第21話信じられない話

5-21

「佐伯専務、説明して下さい」久代が言う。

「はい」佐伯が説明を始めた。

「この会社の事は後々話すとしまして、半年前孝吉社長が亡くなられて、久代夫人が会長職に成られました。孝吉社長が一代で築かれたこの柏木興産を、他人の手に委ねるのは忍びないと会長が申されまして、子供さんはお二人いらっしゃったのですが、長男孝治さんは若い時、前社長と喧嘩をされて勘当状態、弟さんの孝介さんは結婚前に事故でお亡くなりに、その後は会社の発展の為に前社長は力を注がれて、九十七歳の大往生でした。その後孝治さんの、消息探しが始まりました。ようやく探し当てて、孝治さんがお亡くなりに成られていた時はショックで声も出ませんでした。

会長はお孫様に継承させるか悩まれて、テストをしてみようと考えられて、色々無理難題を与えられたのです」

「そうなのよ、すまないね」と謝る久代。

廣一は唯、唖然としていた。

「これだけの会社と資産を継承出来る孫でなければ、個人資産は寄付、会社はしかるべき人に委ねる覚悟だったのです、廣一さんの事は色々調べさせて頂きました、誠に申し訳ありませんでした」佐伯が立ち上がってお辞儀をした。

「そうよ、女性の好みも調べて、有馬さんに白羽の矢を立てて、私の秘書に来て貰ったのよ、勿論有馬さんの意見を尊重してね、お前を見て話しをして気に入れば、なのだけれど」

呆れて聞いている廣一が「じゃあ、私が此処の会社の社長?」ようやく言葉が出た。

「そうよ」

「出来ませんよ!帰ります、元の会社に戻して下さい、帰ります、何も要りません」と立ち上がろうとする。

「孝治を奪ったお前の母が私は憎かった、今回も少しだけ意地悪をしてしまったが、今、社員がお前の母親を迎えに行っている。廣一、お前は優しい、捨てられた女に、まだお金を、それも借金をしてまで助けようとした。身寄りの無い私にもローンでお金を払おうとしてくれた。会社を首に成っても、それを払う契約に愚痴も言わなかった。私は廣一にこの会社と財産を継承して欲しい。社員を愛せるお前なら任せられると思ったし確信もした。頼むから継いで欲しい、私ももうすぐ、お爺さんが迎えに来るから安心させておくれ」そう言うと涙を流して「普通の男なら、断らないだろう、資産だけ貰ってから逃げても充分間に合うから、だがお前は断った!だから出来る、最後のテストも合格なのだよ」久代は涙を流していた。

「お婆さんーー」廣一も泣いていた。

久代の車椅子に駆け寄って肩を抱く廣一に、部屋の中の全員がもらい泣きをしていた。

「私が、生きて居る間に、ひ孫の顔でも見せてくれたら最高よ、この有馬さん嫌いかい?」

「そんな事、考えた事無いですよ、有馬さんに失礼ですよ、若くて綺麗な女性なのに」

「もう、確かめてある、お前の事は悪い印象ではないそうだ」

「そんな、年寄りの禿げの叔父さんでは気の毒ですよ」

「靖子さん、廣一があの様に言っているが、どうする?」

「会長、恥ずかしいですわ」と頬を赤くする靖子だった。


その後佐伯専務と阿倍常務に色々と会社の現状を教わって夕方に成った。

「お母様が博多に到着されました、夜は会長の自宅で夕食に成ります、私がお二人をお送りします」靖子が社長室に入って来てそう告げた。

「お袋は今、何処ですか?」

「応接室でお待ちです」

「じゃあ、また明日にしましょう、社長!」佐伯にそう呼ばれて照れる廣一、その後応接室で母の眞悠子に会うと「廣一、凄い事に成ったわね、もうびっくりして、腰が抜けそうよ」母の驚きの顔がそこに有った。

