第42話 もしそのときは、


『今日はホントにごめんなさい! お詫びにさ、夜のライトアップがされてるお寺に行かない?』


 夕食を食べ終えて部屋に戻ると、携帯の画面にこんなメッセージが表示されていた。差出人は赤根。宛先は修学旅行班のグループ――つまり俺、芦原、新庄さん――であるらしい。

「なあ芦原、これ見た?」と芦原に尋ねてみる。見れば携帯よりも先に、夕食前にやりかけになっていたゲーム機に手を伸ばしていた。


「や。ちょっと待って」


 赤根の謝罪は今日の班行動でほとんど何処も回れなかったためである。とはいえこれは、黒木の残した小説のせいだ。もしくは、やる気を取り戻した赤根のせい。正しくは、それを嬉しく思ってしまった俺のせいかも。

 つまるところ、班行動の途中で赤根が例の小説を「敵を知り、己を知ればうんぬんかんぬん」とか言いながら読み始め、最終的にファストフード店の一角に陣取ってその小説を回し読みすることになってしまったのだ。

 笑って許してくれたけど、新庄さんには本当に申し訳ないことをしてしまいました。


「これどうする? 行く?」

 ようやく携帯をチェックした芦原に問いかける。


「別に断る理由もないけど、とはいえ特別行きたいわけでも――あ、チョイ待ち」

 なにやらしばし携帯を弄った後、芦原は「ウン、イコウカ」と口にする。妙な言い方を不審に思ったが、ちょうどそのとき新庄さんからの『行く行くー! 男子どもも来るよな? な!?』と有無を言わせぬ文章が表示されていた。



     *  *  *



「――で、なんでこれしかいないわけ? 新庄さんは?」

「テニス部の人と出かける予定を忘れてたんだって。そっちこそバカシは?」

「急に今世紀最大の腹痛が襲ってきたらしい。トイレと結婚する勢いとかなんとか」

「……どうする? 誠くんと私の、二人きりだけど」

「これ、元々新庄さんへの詫びのつもりだったんだろ?」

「……まあ」

「新庄さん居ないのに、行く意味なくね?」

「……たしかに」

「でもこれで行かなくて、新庄さんが『私がドタキャンしたせいで』とか思ったらヤダよな……」

「……うん」


 黙り込む二人。我慢比べを破ったのは赤根の方だった。


「……行く? 二人で」

「…………行くか」


 まとめると、こうして赤根と俺の二人きりになってしまったのだった。




 夜の帳を背景に、美しい庭園の光景が浮かび上がっている。ライトに照らされた鮮やかな木々の葉。微かに揺れる池の水面はまるで鏡のようで、天と地からその光景が迫ってくる。

 息を呑んだまま二人で歩を進めると、道は竹林の中を分け入って行った。そこも同様にライトアップされており、右を見ても左を見ても、数多の竹の根元から上空の葉先まで神々しく照らし出されている。竹の奥にもまた竹があり、どこまでもこの光景が広がっているのではないかとさえ思わされてしまう。


「もと光る竹なむ無数にありける……」

 突然の赤根の呟き笑ってしまった。この竹の全てにかぐや姫が入っていたら、えらいこっちゃと思って。


 いつまでも続くと思われた竹林を抜けると再びの庭園。竹取物語を連想していたためだろう、無意識に月を探していた。そしてそれはあっさりと見つかった。木々に隠されない程度の低い位置に、満月がプカリと浮かんでいる。まるで想像に補われて描かれた絵画のように、絶妙な位置。


「月がき――」

 何かを言いかけた赤根が、急に固まった。


「ん、なに?」

「……月が、き、き――きゃわいいね!」


 なんだそのチャラ男めいた発言は。


「ほら! お月様って、黄色くて丸っこくて、かわいいような気がするじゃん!」

 なおも必死でそう言われ、逆に何を言いかけたのかを勘繰りかけて――気づく前に思考を止めた。


「フ、チャラ男度が低いよ。真のチャラ男なら『月よりキミの方がキャワイーネェ』と言うだろうなっ」

「いつ私がチャラ男になったし」


 二人で笑って誤魔化したあとで、赤根は言葉もなく月を見上げた。……単純に、本当に綺麗な月だと思う。


「黒木君に呼び出されたのって、昨日の夜だったの」

 月から目を離さずに赤根はそう呟いた。


「例の勝負に発展したやつ?」

「そう。呼び出されたときは、まあ正直……告白とかされるのかなーって、少しだけ、思った」

「……もし告られてたら、どうしてた?」

 迷いながらも尋ねてみると、帰ってきたのは笑いながらの「そりゃあ断ってたよ」という言葉。


「今の私はそれどころじゃないし。だからさ、自意識過剰だったとは思うけど『どうやって断ったらいいんだろう』とか思いながら行ったわけなのよ。それこそ、かぐや姫よろしく無理難題でも押し付けてやろうかと」

「そんなこと言って、もしその無理難題を達成されたらどうすんだよ。適当なことは、言うなよ」


 もしも台本が書き終わっていて、それどころじゃなくなかったのなら、どうしていたのかとは聞けなかった。

 なぜか赤根は俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。


「……なんだよ?」

「わかった。その気もないときは素直に断るよ」

「意味わかんねーし」

「別にー。何となくそう思っただけ」

 赤根は小さく笑ってそう言うと、出口に向かって歩き始めた。



     *  *  *



 さて。一つきりの出口を通り過ぎたあとで、どちらからともなく足を止めた。

 先ほどから半歩前を歩いていた赤根がクルリと振り返る。


「急に悪いんだけど、ここで少し待ってみない?」

「奇遇だな。俺もそう思ってた」


 待つこと数分。


「おっ。芦原くーん、トイレと結婚してたんじゃないのかい?」


 キョロキョロと辺りを窺いながら出てきたバカシを俺が捕獲。さらに数分後。


「アレレ~? 優香ちゃん、テニス部の仲間はどうしたのかなぁ? 横にいるのは劇部ウチのアイリちゃんのように見えるんだけどぉ?」


 赤根が新庄さんを確保。草加部さんのオマケつき。ひとまず芦原を赤根の方へ引き渡す。


「芦原! もしもアンタが見つかったら知らせろって言ったっしょ!?」

「ヤー……がっちり捕まっちゃってムリでしたよ。そもそも言い出しっぺはそっちだし……」

「コラばらすな!」

「ねーねー、仲間割れは醜いよー?」

「ご、ごめん。許して!」

「ンー? 何を許して欲しいのか、詳しく言ってくれなきゃ分からないなぁ? 三人は一体どんな悪事ことをしていたの?」

「ごめんなさいーー!!」


 こうして少し騒がしく、五人で宿に帰ることになったのだった。楽しくないと言ったら嘘にはなるが、とりあえず芦原はしめようと思う。


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