7:了得・英雄と邪悪の基礎

 二時限目が始まり、私は教室の自分の席で勉学に努めなければいけなかったが、どうにも先程の一件が私の心を掴んで離さず、ナツメのことばかりを考えていた。

 思えば、ナツメは私の先程までのモヤモヤした暗い気持ちを全て取り払ってくれていた。まぁ、今は逆に彼女の事で頭がいっぱいだが……身体はとても軽かった。

 ナツメ……顔はこの国に住む人間の特徴とは違う、独特の細目で、薄い化粧は彼女の素材を最大限活かしている。身体は少し女子の平均よりも小柄だが……それを気にさせない、むしろ腰に刺した刀の影響か、荘厳な風格すら感じるほどであった。……胸は少し控えめだが、私は胸で女性を差別するようなやましい男ではない。……男ですら、無くなってきているが。兎に角、ナツメは私から見たら美人であり、個性溢れるこのクラスでも、十分に目立つ子であった。


「………」


 駄目だ、全く授業に集中出来ない。恐らく恋愛感情から来ているものではないのだろうが、どうしてもナツメを頭から追い出せない。それほど、他人の好意に飢えていたというのだろうか。私がイビル・ソルから逃れてからというもの、ここまで殆ど独りであった。学校生活を送る中で、少しだけでもいいから、彼女の言葉に甘えて、友達との触れ合いを楽しみたい、そう思ってしまうのだった。

 

「ちょっとアンタ、私の隣で変にニヤつかないでよ。授業中だっていうのに。」


 隣の席のクレアが、あからさまに気持ち悪そうな表情をして、引いていた。まぁ、確かにこれには異を唱えられない。傍から見れば、誰だって私のことを変に思うだろう。

 ……こんなことを言うのも更に変だろうが、クレアにこんなリアクションをされるだけでも今は嬉しかった。……彼女なりに、取り繕ってくれていることが分かるだけで私は良い。……いつか、彼女とも分かり合える日が必ず来る。それまではこのままで良いんだ……。

 私はわざとらしくハッと驚き、彼女の言葉に頭を掻いておどけてみせた。


「ご、ごめん。その…………き、教科書、何ページだったっけ?」

「ハァ……今は教科書なんて何も使ってないし。先生が前で話してるんだから黙って聴いててよ、気が散るっての。」


 慌てて前を見ると、先生が丸っこく可愛らしい字で、ヒーローの基礎知識をホワイトボードに書いていた。どうやら、先程検査のときにも軽く説明していた、ヒーロースキルの種類の説明らしく、『特化』『制動』『換装』『念波』『呪縛』の5つが大きく書かれてあった。先生は、説明し始めなのか、縦並びになっていた中の一番上であった、特化を長い物差しで指し示していた。


「……まずは、特化系スキルについての説明です。特化系スキルは、具体的な例を挙げますと、ライオンやサメなど多種多様な動物に似た運動能力を付与、同時に姿までも変貌させるスキルであったり、炎や水、電気などを身体に纏う、もしくはそれらに限りなく近い状態へと変化するスキルなどです。後者に関しては、制動系スキルとの分類が難しく、特例ですが、両方に分類されているヒーローも存在します。」


 先生が物差しの下側にあるボタンを押し、スライドのページを送ると、特化系のヒーローらしき写真が数枚表示された。……どれもイビル・ソルと至近距離で打撃を行っていたり、獣の擬人化した姿のようなヒーローは、敵のローブに噛み付いていたりもした。……そういえば、ナツメも特殊ではあるが、これらと同じ特化系スキルに該当するのか。


「特化系は基本的に自分の身体能力を活かした戦いが得意な傾向にあります。そして、能力に目覚めた者の基礎能力、潜在能力に適した強化を行うため、例えば脚力に優れるヒーローであれば、更に素早く行動できるスキル、力強いヒーローであれば、腕力の底上げなどに目覚めるのです。しかし、欠点として、必然的に間合いを詰めなければいけない為、距離を取り続けられると厳しい一面があり、味方との協力や、自分の強みをを常に意識して戦わなければいけません。」


