第4話 piu mosso~今までより速く~

副生徒会長ということもあり

成瀬さんは学年関係なくどの生徒とも仲が良い

教師からの信頼もあり

“誰にでも優しい子”


それなのに


私には素っ気ないというか

あまり関わりたく無さそうな雰囲気を出している


どうして…




「あれ、成瀬さんは?」

「あ~、侑なら生徒会室だと思いますよ」

「今日会議の日?」

「違うと思いますよ、見てきましょうか?」

「ううん、私が行くは。美穂さんは練習初めてて?」

「はーい」

「じゃ、ちょっと生徒会室行ってくるね」

「いってらっしゃ~い」



“コンテストが終わるまでは練習を優先するように”


校長先生から言われた事が頭に浮かぶ





コンコンッ

「はい」

「失礼します」

「椿先生、どうしたんですか?」

「成瀬さんここに居るかな?」

「あ、今職員室に行ってますけど

 そろそろ戻ってくると思います」

「そっか、じゃ待ってって良い?」

「はい」


ほどなくして生徒会室に戻ってきた成瀬さん


「…」


私が居る事に気付いた成瀬さんは

一瞬驚いた表情を見せたものの

それはすぐに消えた


「成瀬さん」

「…はい」

「今日の練習は?」

「やりますよ」

「いつ? もう他の子は始めてるよ?」

「生徒会の仕事が終わったら始めます」

「じゃ、それいつ終わる?」

「…さぁ」


とても冷たい言葉たち

私の顔を見ようとはしないし

本当ならこんな悪態は注意するべきだと思う


でも、


どうしてそんな顔をするの


どうしてそんな



泣きそうな顔をしているの



成瀬さん

あなたは今、何を考えているの?




「椿先生と侑って何かあったんですか?」


生徒会長である桜井さんが

急にそんな事を口にする


「えっ?」

「だって、侑がこんなに冷たいことって

 なかなか無いことだから」

「そう…なんだ」

「だから2人に何かあったのかと思って」

「…あったとすれば私が担当になったからかな」

「え? 椿先生が?」

「そう、コンテスト直前に急にね」

「侑はそれが嫌だったの?」


「別にそうじゃないよ」


「じゃ、なんで椿先生には冷たいの?」

「冷たくないよ」

「いや、冷たいね」

「そうかな…」

「冷たいよ、ねぇ先生?」


「えっ…うん、少し寂しいかな」


「ほらやっぱり」

「…」

「優しさを分からない人は最低」

「由紀…」

「人によって態度変えるなんて最低」

「…」

「侑?」

「…ごめん」

「私にじゃないでしょ?」


そう言われた成瀬さんは

ゆっくりと私の方に向き直して

今度は私の目を見てくれた

怒られた子供のように目を少し潤ませ

下唇を軽く噛みしめたあと、


「生意気な態度とってすみませんでした」


そう言って頭を下げた成瀬さん


そんな姿を見ていたら

どうしようもなく可愛いと思った


悲しみの見える表情も

潤んでいる目も

シュンとした雰囲気も


全てが可愛くて仕方なかった


普段は生徒会の仕事もしっかりこなして

ピアノの演奏も上手で

勉強もスポーツもできる

“皆が憧れるカッコいい子”なのに


弱々しく、守ってあげたいとすら感じる

まるで“子犬”のようなあなた。



「えっ…」


「成瀬さんって可愛いね」

「っ!」


私は堪らず下げてある頭を撫でた

もちろんそれに驚く成瀬さん

そして思った事を素直に伝えれば

どんどん頬が赤くなるあなた


あぁ、やっぱり可愛い


「椿先生と侑ってまるで美男美女!」

「っ…」

「成瀬さん大丈夫?」

「…はい」


頭を上げた事で撫でていた手が届かなくなってしまい

寂しい気持ちが残る


「大丈夫じゃないよ、侑顔真っ赤だよ?」

「えっ!?」

「はい、先輩真っ赤です」

「いや、これは」

「でも急に椿先生に頭撫でられたら

 誰だって照れますよ」

「侑照れてたの?」

「いや、別にそんなんじゃない」

「本当に~?」

「う、うん」

「ふ~ん」

「もう、練習行くから。あと宜しく」

「はい、先輩! 任せてください」

「え~行っちゃうの~」


仲の良い後輩や桜井さんに弄られて

余計顔が赤くなってる成瀬さんは見ていて微笑ましい


「ごめんね、桜井さん

 コンテスト近いから練習もちゃんとしないといけないの」


ここに来た意味を忘れかけていたなんて

言えないけど、

ちゃんと練習をしてもらわないと…


「は~い、じゃ侑頑張ってね!」

「うん、ありがとう」

「先生も頑張って‼」

「ふふっ、ありがとう」



成瀬さんと並んで廊下を歩く

練習室までのそんなに遠くない距離を。



「あの、」

「ん? なに?」

「さっきの事ですけど、嫌とかじゃないんで」

「えっ?」

「…担当が椿先生になって

 それが嫌であんな態度とってた訳じゃないんで」


また泣きそうな顔してる


「じゃ、どうして?」


「…椿先生相手だと緊張するんです」

「緊張?」

「はい、緊張していつも通りにできなくて…

 だから避けてました…」

「避けられてるな~とは思ってた

 でも、なんで緊張するの?」

「…分からないです」

「そっか、じゃ早く慣れてね?」

「…はい」


この子には“可愛い”が溢れてる


「可愛いな~もう!」

「えっ、ちょちょっと!」


私より背が少し高いあなた

だから、少し背伸びをして頭を撫でたくなる


「そんなシュンとした顔してたら

 心配になるでしょ?」

「…すみません」

「ふふっ」




副会長としての格好良い姿も

ピアノの演奏者としての美しい姿も

生徒としての幼い姿も

私にだけ緊張して不器用になる姿も

照れて頬を真っ赤にした姿も


どんなあなたも素敵で

どんなあなたも愛おしい


こんなに大切だと思える生徒と出会えて

私は幸せ






この頃はまだ、気付いていなかった

あなたにどんどん惹かれていく自分に…


侑、今でもあなたが大好きよ

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