第9話 calando~和らいで~



起きて侑



えっ……


「んっ…」

「侑、起きて」

「はい…」

「ふふ、まだ眠い?」

「…いえ」

「眠そうだね」

「すみません」

「ううん、遅くなってごめんね?」

「いえ、大丈夫です」


そうだ

放課後の練習前に椿先生は職員会議で

少し遅れるって言ってたんだ


練習室に1人

色々考え事をしていたらつい居眠りを…


「寝不足なの?」

「…少しだけ」

「夜更かしするタイプって感じはしないよ」

「練習を少し」

「やっぱり」

「すみません」

「練習はいい事だけど睡眠はしっかり取ってね」

「はい」

「うん、じゃ練習始めよっか」

「はい!」


♪~~



「そろそろ終わりにしよっか」

「はい」

「お疲れ様」

「ありがとうございました」

「私も今日はもう帰るけど駅まで一緒に行く?」

「っ…今日は…」

「ん?」


コンコンッ


ガチャ


「失礼します」


「成瀬先輩練習終わりましたか?」

「うん、今終わったよ」


「渡辺さん」

「あっ、椿先生。お疲れ様です」

「お疲れ様。2人で帰るの?」

「あっ、いやこれは」

「いえ、これから先輩に練習を見てもらいます」

「これからって、もう校舎は閉まるわよ?」

「はい、だからこれから先輩の家に行きます」

「…家?」

「先輩の家にもグランドピアノがあるので

 先輩の家でレッスンしてもらいます」


「成瀬さん どう言うこと?」

「ずっと練習見て欲しいって言われてて」


微笑みながら聞いてきた椿先生の表情は、

綺麗でとてもとても怖い笑顔だった


「そう、じゃ私は職員室に戻るから

 成瀬さんここを施錠したら鍵返しに来てね」

「…はい」

「それじゃ、渡辺さん、さようなら」

「さようなら」


「笑顔だったけど目が笑ってませんでしたね」

「やっぱり?」

「はい。椿先生って怒ったら怖いですね、きっと」

「うん、そう思う」

「気を付けてくださいね、先輩」

「うん。鍵返してくるから校門の所で待ってて」

「はい」


「失礼します」

「遅かったね、渡辺さんと話してたの?」

「…少しだけ」

「家でレッスンってどう言うこと?」

「この時間は校舎閉まるので場所が家しかなくて」

「今、19時よ。一体何時までやるつもり?」

「22時くらいを予定してます」

「そんな時間に渡辺さんが1人で帰るのは危ないよね?」

「渡辺さんは母が車で送って行きますから…」

「……そう」


嫌な空気が流れる

居心地が悪くて逃げ出したい気さえする



「…ごめん」

「えっ」

「…」

「…美彩?」

「…」

「渡辺さんのレッスンするの嫌ですか?」

「…うん。渡辺さんは侑の事好きだからちょっとね」

「それって嫉妬ですか?」

「そうかもしれないね」

「そうなら嬉しいです」

「嬉しいの?」

「はい(笑)」

「からかってる?」

「いえ、今度デートしましょうね」

「っ……ばか」

「それに渡辺さんとは何もありませんから」

「…うん」

「それじゃ、また明日」

「気を付けて帰ってね」

「美彩も気を付けてね」

「うん」


さっきまでここから逃げ出したいって思ってたのに

あの嫌な雰囲気の原因が嫉妬だと分かった瞬間に

先生が愛おしく感じた

心配になった?

不安になった?

嫌だと思ってくれた?


嬉しい


好きな人に負の感情を与えて

嬉しいって思うなんて

私は歪んだ性格なのかもしれない


けど、


嬉しいものは、嬉しい


油断すればほころんでしまうほどに。




「ごめん、遅くなった」

「遅いです」

「ごめん」

「椿先生に口説かれてました?」

「えっ?」

「椿先生って先輩の事狙ってますねよ?」

「…いや、聞かれても」

「まぁいいです。負けませんから」

「負けないって?」

「今すぐはきっと無理ですけど、

 いつか先輩に選んでもらえるようになります」

「渡辺さん…」

「告白はしません

 今しても振られるって分かってますから。

 でも、勝手に好きでいるのは良いですよね?」

「……」

「先輩に迷惑掛けませんから!

