8:芳欲・香術使い、アチア
「疲れた……」
下校のチャイムがなる。学校生活は、家に帰る時間も楽しいものなのだろう。青春を描いた小説では当たり前のように恋に浮かれた男女が寄り添いながら帰路へついたり、部活仲間で馬鹿騒ぎをしているのだが、ヒーロー学校である栄華学園では、そのような甘酸っぱい一時は楽しめそうになかった。何せ、私以外全員女子だからである。……しかし全く、女子というものは環境に順応するのが速いらしい。昔からの仲だったかのように、各々がくっつき、既にサークルを結成していたのである。私のクラスも数組で固まっており、当然、現在男子の私はその輪に入ることができなかった。
寂しい……実に、寂しい! 頼みの綱、ナツメも普通に女子のグループにすっかりと馴染んでおり、今も目の前で談笑しているじゃないか! 私も出来るものならその輪に飛び込みたい! やましいことなど一つも考えていない、ただただ、寂しいんだ……! いっその事、ここで変身して女子になってやろうか……!
『エレンさんは、女性化という代償を背負い、力を得ています。どうか、自分を見失わないで、慎重に利用してくださいね』
セリカ先生の言葉がリフレインする。……だめだ、先生を裏切ることなんて、やっぱり出来ない……とても、もどかしかった。
一人身支度もせず俯いていると、目の前に、なにやら人影がさした。もしや……気を遣ってナツメがやってきたのか!
目を爛々と輝かせて顔を上げると、そこには、以外な人物が私を見つめていた。
「はっろろ~ん☆ エレン君♪ ちょっちいいかな~?」
「あぁ、アチアか! えっと……何かな?」
「んふふ~、勝負の結果、知りたくな~い?」
なるほど、そういえばアチアと適性検査の点数で勝負してたのか! ……といっても、私は特例で検査が控除、いわゆる100点満点なのだが。途中で演習場を退出したので、アチアの検査は見ていなかったし、フレグランスというスキルでどれほど点数を取ったのかも気になる。
「一応、聞いておこうかな? アチアは何点だったの?」
「聞いて驚けぇ~い! なんと、アチア、満点だったのであ~る!」
「……マジですか」
「うんっ! まぢのまぢ卍~~ッ♪♪」
まさか、満点だったとは……! 確か、適性検査はボーダーラインの60点を超えるのすら難しいと聞いたことがあるが、ここまで高かったとは思わなかった。しかも、検査後先生は、私含めて三人しか満点を取ってなかったと言っていたはずだ。
「まさか、私以外にも満点を取る子が居たとはね……」
会話に入ってきたのは、丁度隣で帰りの支度を終えたクレアであった。とても悔しそうな顔をしているので、相当ダメージを受けているのだろう。
「アチア、昔っから健康診断は完璧な評価だったのであります! 効をなした、であります!」
「け、健康診断と適性検査は全くの別物だと思うけど……兎に角、満点は凄いよ! ってことは……アチアも私と同じ、マスクドヒーローに決めたのかな?」
「もっちろん♪ クレアちゃん、エレン君、一緒に頑張ろーね!」
「アチアさんはいいとして、コイツとは絶対に行動したくないわ」
クレアは、ぷいっと顔を逸してしまった。私のこと、どんだけ嫌いなんだよ。
「にゃはは、クレアちゃんってツンデレなのか~い? グラウンドではあんなに仲良く戯れてたのに♪」
「「戯れてない!!!!」」
「にゃはははははっ♪♪♪ やっぱり仲良いんじゃ~ん☆」
やばい、アチア、実はとんでもない子なんじゃないか……? ネットアイドル、見かけによらず超高スペック、未知数なスキル……上げだしたらキリがない属性持ちの彼女だが、その全てを謎を紐解くにはかなりの時間を要するだろう。
とりあえず、彼女の基本情報をおさらいしたい。
「……アチア、君は確か、フレグランスってスキルだったけど……具体的に、どんなスキルなんだい?」
「おっ! アチアのこと知りたいのだね♪ ウンウン、みんな気になるよね~アチアの香術!」
香術……? 彼女はそう呼称しているのか。アチアは何やら懐から萎んだ赤い風船のようなものを取り出すと、いきなり膨らまし始めた。横で様子を伺っていたクレアも、アチアの意味深な行動に釘付けになっている。
「……ぷはっ! これくらいでいいかな~?」
「アチアさん、この風船……一体何に使うの?」
「クレアちゃん、この風船にはあなたが一番好きな香りが入っているの! ……手を離したら、きっとあなたは幸せになるよっ☆」
そう言って、アチアは何も持っていない方の手で、軽く風船を撫でた。
「フォーチュン・アロマジック♪」
そう一言風船に囁くと、彼女はそっとそれを手放した。風船はしばらく萎みながら宙を飛び回り、何やら穀物のような香りが教室に充満した。
「これ……は……」
何やらクレアが唖然とした表情をしている。なんだか……少し、恐怖心から来るような顔の引きつらせ方であった。それは果たして好きな香りを嗅いだ時の表情なのだろうか?