 まぁ、ここらへんは入学試験にも登場する程基本的な説明ではあるが、改めて聞くと特化系スキルは、なんというか……ナチュラルのイメージが強く、個人的に好きだ。ちなみに、私が変身できるスパークというスキルは、電撃が主体ではあるが、自己強化は行われない。次に説明されるであろう、制動系のスキルである。


「次に、制動系スキル。これは特化系スキルとは違い、エネルギーや物体を操り、対象へ飛ばしたり、罠を貼ったりするなど、非常にテクニカルなスキルとなっています。……ここでは具体的に、クレアさんのスキルをピックアップいたしましょう。」


 突然の指名に本人が隣で身体を跳ねさせていたが、当然、説明としてはわかりやすいものであろう。何故なら、クラスメイト全員の前で適正検査だけでなく、私と戦う時もスキルを披露していたからだ。当然、皆の記憶には鮮明に残っているだろう。


「は、はい。確かに……私のスキルは制動系、です……」


「クレアさんはアイスバーンと呼ばれる、氷を自在に創造して己の武器にしたり、礫を飛ばしたりできる能力を使っています。特化系と大きく違う点は、基礎能力は特化系スキルほど上昇せず、立ち回りや相手の行動を読む力が必要となります。そして、何より、武器の創造等技術面で難しいという点もありますので、使いこなすまでが大変という欠点もありますね。」


 クレアが氷で作ったつららのような大槍、たしか……フリシクルだったか、あれを創造すること自体難しいのが、制動系スキルである。そして、基礎能力はあまり強化されない……だが、クレアは私が対応できない程瞬間的に飛び込んできたのはどういったトリックだったのだろう。


「ん? なにその顔……ああ、アンタもしかして、あの時あたしがフリシクル構えながら、どうやって素早く行動できたか聞きたいんでしょ。」


 二度ほど頷くと、クレアが腰に手を当てて完璧すぎるドヤ顔を私に見せてきた。


「あれって実は、抱えてるわけじゃないのよ。すこ~し浮かせてあって、私の望むがままに振り回すことが出来るの! ……一定範囲内だけど。あの時は、槍をあんたに目掛けて放った後、追いかけるように私も動いてたのよ。それに地面を蹴り上げた瞬間に進路の地面を凍結させて、氷上を滑って素早く移動! 靴も抵抗をなくす為に少し改良してあって、結果、一瞬で間合いを詰めることが出来た……これが、全ての種明かし。私にしか出来ない技なのよ!!」


 えっへんと胸を張るクレアだが、この徹底っぷりには脱帽せざるを得なかった。明らかに技量の差が違う。いくら身軽だからといえど、大槍を浮かばせながらこれらの動作をするのには、相当な神経を使わなければいけない。クレアは、完全にスキルを学園生活初日の時点で使いこなしているのであった。


「フフッ、クレアさんは自分のスキルをよく知っていますね。同じ制動系スキルの子は、彼女にコツなどを教えてもらえば、きっと成長するはずですよ♪ ……さて、次は……換装系スキルですね!」


スライドが変わると、様々な武器や鎧、服などが多数映された。覚えているに、シラ・アルケリックが該当していたはずだ。


「換装系スキルは、2年前に制動系スキルから細分化され、協会に認定された、新しいスキルです。制動系スキルとは違い、武器や防具を具現化し、装備する能力のことを指します。制動系スキルと分けられた理由は、この、換装型スキルに該当する能力者が多数存在しており、その数は現制動系スキルの能力者と同程度だった為です。このスキルの利点として、威力がとても強く、制動系スキルとくらべて扱いやすい上に、守りも固く出来る点が挙げられます。高火力なライフル、鋼鉄の鎧など、能力者のスタイルに沿った武器防具を創造することが出来るのです! ……ただし、一度武器防具を破壊されると、再度創造するまでに時間が掛かるのと、制動系スキルと同じく基礎能力は低めという欠点もあり、武器防具の過信は禁物です。」


