第18話博多の町

  5-18

「帰るのか?」

「連休ですから、近くのホテルに泊まりますよ」

「そうなのかい」嬉しそうに成る久代は「靖子さん、明日車用意して、外に行きたい」と話した。

「はい、判りました」靖子が出て行くと「廣一、可愛い女の子だろう?」と尋ねた。

「はい、ホームの従業員にしては、綺麗な方ですね」

「そう?気に入った?」

「はい、まあ」

「お前、独身だろう?」

「はい」

「あの様な娘さんを、嫁さんにしなければ駄目だよ」

「お婆さん、何を言っているのですか?叱られますよ」

「そうかい、私が男なら付き合うがね」

「僕は五十二歳ですよ、この頭を見て下さい」と禿頭を撫でる。

「男は顔じゃあ無いよ、お前は優しいから大丈夫だ」

「何が大丈夫ですか?そろそろ帰りますよ」

「此処に泊まれば良い、佐伯が用意しているから」

「此処に、ですか?」

「この部屋じゃあないよ、別の部屋だよ」と微笑む。

しばらくして、佐伯が「部屋を用意しましたので」と案内された。

少し広い部屋に廣一は泊まる事にした。

明日朝から久代とドライブに行く事に成った。

運転は靖子がするらしいが、廣一は悪い気はしていない、好みのタイプだった。


九十歳を超えている祖母の明解な話し方、全く頭も普通、寝付けない廣一は祖母との会話を思い出していた。

とてもホームのお金の支払いで問題を起こす人には見えなくて、呆けとかとは無縁な感じがしたのだ。

あの佐伯さんを呼び捨てにしていたのを、廣一は聞き逃してはいなかった。

確かに足は衰えて居る様だが、頭は極めて正常だと思うのだった。

明日は何処に行くのだろう?あの靖子さんも、此処の職員では無い様な気がしていた。

熟睡出来ないまま朝を迎えた廣一に、朝食を食べようと祖母が呼ぶので廣一が行くと、靖子も佐伯も同じテーブルに座って待っていた。

「おはよう、ございます」と会釈をすると、三人が声を揃えて「おはようございます」と挨拶をする。

祖母は粥を食べて、他の二人は焼き魚の朝定食、何故か廣一には洋食で、パンとコーヒーが運ばれて来た。

しばらくすると、ワンボックスの車に四人が乗り込んで発車した。

車椅子のまま祖母は乗り込んだ。

「有馬さん、こちらにはいつからお勤めですか?」廣一はぎこちない靖子に尋ねた。

「まだ、二週間程ですわ」と答えたので、廣一は納得した。

「廣一も見る処はみているのね」久代はそう言って笑うが、意味がよく判らない廣一なのだ。

車は博多の町の中を走り回るだけで、郊外とか景色の良い場所には向かわない。

二時間程繁華街を廻って車を止めて「佐伯さん、計算出来たの?ホームのローンの金額?」

「はい、出来ました、月に十二万の二十年払いです」

「廣一、すまないね、十二万月々必要みたいだよ、大丈夫かい?」

「僕には大金ですが、それでお婆さんが、あのホームにそのまま住めるのなら頑張ります」

「凄い孫だね、五十年間で初めて会ったのに、こんな老婆の為にお金を払ってくれるのかい?」

「だって、僕には母とお婆さんしか身内が居ませんから、それも五十年も会っていなかったのだから、もっと以前に会えたら、色々な所に連れて行ってあげられたのに残念です、お爺さんにも会いたかったですよ」