「あれれ? もしかして、アチア、間違えちったかにゃ?」
「……いいえ、確かに、この香りには覚えがある。それに……とても好きな香りよ。あまりにも同じものだったから、驚いてしまったわ」
そういい、クレアは変に作り笑いをした。……何やら裏がありそうではあるが、デリケートな彼女故、深入りするのはやめておくべきなのだろう。アチアは、スキルが成功したからか、飛び上がり喜んでいた。
「やったやった♪ これで実力証明なのですよっ!!」
「香りという、制動系に近い性質を持ちながら、対象人物の内を読み、的確な香りを放つことができる。……つまり、これは念波系スキルでもあるのよ。」
クレアが説明する通り、先程の彼女のスキルは、制動、念波どちらもとれるような性質をしている。ということは、これらに該当する特別なケース……つまり……
「アチア、まさか……合技使いだったのか?」
「そーゆーことっ♪ まぁ、香りを戦闘に組み込まないといけないから、どう扱えばいいかあんましわかんないんだけどねぇ♪」
合技というのは、各種類分けされているヒーロースキルの特徴を、複数持っているスキルのことである。それは並大抵の技術力では得ることができない、ましては、潜在している能力によっては、発現することもない極めて稀なスキルであると言われている。私はバングルの力を用いてでないと合技を使う事ができないし、クレアも恐らく使えないであろう。兎に角、入学して間もない段階で、ここまでの能力を持っている彼女は、天才としか言いようがなかった。
意外すぎる彼女の個性に、私はただ驚愕するばかりであった。
「じゃあ、今回の勝負は引き分けだね! なんだか、エレン君とはいいライバルになれそーで、これからがちょー楽しみだよっ! ……んじゃぁ、アチアは帰りまーっす♪」
「あ、あぁ! また明日!」
「……突然だったから言いそびれたけど、アチアさん、教室内でスキルはもう使っちゃだめよ?」
クレアの言葉に、アチアはゴメンネ♪と手を合わせつつ、足早に教室を出て行った。……クレアのやつ、私にスキル強制しといてあんなこと言って……なんかモヤっとするなぁ……
「アンタも、敵組織の落ちこぼれなんだから、アチアや私に負けないように、精々努力することね。んじゃ」
そう言って、クレアも教室を後にした。……結局、今日は一人で帰ることになりそうだなぁ。まぁ、クレアにまとわり付かれるのもそれはそれで気が滅入りそうだし、仕方ない、か……
「あっ、お帰りですか? ちょっと待って下さい!」
身支度も終わり、席を立つと、私が一番聞きたかった子の声に呼び止められた。……ナツメは、どうやらグループとも丁度今別れて、帰る準備をしていた所だったらしい。
「エレンさん、その……帰り、ご一緒しても、よろしいですか?」
「うん、勿論だよ!」
「本当ですか! ……あっ、でも帰り道、私は第四地区方面なのですが……エレンさんは、大丈夫ですか?」
第四地区ということは、この栄華学園がある第二地区の最寄り駅まで一緒できるというわけだ。私が住んでいる場所は、第四地区の隣、第三地区の為、私が先に電車を降車することになる。だとしても、十分だ。
「私も第三地区の方面だから、大丈夫だよ。それより……一緒に帰る相手が私なんかでいいのかい?」
ナツメは、不思議そうに首を傾げた。
「一番最初にできた友達と一緒に帰るのは、何か問題でもあるのですか?」
「あっいや! 全然問題無いよ! ……じゃ、じゃあ帰ろうか!」
「はい♪ ……そうだ、折角なので、どこか甘い物でも食べに行きましょう! エレンさんは甘い物、いけますか?」
「勿論! 場所はナツメに任せていいかな?」
「分かりました♪ 駅前に、美味しそうなパンケーキの店があったんですよ……」
ナツメのお陰で、私の初下校は、甘い一時になるのだと、幸せに充ち満ちていた。
そう、幸せだった、はずなのだ。
***
『ネームA、たった今貴様が第ニ地区の指定地点に到着した事を確認した。正しいな? 応答しろ』
「あぁ、いるぜ」
『ターゲットは予定通りネームE、今回はあくまでターゲットの現状監査、戦闘はデータの収集目的以外では極力控えろ。……貴様のことだ。誤って処分しかねない』
「わかってるよ。んで? ここで待ってりゃいいわけだな?」
『定刻でネームEが施設から出れば、後五分ほどでその場所へ現れる。なに、アタシにかかれば多少の誤差なんてどうにでもなる』
「随分と自信気なこと。……さっさと片付けてぇんだがな」
『……私からは以上だ。ターゲットを発見次第、また追って連絡する』
「……俺らから逃げ切れたと思ったら、大間違いだぜ? "エレン"」
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