第17話祖母との対面
5-17
(また、病院に来たでしょう)と美由紀から怒りのメールが届いたのは翌日だった
(知らない、東京には行かない)と送り返すと、その後は無反応に成っていた。
美由紀は何とか実家の許しを貰わないと、結婚出来ないと幸宏に「子供でも出来たら、許して貰えるわ」
「子供はまだ、早いよ」
「私、もう三十一歳よ」
「他に方法は無いの?」
幸宏には子供が出来ると、美由紀が働けないから、収入が無くなるのが困るのだ。
美由紀は一度田舎に幸宏を連れて行けば、両親も認めてくれるのでは?
そうよ、幸宏さんを見れば考えも変わるわ、少し暖かくなる来月に幸宏を連れて、宮城の実家に行く段取りを決める美由紀なのだ。
三月に成って自宅に電話が有って、廣一が在宅の時に伺いたいと、以前電話をしてきた佐伯が連絡をしてきた。
眞悠子も理解不能の電話の意味を知りたいと言ったが、本人に直接会って話したいと、言うので三月の二週目の日曜日に自宅に来て貰う事にした。
廣一も母が言う様に理解出来ない電話なので、会わないと始まらないと決めた。
佐伯真三は約束の午後に成って表れた。
差し出した名刺には特別介護老人ホームの従業員に成っていた。
「初めまして、柏木久代さんの件で参りました」
二人には初めて聞く名前だったが、柏木の名前と九州の老人ホームの名刺で父孝治の関係者だと推測できた。
「私との関係は?初めて聞く名前ですが?」
「廣一さんのお婆さんですよ」
「親父のお母さん?」と驚く廣一に母眞悠子が「もう、亡くなられた方でしょうか?」
「いいえ、足は弱っていらっしゃいますが、お元気です」
「えー、もう百歳位では?」
「はい、今年九十六歳ですね」
「ハー、長生きですね」
「ご用件は何でしょうか?」
「実は、半年前にご主人の孝吉さんが亡くなられまして、多額の借金を残されていまして、お婆さんに話しましたら、息子さんが居るから、そこで貰ってくれと言われまして探していたのです」
眞悠子が青ざめて「そんなの、全く知らないのに、借金だけ言われても困りますわ」
「他の、借金は相続を拒否されれば、簡単なのですが」
「幾ら位ですか?」廣一が聞くと、眞悠子が「廣一聞かなくても良いわよ、拒否するのだから」
「お爺さんの借金は五千万程らしいですよ」
「えー、五千万!」眞悠子の声のトーンが変わった。
「私が参りましたのは、その借金の事では有りません、今、久代さんが居られる老人ホームの代金の事なのです、お支払い頂かなければ、退居をお願いしなければ成りませんので、ご親族の方にローンでも結構ですので、お支払い、頂きたいのです」
「えー、そんな、会ってもいないお婆さんの老人ホームのお金なんて払えませんわ」眞悠子が驚いて言った。
廣一が「幾らなのですか?」と尋ねると「廣一聞かなくても」と眞悠子が言った。
そして「確か、孝治さんには弟さんがいらっしゃったと思うのですが?」
「孝介さんですか?随分昔に亡くなられました」
「じゃあ、子供さんは?」
「結婚される前に亡くなられていますから」
「えー、それじゃあ、お婆さんの血の繋がった人間は僕だけ?」
「はい、そうです、誰もいらっしゃいません、今回お邪魔しましたのは、そのお婆さんがお孫さんに会いたがっておられます、お金も頂かなければいけませんが、来ていただけたら私も助かります」
「それで、幾らでしょう?」
「多分一千五百万位必要かと」
「一千五百万?」眞悠子の驚く顔「そんなの、払えません」即座に答えた。
「それじゃあ、退居の手続きをしなければ成りませんね、来て頂くのは?」
「悪いけれど、我が家にはそんな大金は有りませんし、息子も行きませんよ」と眞悠子が怒ると「お母さん、たった一人の肉親だよ、お父さんのお母さんだろう、僕は会いたいよ、お父さんの若い時の話しも聞きたい、ローンでも良いのですよね、老人ホームのお金は?」廣一が尋ねた。
「来て頂けるのですか?お金はローンで結構ですよ」佐伯は急に嬉しそうな顔に成る。
「廣一何を言い出すのよ、お前はそんな甘い考えだから、悪い女にお金を騙し獲られるのよ」と眞悠子が怒る。
「でも、可愛そうじゃないか、もう身寄りも誰も居ないお婆さんが一人、肉親を捜しているのだよ」廣一は涙目で訴える。
「お母さんは、お前には呆れるよ、二千万近いお金を騙し獲られて、嫁も無し、子供も居ないオマケに今度は身寄りの無いお婆さんの面倒を見るの、私はお婆さんよりお前の老後が心配だよ」と呆れる眞悠子だった。
「それでは、来週の日曜日にでも、来て頂けますか?契約書も用意して待っていますから」佐伯は嬉しそうに言った。
「そうですね、老人だから、早く行った方が良いですね」
「宜しく、お願いします」佐伯は丁寧にお辞儀をして帰って行った。
佐伯が帰ると、眞悠子は廣一に再三愚痴を言うが「一人しか居ないから」としか廣一は言わなかった。
一千五百万を何年のローンで払うのだろう?それが心配に成る眞悠子だった。
翌週美由紀は幸宏と宮城に、廣一は一人福岡の老人ホームに向かって行った。
宮城の雑貨店で待ち構える両親、二人の間ではもう娘を諦めようかとまで話していた。
もう三十歳を過ぎていたし、反対しても出来ちゃった婚をされても同じ事だ。
此処は許して娘の目が覚めるのを待つのが良いのでは?
