5:乖離・凍てつく疑念

 適性検査は、意外な形で終了となったが、私にとっては手っ取り早く終わり、こうして今長い休み時間を得ているため満足はしていた。暇を潰そうと演習場を出て、ホームルーム近くにあるちょっとした休憩室に着くと、一人だけ生徒が先に座っていた。……雰囲気だけでも遠目でわかる。完全に私のことを待っていたようだ。


「適性検査はいいのか? クレア。」

「言ったでしょ? 実力で証明するって。そして……スキルで勝ってみせる、ともね。」


 どういうことだ……? 明らかにクレアの様子がおかしい。確かについさっきまで私を睨みつけていたのは変わりないが、今回ばかりは殺気まで感じる。まさか……


「やっぱりあんたは気に入らない。それに……敵の組織から来たあんたを、いくら入学許可が降りたところで信用することは出来ないわ。だから……このあたしが早々に潰す。」


 クレアはそう言い、外へ続く道を指差した。……ダメだ、いくら私が話しかけたところで、多分彼女は言うことを聞いてくれないだろう。彼女の目は、覚悟を決めた者のそれだった。

 彼女を説得するための手段は一つ。今はただ、彼女の言うことに従うだけだ。


「わかった。君が臨むなら……私も、覚悟を決めるよ。」



 ***



「何事ですかふたりとも! ……まさか! ダメです! 何があっても生徒同士スキルでの戦闘は、特殊訓練以外認めません!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、検査中だったクラスメイトと、セリカ先生が校庭へ駆けつけてきた。クレアはそんな状態でも、私だけをただ睨みつけていた。


「先生、すみません。でも……これはクレアの為でもあります。少しだけ、見ていてください。」


 私の言葉に、クレアはチッと舌打ちをする。


「随分と余裕そうにしてるわね。マスクドヒーローの道が開けたからって、あまり鼻を高くしないでくれる?」


 苛立っているクレアは、姿勢を低くし、戦闘の構えを取った。しばらくすると、彼女の周りに白い靄が立ち、空気が冷えていった。次に、何やら右腕を上へ掲げると、そこへ冷気が一気に集まり、靄の中から長い白銀の槍が現れた。


「これは冷槍フリシクル。対象を貫くと、血を一滴も流させず、内部から全身を凍結させる。エレン、あたしは本気であんたを倒しにいくよ。……まさか、あっけなく死んだりしないよね?」


 クレアは再度私の方へと長槍を構えた。空気は氷山にでもいるかのように冷え切り、冷気は針のように身体へ突き刺さる。身動きもマトモにとれそうに無いようなほど、圧倒的にクレアが有利な戦場へと変貌した。……だけど、私もそんなことで降参するわけにはいかない。このまま彼女の一方的な嫌悪で押されきってしまっては、彼女と友だちになることなんて、到底不可能だろう。だから、私も全力でいかなければいけない。


「君がそうやって私に挑むなら、何度でも受け止めよう。私は、君と友だちになれるまで、君と戦う理由が無くなるまで、全力で君に応えていくよ!」


『スタンバイ、インクリース・スパーク・オペレーション……』


 弾ける雷光に身を包まれ、己に潜在する英雄の心を呼び起こす。バングルを回転させ、姿勢を低くし、意識を集中させた。

 ……クレアのためにも、一瞬で決着をつけなければいけない。なるべく彼女に苦痛を与えず、穏便に事を終わらせるためには、電光石火の一撃を与えなければいけないだろう。……チャンスは一度。それに全ての力を注ぎ込むんだ……

 クレアの目つきが変わる。どうやら私の策を読んでいるようだ。だけど、構わない。彼女がどう行動しようが、そのタイミングが、私の一撃を叩き込む瞬間だ。

 ……そして、永遠にも感じたクレアとの睨み合いの末、意を決した彼女の突撃によって時が動いたのであった。


「はぁあああああああ!!!!!」


「……なっ!? 速いっっ!?」


 ……想定外だ! 先程まで重そうな長槍を構えていた女性の動きではない! 彼女はまるで滑るように地面を駆け、気がついたときには私めがけて槍を突き出していた! ……私とて能力の鍛錬を怠ること無くこなしていたとは言え、これほどの実力を持つ人間と戦ったことはない。……失敗だ。為す術もなく、このまま彼女の一撃を受け止めるしかなかった。