 換装系スキルは、メカニックでかっこいいスキルが殆どで、火力重視なところもロマンがありとても良い。昔の特撮は、多彩なギミックが施されたヒーロースーツや、戦隊ヒーローであれば巨大なロボットなど、なにかとヒーローには近未来的なマシンがつきものである。女の子ばかりのヒーロー候補生であれど、換装型スキルはやはり人気なスキルだろう。


「では次、念波系スキル♪ これは本当に癖の強いスキルですね。このスキルはまず対象となる存在がいて初めて発動するスキルで、例えば、敵の能力を数値化して知ることが出来たり、敵を触れずに五感の一部を奪う事ができたりします。特別なケースですと、敵の急所を瞬時に察知し、目くらましをした後的確に狙撃をした、という、複数の念波系スキルを使用したヒーローなども存在しています。」


 先生が物差しのスイッチを押すと、スクリーンに「アリシア・ホーク」と表示されたヒーローが映された。どうやら先程の特殊なケースに該当するヒーローらしい。私は、環境的に現役のヒーローを調べることが出来ず、何も知らなかった為、彼女に関しては、名前を聞いたことすらなかった。

 念波系スキルは、とあるヒーローと心を通わし既にひとつ習得済みである。前回適性検査で使用した「オペレーション」というスキルだ。研究所でまだ私が利用されていたことに気づいていなかった時、恐らく研究員であった女性から授かったものであった。

 故に、念波系スキルに良い思い出は無い。記憶は曖昧であるが、恐らく、イビル・ソルに助力していたヒーローだからだ。


「念波系スキルの長所は、事前に敵の情報を得たり、敵の能力を低下させたりなど、自分が有利な環境を作りやすいところです。ですが、基礎能力はあまり上昇しないため、どうしても武器に頼る戦闘となってしまいます。常に相手の先を読み、行動することが大切です」


 まぁ、今更彼女のことを言及したところで意味がない。それに、もしかしたら彼女すらも利用されていたのかもしれない。真相をつかむまでは、一々気を立てる必要もないだろう。


 さて、最後は呪縛系スキルだが……おそらくは、これについて説明が入ることはないだろう。何せ、説明しようがないからだ。セリカ先生も、スライドを送ると、何やら曇った表情をしていた。


「最後に……呪縛系スキルですが、このスキルについてはまた後日説明することにします。未知であり、だからこそ、一番詳しく知らなければいけないスキルなのです。……皆さんご存知でしょうが、現学年の呪縛系スキルの該当者は……エレンさん、ただ一人なのです。」


 クラスメイトが恐る恐るといった様子で私の方へ顔を向けてくる。まぁ、だからといって私は不満でも無いし、仕方ないことだったので、敢えて笑顔で手を振ってみせた。


「オンリーワンって、中々に恥ずかしいものだな。どうも、呪縛系男子です」


 おどけてみせると、あからさまに隣のクレアがドン引きしていた。


「気持ち悪い……」


 彼女の様子を伺い、慌てて先生は説明を続けた。


「……兎に角、これだけは先に伝えておきます。呪縛系スキルは……本当に何が起きるかわからないスキルなのです。エレンさんは、女性化という代償を背負い、力を得ています。どうか、自分を見失わないで、慎重に利用してくださいね」

「分かってますって、先生」


 とは言ったものの、この先私はどうなってしまうのだろうか。女性になることは遅かれ早かれ確実だが、本当に、呪いはそれだけなのかも怪しい。最悪のケースも考えながら、今後の学校生活を送っていかなければならない。


「……ではっ!今日の授業はここまでです♪明日は……気持ち早めだとは思いますが、技術訓練を行います。各自、スキルのおさらいは済ませてくださいね♪」


 私の、あまりにも大波乱だった学校生活初日が終了した。

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