第8話海外旅行

 5-8

「震源地、東北よ」

「えー」

「実家大丈夫かな?」

「大変な、被害かも」その時また大きく揺れる。

余震が連続で来て、実家には電話もメールも届かない由美も同じだった。

「あの、叔父さんからメールだ、東京にまだ居たのだ」

「帰れないでしょう、新幹線も全て止まっているから」

二人には、村田の事はどうでも良くて実家が心配だった。

村田は美由紀の実家が東北だとは知らないから、メールで返事が来たから安心をしていたのだ。

幸い二人の実家は無事だったのだが、連絡が出来るまで随分と時間がかかったのだ。

その後も余震が絶え間なく続く、原発の破壊による放射能の問題と東北には暗い時代に突入した。


二人は落ち着くのを待って実家に戻る。

幸い二人の実家は殆ど被害が無かったが、その後、由美の父貴之の会社は観光客の落ち込みと港から捕れる魚のイメージも有って、極端に経営不振に陥った。

由美は蓄えの殆どを実家に送らなければ、生活が苦しく成ってしまった。

父は転職を考え始めた。

政府の補助が出て勤め先は辛うじて存在はするが、回復までは遠い道程で、希望退職者を募集してパートは殆ど解雇に成った。

美由紀も自分の貯金を実家に送ったのだ。

廣一からのメールに海外に旅行に行くから、少しの間連絡出来ませんと返事する美由紀は実家が心配だったのだ。


廣一も東京で地震に遭遇して恐い思いをしていた。

数年前には阪神淡路大震災にも家が大きく揺れたのだ。

母の眞悠子が心配して何度も携帯を鳴らした全く連絡が出来なかったのだ。

眞悠子は地震よりも心配な事が有った。

東京に行く度に預金が目減りしている様な気がしたから、家には幾らかの食費を入れてくれるのだが、最近息子の行動に不信感を持ち始めていた。

例えば地元の飲み屋さんに全く行かない、服装は東京に行く時以外は殆ど同じ、食事も弁当に変わっていた。

良い女性に知り合って結婚でもしてくれれば、それでも良いのだが、もしかしてお金だけ使って変な女に。。。の不安だった。

眞悠子の友人が息子さん位の男性で、飲み屋の女の人に預貯金を巻き上げられた人の話を聞いて不安は増大していった。

その男性は四十代後半で浮気が妻に露見して、離婚に成って子供の養育費を払う事で離婚が成立。

しかし養育費を払わない時が何度か有って、元妻は給与の差し押さえを要求した。

怒った男性は悪友の助言で勢い会社を辞めて、差し押さえを回避した。

退職金が手に入ると、元妻に幾らかの金を渡し仕事も元妻とも完全に別れた。

普段持ち慣れない金額を持った男性はスナックとかを飲み歩いて、酔った勢いで喋る。

それを狙う女に身体を餌に、総てを巻き上げられて放り出された。

その後は仕事も無く哀れな生活に成ってしまった。

眞悠子は息子もその様な事に成ってないだろうか?心配は大きく成るのだ。


五月の連休明けに成って、ようやく由美も美由紀も元の生活に戻れたのだ。

この辺りから美由紀は何故か廣一と親密に成った。

理由は美容師が偽者だと廣一に見破られてしまったて、連休明けの熱海の駅前で老人が倒れたのを、美由紀がいち早く介抱したので、看護師だと判ってしまったのだ。

美由紀も仕方が無かったのだ。

倒れた老人を放置する程の悪では無かったから、美由紀も騙していたので、疲れたのか看護師と言ったら楽に成った様だ。

でも住所も名前も、職場も言わなかったし廣一も聞かなかった。

美由紀の心の中では、この男は私の闇の人間で、絶対に明るい場所には出ない人間だと決めていたのだ。

それはデリヘルの職業に後ろめたい気持が有ったのだ。

でも、その日から二人は会う頻度が多くなったのだ。

それは廣一の出費にも大いに影響が有ったのだ。

預貯金の管理は自分がしていたから母は知らないのだが、ある日、母が「廣一、東京に好きな女性でも出来たの?」と聞かれた。

「何故?」

「お母さんの勘だけれどね」

「実は、看護師さんと付き合っているのだよ」

眞悠子はその言葉に急に明るく成った。

飲み屋の女性に騙されてお金をつぎ込んでいると考えていたから「看護師さんなの?」声が弾む。

「そうだよ」

「幾つなの?」

「二十八歳かな?」

「えー、若いね、勿論初婚だよね」

「そうだよ」

「よく、そんな若い子と付き合えたね、二十歳違うよ、本当かね」と、もう母は天にも昇った気持ちに成っていた。

「東京の女の人なの?」

「多分」

「出身地も知らないのかい?」

「地元の話しはしないから」

「何年付き合っているの?」

「二年と少しかな」

「長いじゃないか、もう関係も有るのだろう」

「まあね」

「じゃあ、そろそろ来年には結婚かな?」

眞悠子は勝手に段取りを想像して夢を描いていた。

その日から心配も消えた眞悠子は、今度はマンションのチラシを見たり、結婚式場のパンフレットを見たりで夢を膨らませるのだ。


由美もこの頃、美由紀も落ち着くのだろうか?

自分は巧美の家に行く事が多くなり、交際は進んでいた。

唯、震災の影響で結婚の話しは延期に成って、巧美はその後会社を辞めないで真面目に働いていたので、両親は由美の影響が大きいと褒め称えるのだ。


美由紀はその後もデリヘル時代の約束通り、廣一にお小遣いを毎回貰っていた。

多い時には月に二回二人は会っていると由美は思って言った。

「結婚しないなら、もう村田さんから別れたら?可愛そうよ」

「本人喜んでいるわ、今度グァム島にも一緒に行くのよ」

「えー、海外旅行?」

「そうよ、変?」

「名前も判ってしまうわよ」

「あっ、そうだった、まあいいや、気楽に行けるから」

「結構費用必要でしょう?」

「全部出してくれるから、やはり、金持ちよ」と上機嫌の美由紀、由美は呆れて「新婚旅行だと、村田さん思っているわよ」

「それで、連れて行って貰えたら良いわ、私には彼と結婚なんて考えられない」

「冬のグァムって良いわね」

「良い客捕まえたでしょう、私、もう歳だからデリヘルも出来ないしね」

「友達とも正月にペルーに行くのでしょう?」

「うんうん、でもあれはケチケチ旅行、村田さんは高級旅行よ、国内でも一流の宿だから、今度も良い旅館だわ」と楽しみにしている美由紀だ。

廣一は本当に新婚旅行の気分に成っていた。

パスポート番号が届いて、廣一は須藤美由紀が本名だと知ったのだ。

母が「婚前旅行とは、中々廣一も凄いじゃないか?須藤美由紀さんか」とメモ書きをのぞき込んで嬉しそうに言う母。

「廣一、お母さんにも、写真を見せておくれよ」と言うので、パソコンで印刷の用紙にパウチをした大きな写真を見せると、母が驚きに表情に成っていた。

「廣一、これが、これがお前の付き合っている、看護師の人なの?」

「そうだよ」

「こんなに、綺麗な女の人なのかい?」

「そう、須藤美由紀さんだ」

写真を見てまた心配に成る母、眞悠子なのだ。

自分の子供ととても合わないから、歳も若いし綺麗だ。

こんな女性が禿の中年と?でもグァム旅行に行くのは事実だから、怪訝な顔の眞悠子だった。


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