 だが、一瞬で決着がつくと諦めたその瞬間、この戦いは思わぬ結末を迎えることとなった。


「もう……ふたりともいい加減にして!!!」


 クレアの冷槍は、私の胸の数センチ手前、第三者の素手に捕まれ静止していた。


「お互いの為とかそういうことで生徒同士で戦い合うなんて、愚かな考えよ! 冷気で冷え切った頭を氷漬けにするくらい更に冷やしてよく考えて!! ……あなた達が将来戦うべき相手は、他にいるでしょう? ……こんなところで潰し合っているあなた達に、凶悪な怪人の相手が務まるとでも思っているの!?」


 彼女を止めたのは、あのセリカ先生であった。彼女は特に能力を使っている様子も無く、あの一撃を片手で止めたのだった。


「ぇ、あぁっ……せ、んせ……」


「クレアさん。あなたは大きな勘違いをしています。……入試トップの成績だったあなたの事についてはよく知っていますから、エレンさんに対しての態度も、予期していた事です。ですが……賢いあなたでしたら、もう少しクールな行動を取ってくれると思っていたのです。」


 先生は、軽くため息をし、呆然としているクレアの両肩を掴んだ。


「エレンさんは決してイビル・ソルの使いでもなんでもない。……もし、どうしても疑いたいのであれば、そうであるか定かでない状態で潰すのではなく、一つ屋根の下で共に学校生活をしていればいいんです。そこで、彼が本当にヒーローなのか、正義の心を宿しているのか……あなた自身で見極めれば、それでいいじゃないですか。」


「先生……」


 暗い影を落とすクレアを庇い、先生はいつものような笑顔へと戻った。


「もし、エレンさんが本物のヒーローだったら、その時は絶対、友だちになってあげてくださいね?」


 先生の言葉に、クレアは黙ったまま、一回だけ小さく頷いたのであった。


「そして、エレンさん。……あなたはこの先、今の一件のみならず、色んな困難を乗り越えなければいけないでしょう。……中には私ですら介入が難しいこともあるかもしれません。……ですが、あなたはクレアさんにまっすぐ向き合ったように、どんなことにも背を向けず、全力で前へ進んでください。あなたの真の強みは、きっと能力じゃない、別の何かだと私は信じています。」


「……分かりました。私自身も、学校生活が全てうまく行くとは思ってませんでしたし、困難は多々あると腹を括って来ていますから……絶対、ヒーローになってみせます。」


 私の言葉を聞くと、先生は嬉しそうに手を合わせて喜んだ。


「その言葉、待ってましたよ♪ ……では、検査の続きをするので私はこれで! ……ここにいるまだ検査前の生徒も速く演習場へ戻ってくださいね~! ……もちろん、クレアさんも、ですよ♪」


 先生は踵を返し、足早に演習場へと戻っていった。……今回の一件で、結果的にだが、私と彼女との付き合い方を改めてよく考えなければいけないことに気付かされた。クレアは、私怨で私に挑んで来ているわけではない。私の事を冷静に分析し、彼女なりに行動を起こしただけなんだ。イビル・ソルという、大きすぎる私の背景は、私の意思でどうにかできるものではない。果たして、私は本当にヒーロー全員と友だちになることはできるのだろうか。そもそも、クレアは私を受け入れてくれるのだろうか……

 彼女は、深い溜息をつくと、先程の様に鋭い眼差しで私を睨みつけた。


「……命拾いしたわね。言っておくけど、先生が居たからああいう態度をとっただけ。……あんたの事なんて一切信用してない。」

「クレア……」

「あんたが一瞬でも黒いところを見せた時、あたしは絶対あんたを倒す。……たとえあたしが非難されようと、それでみんなを救えるなら、構わない。それが、あたしの覚悟よ。」


 クレアは、そういい先生の後を追った。


 ……仮にもヒーロー候補生の私達が、なんでいがみ合わなければいけないんだろう。疑うということは、決して悪い行いではない。真実こそが、己の味方となるのであれば、それを確実に勝ち取るのも、一つの手なのだろう。だが……そこまでして、彼女は、クレア自身は、幸せになれるのだろうか。……私には、全くわかりそうもない。


 私はその場で崩れ、去っていくクレアの姿をぼんやりと眺め続けていた。

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