 好きでいる事は許してください

 ……お願いします」



この子は凄い

叶わないと分かっていても諦めるんじゃなくて

叶うように、報わられるように努力するなんて…


私だったら諦める


例え好きな人に恋人が居なくても

自分には手の届かない相手だと分かったら

私はそこで諦める


「…渡辺さんは強いね」

「強い、ですか?」

「うん」

「それってどう言う意味ですか?」

「私だったら諦めるから。

 諦めないで頑張れるって強いよ」

「…ただ諦めが悪いだけです

 自信だって本当は無いし

 でも、それでも諦めたくないんです。

 好きだから

 今諦めたら絶対後悔するって事はなんとなく分かるから」

「……ありがとう」

「えっ?」

「そんなに好きになってくれて、ありがとう」

「…本当に、先輩は…ずるいです」

「えっ」

「無意識なところがもう…」

「なんかまずいこと言った?」

「いいえ、素敵です

 先輩は全部、全部素敵なんです」

「えっ」

「だから…好きなんです」


「いいよ」

「えっ」

「勝手に好きでいていいよ

 気持ちに応えられるかは分からないけど」

「ありがとうございます

 絶対好きになってもらいますから」



そのあとは家で渡辺さんの練習をみて

母が作った夕食を3人で食べた

父は今夜も遅くまで仕事で会食らしい


「夕食まで頂いてしまって

 本当にありがとうございます」

「いいのよ、侑が友達を家に連れてくるなんて

 とっても珍しいことだからつい嬉しくて

 友香ちゃんまた来てね」

「はい! 先輩に練習見てもらいたいので

 私もまた来たいです!」


家には由紀か美穂くらいしか来た事がないからか

後輩を連れて来たことを母は凄く喜んでいた

渡辺さんを送って行く車内でも2人は

仲良く話していて私は1人蚊帳の外みたいに

ずっと窓の外を眺めて先生の事を考えていた


学校以外で会う先生はどんな感じなんだろう

“デート”らしい事もしてみたい


-------------------------------------------------


翌日の放課後練習で急に椿先生に

コンサートってよく行く?と聞かれた


「コンサートですか?」

「そう、クラッシックの」

「興味はあるんですけど、

 あまり行ったことはないです」

「じゃ、今度一緒に行く?」

「えっ?」

「実は校長先生からクラッシックコンサートの

 チケットを2枚貰ったの。

 “成瀬君に良い刺激になればと思って”だって」

「…相変わらず特別扱いですね」

「校長先生のお気に入りだもんね」

「いい迷惑です」

「でも、その特別扱いのおかげでチケット貰えたんだよ?」

「そうですけど…」

「私とコンサートデートしたくない?」

「えっ」

「今度の土曜日に2人でコンサートに行くの。

 校長先生から貰ったチケットで勉強も兼ねてる

 だから……堂々と学校の外で会えるんだよ?」

「っ…」

「いや?」


あぁ…

絶対に確信犯

そんな綺麗な瞳を潤ませて

首を少し傾けて

“いや”って……


「いやな訳ないじゃないですか…」


“初デートだね”


こんな言葉を言われては余計に意識してしまう


ずるい



……土曜日って明日じゃん



「土曜日って明日ですよね?」

「うん、そうだね」

「待ち合わせ時間や場所は?」

「14時に会場の1階ロビーで待ち合わせね」

「はい」

「…連絡先交換しておく?」

「…はい」


教師と生徒間の個人的な連絡先の交換が

禁止されている訳ではないが、

なんとなく暗黙のルールで誰もそんな事はしなかった

保護者や自宅の連絡先や学校の代表番号のみのルール


いけない事をしている訳ではないのに

何故だかドキドキする

バレてはいけないようなそんな緊張感


「他に連絡先知ってる先生っているの?」

「居ませんよ」

「私も他の生徒の連絡先は知らないな…」

「…」

「なんか特別な感じがするね」

「そうですね」



特別な秘密


それが嬉しかった


練習終わりに廊下で知らない子に声を掛けられた

同じ学年ではないから後輩だろう


「成瀬先輩」

「なに?」

「あの、その」

「…」


なんとなく分かる

告白の空気


ごめんね

せっかく勇気をだして声を掛けてくれたのに

ごめんね


「好きです」

「…」

「好きです! 大好きです!」

「ありがとう」

「…」

「でも、ごめんね

 君の気持ちには応えられないんだ」

「っ…はい」

「本当にごめんね

 でも、告白してくれてありがとう」

「はい」


“はい”

そう言った彼女は辛そうな表情だった

ごめんね

本当にごめんね



「侑」

「由紀、どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ

 また告白されてたでしょ?」

「…うん」

「前からモテてたけど最近告白増えたよね」

「うん、なんでだろう…」

「最近の侑ってなんだかさ、

 雰囲気が柔らかくなったんだよね

 前はクールで格好良い副会長

 で、今は格好良くて優しくて笑顔が可愛い副会長!」

「なにそれ」

「近寄りやすくなったんだよ

 だから告白できずにいた子たちが

 今頑張って告白してるって感じ!」

「…」

「まぁ、他に好きな人がいるのに

 告白されるのは大変だよね

 それに、恋人も良い気しないだろうし」

「恋人って」

「自分の好きな人がモテるのは嬉しいけど、

 モテ過ぎるのはねぇ~気を付けなね」

「気を付けるってなにを」

「好きな人を不安にさせちゃダメだぞ

 それに先生って怒ったら怖そうだし…」

「…確かに」

「お幸せに~」

「からかわないでよ」

「じゃ~ね~」

「…」


誰に告白されても、椿先生が1番


先生も私が1番だと思ってくれていたら良いな…




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