6:真摯・刀剣使い、ナツメ

 騒動後、鉛のように重くなった身体をやっとのこと教室へ運ぶと、既に検査を終えた生徒で賑やかになっていた。折角の休憩が、酷く疲れる始末となってしまった。


「はぁ~……この先、ほんとにやってけるのかな、私。」


 自分の机に倒れ込み、大きく息を吐く。……どれだけやっても、気分は良くならなそうだ。

 そんな意味のないことを繰り返していると、何やら目の前に、人影が見えた。咄嗟に顔をあげると、そこには私がクラスメイトの中でマークしていた女子、ナツメ・キリガヤの姿があった。


「随分と気を落としていますね、エレンさん。……もしかして体調を崩しました?」


 彼女は心配そうに屈んで、うつむく私と目を合わせてきた。


「何か、自販機で暖かい飲み物でも買ってきましょうか? ……とても辛そうです。」

「いや、大丈夫だよ。……心配してくれてありがとう、キリガヤさん。」


 顔を上げ、作り笑顔を見せると、彼女もまた笑顔になり、安心したようであった。


「ナツメでいいですよ、エレンさん。……先程あなたがクレアさんと揉めていたとの事でしたので、その影響が出ていたのかと……とにかく、よかったです。」

「……クレアは……イビル・ソルに人以上の敵意を持ってる。その組織から逃げてきた実験体である私を受け入れないのも当然ではあるよね。……きっと、私が強くなったら……根拠はないけど、クレアも受け入れてくれると思うんだ……」


 そうだ、まだ学校生活は始まったばかりなんだ。私だって練習こそしてきたけどまだヒーロー見習いという位置にすら立てていない。イビル・ソルに対しての憎悪のみで強くなれる程、甘くない世界ではないことは最初から分かっていたことだ。マスクドヒーローになれるよう、これから練習を積み重ねていけばいい。2年という短い間で、クレアを納得させるくらい、強くなって、そこで初めてイビル・ソルへ矛先を向けることができるのだろう。

 ナツメはしばらく私の顔をじっと見つめていたが、私の心の移り変わりを察したのか、息をゆっくりと吐き、空いていたクレアの席、つまり私の隣へと座った。


「その様子ですと、どうやらエレンさんの中での課題を整理したようですね。顔つきが変わりましたので……ふふっ、私……エレンさんのその顔、なんだか好きです。」

「……ありがとう。えっと……ナツメ、にそう褒められるとちょっと照れるな。一応、男だからね。」


 そう言うと、ナツメは目を瞬いて、そうでしたねと頬を緩ませた。


「エレンさんが男の子って、なんだか不思議と言いますか……分かっていても、本当に男の子なのか疑ってしまって……見た目だけでしたら、可愛らしい女の子ですからね……あっ、気にしているのでしたら今の言葉は軽率でしたね……」


 ナツメが口を噤んだ為、慌てて首を振り訂正をした。


「そんなことはないよ。私もみんなから偏見を持たれるくらいなら……このまま能力の呪いで女になってもいいし。……そうだ、私のことはさておき、ナツメのことについても教えてよ。」

「私のこと……ですか?」


 私が頷くと、ナツメは少し恥ずかしそうに身じろいだ。


「……私の能力ヒトタチは、エレンさんほど派手ではありませんし、能力と言っていいものなのか少し疑問ではありますが……協会から正式に認定されたので、一応、ヒーロースキルではあるようです。そして、私の基礎能力の傾向から、マスクドヒーローに適しているとの判定を受け、私はそちらの方を専攻することにしました。」


 なるほど、ナツメもマスクドヒーローを希望したのか。ということは、私と関わる機会も自然と増えるというわけだ。……詳しく、話を聞くことにしよう。


「どんなスキルだったっけ? 確か……武術の派生、みたいなことを言ってたけど。……その腰に差してる細い刀を使うのかな?」

「はい、私のスキルはこの刀ありきで発動します。刀の名は”刹那”と言います。私の国では片側にのみ刃がある刀剣が主に使用されていて、相手を斬り倒す事に重きを置いていました。刹那は、極限まで軽く薄くされた刀であり、俊敏に接敵し一撃で相手を確実に倒す戦法をとるのに適しています。私のヒーロースキル、ヒトタチは各刀に適した能力強化を行うようで、この刹那では、私の敏捷能力が格段に上昇いたします。特に、間合い管理、回避が得意ですね。」


 そう言い、ナツメは私の机の上に刹那を置くと、鞘から柄までをゆっくりと一撫でし、小さく溜め息をついた。


「私が所有している刀はこの刹那のみです。安物でも、何本か別の刀を用意するべきなのでしょうが……どうしても、名刀に対する思い入れが強いのか、中々他へ手をだすことができないんですよね。ですから、私の変なプライドのせいで、私のヒーロースキルの可能性はまだ未知数です。刹那以外の刀を使った時、一体どのような能力が発動するのか……それが分かる時、きっと私はこの刀と同等、またはそれ以上のものを手にしているのでしょうね。」

「武器にこだわりを持つことはいいことだと私は思うよ。それに、この学校は努力すればするほどそれに比例して学校側も全力でサポートする。ナツメの成績に応じて、君の望む刀も学校側が用意してくれたりするんだ。」

「そうなのですか……ならば、私も評価されるよう、努力しなければですね!」


 ナツメが奮起するのと同じタイミングで、予鈴が鳴り、クラスメイトが続々と戻ってきた。


「では、私も席へ戻ります。……そういえば、最後に一つ聞いていいですか?」

「ん? 何かな?」

 

 なんだろう、私の能力についても聴きたいのだろうか。

 ナツメは少し頬を染め、恥ずかしそうに私の近くへ寄ってきた。


「私、友だちとして、あなたと今後付き合ってもよろしいでしょうか? あっ、あの……自己紹介の時、みんなと友だちにと言ってましたので……こんな私でよければと……」


 友だち……?

 友だちが、出来る? まさか、こんな早くから私に友だちが……? 頭の中が一瞬にしてナツメで一杯になり、ナツメの言葉が何度も何度もリフレインした。突然ということもあったが、全く予測出来なかったこの展開に、私はたまらず動揺してしまった。……ナツメ、ナツメ……少し口調が硬いけど、彼女の優しさは、それを気にさせないほどに大きいものであった。……答えは、もちろん決まっている。

 私は、言葉が出るよりも早く、ナツメの両手をぎゅっと握っていた。


「エ、エレンさん?」

「ぁりがとう……本当に、本当にありがとう!! ナツメ……絶対、一緒にヒーローになろう! 絶対、絶対だ!!」

「……ふふっ……もちろんです。」

 

 ついに、学校で初めての友だちが出来たんだ……例え、それが私の能力の向上の為の手段と言われようと、私は心の底からナツメと友だちになれたことを喜んでいるんだ。ナツメとの絆が更に深まれば、きっと、彼女にとっても、いいことが訪れるに違いない。私は、小さくも掛け替えのないこの出来事を、ずっと大事にしていこうと、心に誓うのであった。

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