「僕もだよ」

「反対した私が悪かった、これからは何でもお前の言う通りにするよ」

そこに靖子が入って来て「お待たせしました」と会釈をした。

「廣一、何故?あの女が此処に?」

美由紀の写真しか見ていない眞悠子は驚くと「違うよ、よく似ているけれど、別人だよ!有馬靖子さんだよ」

「有馬靖子と申します、どうぞ宜しくお願いします」と深々とお辞儀をした。


廣一にはようやく、この有馬靖子の事が理解出来た。

久代が廣一の好みを調べていて、社内と関係先から美由紀に似た女性を捜したのだ。

多分化粧、髪型、服装で美由紀に似た様にすれば、廣一が気にいると思ったのだろう、祖母は独身の廣一の事が不憫だったのだ。

しばらく自分の側に靖子を置いて観察して、これなら大丈夫だと思って自分に紹介したのだ。

そしてそれは専務達にも了解されていたのだと、先日町を走ったのは、自分のビルを見るのと、廣一に見せる為だったと、先程の佐伯専務の説明で知ったのだ。


その日の夜、大きな久代の家で、自分と瓜二つの孝吉の写真を見て驚く親子、和やかに四人は食事をして、久代は九時には眠った。

充分孝治の話しを聞いて満足をしていた。

「お母さん、これからどうなるのだろう?」

「判らないわ、でもあの靖子さんって素敵な方ね、お母さんは気に入ったわ、あの人もお前を気に入っているのだろう」

「そう、言っていたけれどね」

「まだ、あの女が気に成るのかい?」

「うん、助けてあげないと」

自分の息子が大金持ちに成ったのに、何故いつまでも、風俗の女に気が行くのか、理解出来ない眞悠子だった。


美由紀は柴田が全くお金の無いのに驚いて、少しお金を貯めてから、結婚しようと決めたのだ。

その間は贅沢を謹んで、ひたすら貯めよう、ラブホも行かないと決めたのだった。

それは幸宏には地獄の試練だった。

戸田由佳子の家に行ってSEXをする。

美由紀はバイトの時間を増やすから、幸宏に会う時間は減る。

相変わらず、怠け者の幸宏は、MMSの成績も上がらない。

美由紀はMMSの購入も控えたから、益々売り上げは減少していた。

メールと電話が多い(愛している)と美由紀が送ると(俺も、頑張っているよ、美由紀)と送る。

女は自分を頼りにしてくれる男に弱いから、甘えろ、これも魚篭に入れた女の扱い方としてMMSで教わっていたのだ。


半年が瞬く間に過ぎて、廣一と靖子は毎日会わない日がない。

何故なら靖子が廣一の秘書に成って居たから、自然と仲が良くなる。

始めは財産重視の靖子も、廣一の優しさに触れて、本当に好きに成って、廣一も靖子に好意を持って接していた。

だが廣一には、美由紀の事が頭から離れなかった。

もう美由紀に話しても無駄だろう?試しにメールを送るが反応は無かった。

それなら、柴田幸宏はどの様に反応するのだろう、昔聞いた電話番号に思い切って掛けてみたのだ。

「私は、美由紀と昔付き合っていた、村田と云う者だが」

「村田?誰だ?」話し方からして駄目な男だと直感した。

「聞いた事ないかい?」

「思い出した、美由紀に付きまとう、爺か?」

「今日は、柴田さんに良い話しをしたいと思ってね」

「良い話しって、美由紀と別れたら金でもくれるのか?」

「おお、中々察しが良いね、その通りだよ」

「安くはないで!」

「幾らだ?」

「三百万出すか?いや五百万だ」

「そんなに安いのか?それじゃあ、一千万出そう、それならどうだ」

「一千万!あの女に一千万だすのか、お前は馬鹿だな、騙される筈だ」

「でも、お前が芝居をする可能性が有るから、確実に別れたと判れば払うよ」

「お前も、俺を騙すのでは?」

「騙していたら、戻れば良いじゃないか」

「本当に貰える証明は?」

「来週東京に行くから、その時渡そう」

「何をくれるのだ」

「通帳だよ」

「先に、くれるのか?」

「印鑑は確認後だ」

「判った、来週待っている」

馬鹿な男に騙された美由紀に涙する廣一だった。

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