「そうかい、嬉しいね、有馬さん、私の孫どう思う?」

「優しいですね、こんな人居ませんよ」と涙目に成ったのだ。

「廣一は女性に好かれないのかい?今まで結婚したいと思った事は無いのかい?」

廣一は笑いながら「若い時から、禿げでしたから、見合いを二度程しましたが、断られました、それからは最近まで無いですね」と笑った。

「最近まで無い?最近好きな女性が出来たのかい?」

「まあ、私の片思いでしたが、一人居ました」

「その女性は、何をしている人なの?」

「お婆さん、恥ずかしいのですが、風俗で知り合って、好きに成りました。本当の職業は看護師さんです」

「えー、看護師さんが、風俗で働いて居たのかい?」

「そうです、バイトで」

「どんな、女性なの?」

「もういいです、彼氏が出来た様で、私は捨てられました」

「何年、付き合ったの?」

「六年弱です」

「おお、長いじゃないか、幾ら使った、その女に」久代は楽しそうに聞いて来る。

「判りません、計算していませんから」

「そうか、凄く使ったのだね、廣一は馬鹿だね」

「はい、馬鹿です、母にも言われましたから」と笑う。

「この有馬さんは廣一のタイプの人かい?」

「お婆さん、急に変な事聞かないで下さいよ、答え難いですよ」はげ頭を掻く。

「有馬さんは廣一をどう思う?」

「心の優しい人だと思いますわ、今もその女の人の事を心配しているのでしょう?」靖子の意外な言葉に、廣一は背筋が凍り付いた。

何故?知っているのだ?すると、久代が「眠く成った、帰ってお昼を食べて昼寝をしよう」

「はい」車はホームに向かって走り出した。

「廣一、時々会いに来ておくれ、お願いするよ、私も孫に会いたい、後何度会えるか判らないけれど、出来るだけ会いたいよ」

「良いですよ、また会いに来ますよ」

「電車代が多く必要に成るわね、ごめんよ」

「良いですよ、月に一度は見に来ますよ」そう話すと嬉しそうな顔で祖母は笑ったが眠ってしまった。

その後は沈黙が続いて、佐伯も靖子も何も喋らない。

ホームに到着するまで無言だった。

ホームに到着して昼食を終わると「そろそろ帰ります、お婆さんお元気でね、また来ますから」廣一はそう言って、優しく久代の肩を抱いた。

「ありがとう、ありがとう」と言う久代だ。

佐伯が「お帰りの前に、この書類にサインと拇印を頂けますか?」と支払いの明細書を持参して来た。

「もし、幾らか纏めて払えば変更に成りますか?」

「勿論です、その場合は計算をやり直します」

廣一がサインをすると「有馬さん、駅迄送ってくれませんか?」

「はい、判りました」と自分の車を取りに駐車場に向かった。

「良い、娘さんだろう?」

「はい、お婆さんの世話をしてくれますよ」

「お前にも、あの様な女性が居たら良いのにな」と笑う久代だった。

しばらくして、廣一は靖子のセダンに乗って老人ホームから帰って行った。

その姿を長い間手を振って見送る久代の目には涙が滲んでいた。


「すみません、態々」御礼を言う廣一。

「いいえ」

「祖母はどんな人ですか?有馬さんから見て?」

「恐い方ですわ」

「恐い?」

「はい」

「まだ、二週間でしょう?」

「はい、お話するのは少しですが、以前から存じていました」

「じゃあ、祖父も?」

「勿論です、お婆様以上に恐い方だと、聞いておりました」

「そうなのですか?違うホームに勤められていたのですね?」

「まあ、そんな感じです」

やがて、車は博多駅に到着して、靖子は態々車を降りて丁寧にお辞儀をして別れた。

丁寧な人だなあ、と驚く廣一だった。


新幹線に乗ると同時にキャバクラの(ゆか)の戸田由佳子が電話で「結婚決まったらしいわよ、叔父さんの報告のお陰かも」

「えー、美由紀の両親許しなのだ!」

「幸宏、大喜びだよ」

「連絡、ありがとう」

廣一は連絡を受けて、これは大変だ。

益々お金を用意して、早く会わなければ、大変だと思うのだった。


美由紀は結婚の為にマンションを借りる準備を始めた。

僅かな敷金が中々無かったので、敷金の無いマンションを探して、家賃が安くて病院に近いマンションの入居申し込みをする二人だ。

「これで、いつでも結婚出来るわ」

「僕達の新居だね」と喜ぶ二人だったが、翌日断られてしまった。

翌日「何故?」と聞きに行く美由紀に係の人が「判りませんが、駄目の様です」と言うだけだった。

幸宏の名前で申し込んだから、審査で駄目に成っていたのだ。

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