ?」

「学業やピアノが疎かになったり、

 他の生徒への示しがつかないから今はダメ。

 でも、生徒じゃ無くなれば縛られるものは無いよ」

「そうかな…」

「女とか関係ないと思ってる」

「そうだけど…」

「本人たちの気持ちがしっかりしてれば関係無い」

「由紀って強いね」

「だって絵梨えりの事好きだから」


由紀には“彼女”がいる

中学の同級生の絵梨

隣の共学の高校に通ってて

可愛い外見から学園のマドンナ的存在。

それでも、由紀と絵梨がお互いを大切に想ってるから

喧嘩も殆どなく順調に交際を続けている


強いよ、由紀は本当に強い



「本当に好きなら手放しちゃだめだよ」

「…うん」


両想いとか

抱きしめ合ったとか

キスしたとか


誰にも言ってない

言える訳がない


それでも由紀は気付いてた

きっとどこか似ているところがあったんだろう


類は友を呼ぶのか…


----------------------------------


「遅いよ」

「すみません」

「なにかあった?」

「いえ、ちょっと話し込んじゃって」

「生徒会のこと?」

「雑談です」

「そっか、仲良いのはいいけど

 練習に遅れないようにね?」

「はい」

「うん、じゃ始めよっか」


♪~~


「うん、凄く良い」

「ありがとうございます」

「柔らかくなったね」

「柔らかい?」

「うん」

「…機械的じゃなくなった」

「そうだね、そんな感じ」

「…」

「どうしたの?」

「由紀に言われたんです」

「なんて?」

「演奏が変わった

 機械的じゃなくなった感じって」

「よく見てるんだね」

「一緒にいる事が多いからですよ」

「…そうだね」

「良い意味で変わったって言われたんです

 これは椿先生のおかげです」

「私?」

「はい」

「私はなにもしてあげられてないよ」

「こうやって一緒に練習したり

 演奏後の感想を話してくれたり

 微笑んでくれたり

 そう言ったことが嬉しいです

 楽しいです」

「…照れるから」

「照れてる顔も可愛いですよ」

「っ! 何いってるの!」

「ふふっ」

「からかわないで!」

「はい(笑)」

「笑ってる!」

「だって可愛いから(笑)」

「…」

「…怒りました?」

「…違う」

「えっ?」

「可愛いって言うから恥ずかしいの! ばか!」


椿先生の顔を見れば、真っ赤だった

こんなに顔を赤くして照れるとか、ずるい


「美彩」

「ッ!」


我慢できなくて抱きしめた

今日も個室練習だから

誰にも見られない


いいよね

2人っきりだから


「…侑?」

「真っ赤になって照れてるの可愛い」

「…可愛くないから」

「可愛いです」

「可愛くない」

「可愛い」

「…ばか」

「ふふ、やっぱり可愛い」


「ピアノを好きになれたのは

 美彩のおかげだよ?」

「私?」

「うん」

「本当にそうなら嬉しい」

「本当」


「美彩?」

「ん? なに?」

「美彩の好き」

「私も侑の好き」


には魔力がある


こんなことを誰かが言ってた気がする


それが本当かのように

美彩のは本当に綺麗で吸い込まれそう


この綺麗なをずっと見ていたい

見つめられていたい

ここに映るのは私であってほしい


「侑」


名前を呼ばれて意識を美彩に戻した瞬間


あっ


唇に触れる柔らかいもの


すぐに離れるかと思えば離れない



離れたくない




コンコンッ


ッ!


急なノックに慌てて離れる2人



ガチャ


「渡辺さん」

「お疲れ様です」

「どうしたの?」

「先輩ちょっといいですか」

「あっまだ練習中なんだけど…」

「じゃ終わったらちょっと時間貰えませんか?」

「うん、いいよ」

「練習終わったらここで待ってます」

「うん、分かった」

「じゃ失礼します」


ガチャ



「渡辺さん?」

「はい」

「何か用だったの?」

「そうみたいですけど、

 まだ練習中って伝えたら終わったあとでも良いって」

「…告白するのかな」

「告白?」

「うん」

「誰にですか?」

「…侑に決まってるでしょ」

「えっ!?」

「渡辺さんは侑が好きってオーラ凄いから」

「オーラ?」

「私には敵対心剥きだしだから」

「そうなんですか…」

「告白OKするの?」

「まだ告白されてませんから」

「まだ?」

「されても断ります」

「断るんだ」

「OKしてほしいですか?」

「う~ん、それはちょっと寂しいかな」

「ちょっと?」

「う~ん、ちょっと」

「ちょっとですか…」


「それより」

「…はい」

「練習中だった?」

「え?」

「あの時ピアノ弾いてたっけ?」

「…いえ」


にやり


言葉にすればこんな感じだ


今の椿先生の表情は“にやり”


「なにしてたっけ」

「それは…」

「それは?」

「…」


確信犯

絶対にそうだ


恥ずかしく言葉に出来ないって分かってて

わざと質問してきてる


「侑?」

「意地悪なんですね」

「そうかな?」

「そうです」

「答え教えてあげる」


そう言って近づいてきた先生を

見つめたままこの後のことを予想する


思ってた通り



先生はキスをした



優しい優しいキスをしてくれた。

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