第9話楽しい旅行

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母、眞悠子は半月後に嬉しそうに東京に向かう息子を見送っても、まだ信じられなかった。

条件が良すぎだったから、若い、綺麗、手に職が有る女性が、年寄り、不細工、禿げ、会社は二流、金は無い、こんなに合わないカップルは居ないと思うのだった。


母の気持ちを他所に、二人は成田空港からグァムに飛び立った。

「須藤さんって云うのだね」

「村田さんも違ったのね」と美由紀が笑う。4

「ビキニですか?」

「勿論、私、スタイル良いからね、胸がもう少し大きかったらモデル志望でも良かった」

二人はこの時、須藤美由紀と柏木廣一で初めての旅行に成った。

楽しい旅行で、美由紀には廣一と行くと気楽なのが一番良かったらしく、グァムの土産を沢山、由美に買ってくれたのだ。

そして写真が一杯有ったが、一枚も柏木廣一の写真は無かった。

「何故?柏木さんの写真無いの?」

「証拠が残ると将来困るからよ、彼氏が出来た時にね」

「柏木さんも貴女を写さないの?」

「嫌なのよね、一杯写すのよ」

「一緒に旅行に行ってツーショットの写真一枚も無いの?」

「無いわ、今までも、これからもね」

「グァムまで連れて行って貰って?」

「無いわ、それよりこれ見て」と耳に着けたピアスを由美に見せた。

「それ、結構高かったでしょう」

「買ってくれたのよ」とご満悦の美由紀を見て「こんなに色々してもらっても好きには成らないの?」

「好きよ、でもそれは男と女じゃあないわね」と言い放つ、写真も無いとは哀れな人だな、一度会ってみたいと由美は思うのだ。

でも結果的には会わなかったと云うより、美由紀が会わせなかった。

自分の住所と職場を知られて、過去のデリヘルの仕事を暴露されるのが恐かったのだ。

実際、廣一はこの旅行の後直ぐに美由紀の住所を知ってしまう、旅行社が誤送したのだ。

その住所は品川総合病院の寮だったから、職場も知ったのだ。

でも廣一は知らない素振りを最後まで続けるのだった。

それは知っている事を話すと美由紀が自分から去るのでは?の恐怖からだった。

由美と美由紀にとっては悪夢の年が終わって新年に成った。

今年は元日に二人は休めて、明治神宮に初詣に出掛けて、また明日から夜勤が始まる。

「何をお祈りしたの?」と美由紀が聞いた。

「そろそろ、大台だから結婚かな?」

「あの、山下さんと?」

「そうね、彼も真面目に成ったしね、それより、家族の方が良いのよね」

「私も、今年は結婚を考える人と巡り会いたい」

「去年は、震災で大変だったからね」

「来週、また柏木さん来るのよ」

「早いわね」

「そう、会いたいらしいわ、伊豆に行く事に成っているのよ」

「遊ぶだけなんて、可愛そうよ、五十歳じゃあ?」

「何故?由美が知っているの、もう潮時が近いなあ、良い人と巡り会います様に」そう云って柏手を打つ美由紀だった。


言葉とは逆で廣一と美由紀は月に二回のペースで会っていた。

この年から美由紀が廣一の地元の神戸迄飛行機で行く事も多く成っていた。

行動範囲が益々広くなって、鳥取砂丘、宮島、萩、輪島、有馬温泉と行く所も多種に渡っていた。

廣一の母眞悠子はいつ自宅に連れて来るのか?と心待ちにしていたが、しかしその気配は全く無かったのだ。


夏が過ぎると由美の婚約で焦る美由紀は、また積極的に病院仲間を誘って合コンに行くのだ。

もうすぐ三十歳が大きく美由紀の心にのし掛かっていた。

ボディビルの集まりの合コンに行った美由紀は、興奮して寮に帰ると由美に話した。

「凄いのよ、筋肉がピクピクと動くのよ、分厚い胸板、あの様な胸板で抱きしめられたら、興奮するわ」と今夜見た人達の感想を言った。

「良い人居たの?」

「判らないわ、二、三人名刺くれたわ」と差し出した。

「色々な仕事ね、この人外科医、この人建築、この人は?」

三枚の名刺を見て由美が聞く、MMSと名刺に書いてある柴田幸広。

「ああ、それネットワークビジネスの会社じゃない、私と同い年だったわ」

「それって、ネズミ講に近いのでは?」

「ああ、顔がネズミに似ていたわ」

「良い人、居なかったの?」

「判らない、筋肉に見とれて居たから」と笑う美由紀、初めて間近で見たマッチョだけが印象に残った様だ。

その柴田は合コンで知り合った人達に、サプリとか家庭用品、化粧品を売るのが仕事なので一度面識が出来ると、何かと理由を作って会おうと試みるのだ。

柴田は名古屋の生まれで、工業高校時代にボディビルに魅せられて始めたのだ。

仲間には遊んでいる人も多く、煙草、酒、女と誘われて遊んでいた。

勉強は全く出来ないので就職するのだが、工場勤めが合わない、人と話した方が合っていた。

ボディビルの集まりの中に、このMMSを主に行っている人が居て、元々自分はこの仕事なら出来ると始めたのだ。

だが中々簡単には客は増えないのが実情だ。

その為最近は合コンに度々参加して、女性に声をかけて、徐々に販売に繋げる作戦をしていたのだった。

美由紀は筋肉以外に興味が無く忘れていたが、同じ病院仲間の加山伸子に柴田はコンタクトをとってきたのだ。

今回の合コンに加山伸子、小池佐奈、最上祥子の三人と一緒に参加していたのだ。


廣一は美由紀のパスポートで誕生日を知っていたから、誕生日にはお祝いのメールを送って、誕生日に一番近い会える日にプレゼントを渡した。

喜ぶ美由紀の顔を見て自分も幸せを感じる廣一だったが、既に貯金通帳には残高が残り少なく成っていた。

「台湾に行きたいね」とお強請りされて、グァムが楽しかった廣一は「来年一月に行こう」と返事をするのだ。


一年が瞬く間に過ぎて、正月に加山伸子と柴田幸広、柴田の友人二人松本義彦、富沢宗佑、が初詣に行くと言い、誰か誘って欲しいと云われて仕事の空いているのは美由紀と最上祥子だったから、六人で川崎大師に行く事に成った。

三人の中では一番美由紀が化粧も上手で綺麗ので、三人の男は商売抜きで美由紀にモーションを掛ける。

三人ともMMSの仕事をしていたので、女性を煽てるテクニックはずば抜けていた。

会社で研修が有るから、自然と上手に成るのだ。

会社主催のイベントに参加させれば九割の人は洗脳されてしまうので、MMSに参加して買ってしまうのだ。

彼等は集会とか会社主催のイベントに連れ込むのが最大の仕事なのだ。

元々この様な仕事をしているからギャンブルも大好きな三人は、川崎競馬にも六人で行くのだった。

偶然馬券を当てて喜ぶ美由紀をまた三人の男が煽てて、夜遅くまで飲んで盛り上がったのだ。


由美がその後MMSの事を「まさかまさかの詐欺の略称じゃないの?」と美由紀に話した事が有ったが、笑って「上手に言うわね」と唖然として聞いていたのだ。


こうして、病院の中に入り込んだMMSのメンバーが次の作戦に移る切掛けと成るイベントが近づいていたのだ。

一月末、美由紀と廣一は二度目の海外旅行で台湾に行ったのだ。

年末のボーナスを母に渡した残りを統べて使った豪華な旅行だったのだ。

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