弟の啓一は「多分子供は中々作らないと思うよ」と言った。
「何故なの?」
「姉貴の収入を充てにしているから」
「そうか、子供出来たら稼げないから」
「成る程」
「それなら、許しても、気が付いた時には子供は居ないから、楽に別れられる」
三人は美由紀が柴田に騙されているからで意見が一致していた。
そのうちボロが出て、二人は別れると考えていた。
もう反対するより許す方が目に届くと考えたのだ。
気合いを入れて帰った美由紀に、両親も弟も先日とは段違いの対応で結婚を許したのだ。
呆れる美由紀、美由紀から聞いていた話とまるで異なる状況に面食らう柴田なのだった。
帰りの新幹線で、喜んで手を繋いでラブラブで帰る二人、後は新居の用意が調えば入籍をして、マンションで新婚生活だと美由紀の心は晴れ晴れとしていたのだ。
福岡の駅に佐伯が車で迎えに来ていた。
運転しているのは綺麗な女性だった。
「ホームの事務員の有馬靖子さんです」と佐伯が紹介した。
年齢は二十五歳位だろうか?
何故か美由紀に似ている気がする廣一だったが、しばらく走ると大きな老人ホームに到着する。
「大きいですね、此処」
「まだ、新しいでしょう、昨年お爺さんが契約されて入られて、半年で亡くなられました」
「そうでしたか、会いたかったです」と目頭を押さえる廣一だ。
「このホームでも一番小さい部屋ですよ」そう言って案内された。
部屋に車椅子に腰掛けた見窄らしい姿の老婆が窓の外を見ていた。
廣一達に気づいて振り返ると、廣一を見ると同時に「おおーお爺さんの若い時にそっくりだ、間違い無い」と叫んだ。
「お婆さんですか?孫の廣一です、初めまして」と会釈をした。
「こちらに、来ておくれ、もっと近くで顔を見せておくれ」
「はい、お父さんの子供の頃の話が聞きたいと思ってやって来ました」
「そうかい、お前は優しいね、一度も会った事も無い、私に態々遠くから来てくれたのか?」
「だって、僕には唯一の肉親でしょう、そりゃあ、来ますよ」
もう久代は涙を流して喜んでいた。
「ホームのお金も出してくれたのだってね」
「はい、安心して長生きして下さい」
横に居た靖子がハンカチを久代に渡すと、ハンカチで目頭を押さえて「孝治がお爺さんと喧嘩して、家を飛び出してから、三年後に孝介が事故で亡くなって、それから肉親に会うのは初めてだ。二人共頑固だったから、最後まで許さなかったのだね、お爺さんより子供は二人共先に死んでいたのね」
「探さなかったの?」
「お爺さんが五月蠅くてね、去年亡くなる前に初めて許したのだよ、それから此処のお金の為に探してくれたのだよ、佐伯さん達が」
「大変でしたね」
「ホームも踏み倒されたら困るから必死だよ」と微笑んだ。
「お婆さん会いたかったです」と廣一は久代を抱き抱えた。
「ありがとう、ありがとう」久代は泣きながらお礼を言った。
昔話にその後の二人は時間を使って夜に成った。
優しい廣一に久代は好印象を持った。
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