第5話 capriccioso~気まぐれに~

"可愛い"


椿先生の言ってる意味が分からない


可愛い?

どこが?

なんで?


だめだ……考えても分からない


クシャクシャと頭を撫でた後は、

ポンっと手を置いたまま止まった先生


「先生?」

「成瀬さんって…モテるでしょ?」

「…いえ」

「嘘だ〜」

「どうしてそう思うんですか?」

「優しいし可愛いし格好良い」

「そんなの他にも」

「ピアノも上手いし…」

「…」

「それになにより…」

「…先生?」

「あなたのはとても綺麗よ」


まっすぐに私のを見つめて

そう言った椿先生は、

廊下の窓から差し込む夕陽に照らされて

とても綺麗だった…


「あなたのは格好良さも可愛さも

 寂しさも辛さも全て綺麗に映し出す

 そのに見つめられたら

 きっと好きにならない人は居ないよ?」


「……」


「…ごめんね、急にこんな事言って」

「……」

「成瀬さん…」


「先生もですか?」


「えっ?」

「先生も見つめられたら好きになりますか?」

「……どうだろう」

「…試してみますか?」

「えっ」


グイッ


「な、成瀬さん?」

「…」

「どこ行くの?」


綺麗だなって思ってたらふと気になった。


椿先生も好きになってくれるのかな…



好きに


なって欲しい…



「成瀬さん、ねぇどこに行くの?」

「秘密の場所」

「秘密の場所?」

「はい」


「秘密の場所って…階段?」

「はずれ」

「えっでも」

「正解はこの先です」


そう言ってブレザーの内ポケットから

屋上に繋がる扉の鍵を取り出す


「鍵?」

「はい」

「まさか、屋上?」

「正解」

「待って、屋上は立ち入り禁止よ

 それにどうしてここの鍵を持ってるの?」

「代々、副会長がここの鍵を管理してるんです。

 だからここは副会長だけの秘密の場所」

「それって先生たちも知ってるの?」

「校長先生だけ知ってます」

「どうして?」

「校長先生の遊び心ですよ

 ちなみに会長には、

 違う秘密の場所があるそうですが

 私はその場所は知りませんし、

 由紀はここの事は知らないはずです」

「そうなんだ…」

「だからここは来ても良い場所なんです」

「…でもここは成瀬さんの場所でしょ?

 私は来ちゃいけないんじゃないの?」


「ここは誰にも邪魔されないから」


「えっ」

「校内だと生徒や先生が沢山いるから

 邪魔されちゃうし気が散るじゃないですか」

「邪魔ってどういうこと?」


「見つめたら…

 好きになるかもしれないんですよね?」

「それは…」

「試してみませんか?」

「えっ」


取り出した鍵で扉を開ける


カチャ


ここの来るのは久しぶりだ…


キィーッ


古びた扉を開ければそこは別世界のように

静かなところだった


「どうぞ」

「うん」


「先生」

「ん?」


扉を閉めて壁に先生を押し付ける


押し付けると言ってもそんなに力は入れてない

所謂、壁ドンってやつをしてみた


「な、成瀬さん?」

「見つめるから、目離さないでくださいね」

「えっ、待って」

「…」


椿先生はどこか焦ったような顔をしつつも

私を押し退けるようなことはしないで

ちゃんとを見てくれた


少しだけ頬が赤いような気もする



じっと見つめてくる椿先生

やっぱりこの人凄く綺麗で美人だ

あぁ、このに吸い込まれそう



椿先生、好きです



気付けば私は椿先生にキスをしていた



「っ!」

「…」

「すみません!」

「…」

「あの、今のは無意識で、その…

 ごめんなさい!」


「謝らないで」


「えっ」

「謝らいで、成瀬さん」

「でも」

「拒否しなかったのは私だから」

「えっ…」

「キスされるって分かっても

 そのままでいたのは私の意志だから」

「…」

「どうかしてるね、私

 ごめんね?」

「そんな、先生が謝るのは違いますよ」

「ううん」

「…すみません」

「そんな顔しないで?

 嫌じゃなかったことは本当だから」

「…それって」

「これ以上は見つめないで。

 好きになったら大変だから(笑)」

「…先生」

「さぁ、練習室に戻ろう?」

「…はい」


好きになってもらえなかった

でも、

好きになってもらえる可能性は感じた


いつか


いつか


好きになってくださいね、先生。




「遅~い! 何してたの?」

「ごめん美穂、ちょっと話し込んじゃって」

「も~、早く練習初めて!」

「うん」

「侑は今日、個室だから」

「あれ、そうだっけ?」

「コンテスト終わるまでは個室使っていいから」

「ありがとう、助かる」

「その代わり1番じゃなきゃだめだからね」

「そんなプレッシャー掛けないで」

「余裕のくせに~」

「そんなことないから(笑)」


「成瀬さん?」

「あ、今日から暫くは奥の個室で練習します」

「個室?」

「はい、練習室の奥に個室が3部屋あって

 防音完備してるし集中したい時はそこ使うんです」

「そうなんだ、やっぱり良い設備だね」

「恵まれている分、結果を残さないといけないから

 生徒の中にはそれがプレッシャーになってる子もいます」

「…大変なんだね」

「でも、自分で選んで入ってきてるから

 人のせいにしたり怠けるのは違うと思います」

「…格好良いね」

「…そんなことありません」

「ううん、格好良いよ」

「…」


次のコンテストの自由曲は、

ラヴェル作曲 【水の戯れ】にするつもり


「これ自由曲の楽譜です」

「水の戯れ弾くの?」

「はい」

「今、どのくらいの仕上がりか聴きたい」

「じゃ、1度通しで弾いてみます」

「うん、お願い」


♪~



よし、ミスは無かった


「…成瀬さんだったんだ」

「えっ?」


演奏を終え、椿先生の評価待ちをしていたのに

急に変な事を言われ拍子抜けする


「なんのことですか?」

「着任式前日に聴こえたピアノ、

 あの演奏には心が無かった

 無機質で冷たくて寂しかった…

 あれを弾いてたのは成瀬さんだったのね」


“技術よりも大切な物が欠落してる”


コンテストの審査員の方によく言われることだ


「技術よりも大切な物が足りませんか?」

「えっ?」

「よく言われるんで」


そう伝えた時の椿先生はとても辛そうな顔をして

そっと後ろから抱きしめてくれた


「…先生?」

「成瀬さんはピアノ好き?」

「…分かりません」

「好きじゃないの?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて

 小さい頃から弾くことが当たり前だったから」

「…好きになって」


今更、ピアノを好きになるなんて

そんな事考えた事もなかったし、

考えてみてそれは凄く難しい事かもしれない


「今更好きとか嫌いとか…」

「私はピアノが好き、大好きなの

 だから、成瀬さんにも好きになってもらいたい

 好きだからこそ大切にできるし、

 考え方も表現の仕方も変わると思うの」

「…」


見た目だけじゃなくて

心までこんなに綺麗な人は出会ったことがない


大人は特に汚れた人ばかりだと思っていたのに…


椿先生は私の常識をどんどん打ち破っていく。






“当たり前”から“好き”になる瞬間、

それは今でもはっきり覚えてる

全部全部、先生のおかげ。

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