第40話 そうだ(以下略


 結局、赤根の台本については特に進展はないまま修学旅行を迎えてしまった。


 新幹線で乗り込んだ土地は京都である。実は中学に続いて高校の修学旅行も京都になってしまったのだが、俺としては文句ない。むしろいい。転入前の学校は沖縄だか四国だか行く予定だったと思うが和菓子サイコー。


 ……と。なんとかテンションを上げようと頑張ったのだが、俺の所属する修学旅行班はいまいち盛り上がっていなかった。横では、今にも滝行やら座禅やらしたいと言い出しそうなほど、赤根のやつが陰鬱な表情を浮かべている。

 その向こうには、ヘッドホンをつけてスマホをいじくる芦原と口をオーの形にして京都タワーを見上げる新庄さんの姿がある。


 我ら修学旅行二組・第三班。気まずい雰囲気のまま京都へと降り立った……!



     *  *  *



 修学旅行の班分けの指示は随分テキトーで、一班当たり四~六名で好きなように組むように言われた。意外と困る指示である。困らない人もいるのではあろうが、俺は困った。

 ひとまず前の席でうつらうつらとしていた芦原を確保。さて、次はどうしたものかと考える。クラスの男子とこういうときに、迷わず組めるだけの友人関係を気づけているかと言うとやや怪しい。

 視線を巡らせたときに、まあ……隣の人物も気になるものでありまして。

 ましてや、寝ているわけでもなく、肘をつきながらおめめをぱっちり開けた状態で虚空を眺めている様子ともなれば、気にするなという方が無理な状況でありました。


「もしもし。赤根さーん、大丈夫ですかー?」

「…………」

「もしもーし……?」

 未だ反応がないので肩をつついてみる。


「……なに?」

「今、修学旅行の班決めしてるけど……大丈夫か?」

「……君らは組むんだよね?」

「俺と芦原のことだよな? 組むつもりだよ?」

「じゃあ、私も入れといてくれない? 嫌ならいいけど……」

「あ、大丈夫です」

「そう。ありがと」

 この会話の間、こちらを向くどころか眼球は虚空を見つめたままピクリともしなかった。もはやホラーだ。


 ともかくもあと一人で四人以上の条件は満たすことができることになった。とはいえ困難が去ったとは言えない。クラスの中でも俺たちは「演劇部の三人」とひとまとめにされている節があり、ここに加わってくれるクラスメイトが果たしていてくれるかどうか……。一人あぶれてしまったという人が出ることを待つしかないかもしれない。



「――そんなときの救いの女神が新庄さんだったわけですよ」

「いきなり何を言ってるのかな?」

「いや新庄さん、夏休みに焼けたなーと思って」

「それ、絶対文脈が繋がってないよね」

「テニス焼けだなぁ」

「そうだけどなにさっきから!?」

 京都の市営電車で移動しながら、女神と呼ぶにはいささか日に焼け過ぎの新庄さんと話す。


 京都駅についた後は、ホテルへの集合時間まで班行動となる。

 事前にプランを立てて提出などもしているが、何分適当でホテルの集合時間にちゃんと戻って来さえすればどう過ごそうが構わないらしい。大阪だろうが、広島だろうが、行けるものなら東京秋葉原に行ってもよいという。

 俺たちとしては、全日程を無難に事前に立てた計画の通りに、お寺などを回って過ごす予定である。事実として、龍安寺の枯山水をぼんやりと眺めたり、天龍寺の池のある庭園(曹源池庭園というらしい)をぼんやりと眺めたり、清水の舞台から下をやはりぼんやり眺めたりした。


 事件が起こったのは、三泊四日の日程の、二日目の夜のことであった。



     *  *  *



 夕飯が終わったあとの自由時間。この時間は部屋でトランプに勤しもうと、路上にバナナの皮や亀の甲羅を不法投棄するレースゲームに興じようと、どこに行くかの申請は必要だが宿の外へ出てブラブラしようとも問題のない時間だ。

 俺はそのとき、部屋で芦原と同色のぷよんぷよんとしたスライムを四つ以上繋げて消滅させる落ち物パズルゲームで勝負をしていた。このゲーム、芦原はめっちゃ強い。俺の勝率はせいぜい三割といったところ。

 俺も一時期はこのゲームにハマっていたため、GTRと呼ばれる組み方までのある程度基礎的な組み方は習得していたのだが、芦原は完全に変幻自在の組み方をものにしている上に俺の組み方を見て柔軟に戦術を変えてくる。俺なんか自分の方で手一杯で芦原の情況を見る余裕などないというのに。何が言いたいのかというと芦原がクソ強い。あ、また負けた。


 そんな具合に俺も芦原もそんな風にゲームに熱中していたため、しばらく携帯の点滅に気がついていなかった。同室のクラスメイトに指摘され、初めてその新庄さんからのその連絡に気づく。


『絵美が男子に呼び出されたああぁぁああ!! 至急以下の場所に来られたし!!!!』


 そんな内容の連絡が、芦原の方にも行っているという。二人で顔を見合わせる。何やら唐突に、漫画かなにかでありそうな修学旅行の定番イベントが始まってしまったような気になった。




 芦原と二人、赤根がお呼ばれしたという場所へコソコソと向かう。わざわざ遠回りで行くように指示されたあたり、新庄さんの本気っぷりが見て取れる。

 たどり着いたのはホテル近くの公園。夜陰に紛れているのだろう新庄さんの姿は見当たらない。辺りを探しているとプルルと携帯が鳴った。


「もしもし。公園に着い――」

「遅い! 右奥の入り口から入ってすぐ右の茂み! 急いで!」

 言われるやいなや電話が切れる。小走りで言われた場所に向かう。

 そこには、新庄さんと草加部さんの姿があった。


「なんでお前までいるんだよ……」と芦原が草加部さんに向かいうんざりとした声を上げる。

「いやいや! 私がこんなキャピキャピしたイベントを見逃すと思わないでよね!」

「そこの二人静かにっ!」と新庄さんが注意する。


 公園の端にある藪の影。その狭いスペースに四人で収まった。こんなんで隠れられているのか怪しいが、日が暮れた後ということもあり大丈夫なのだろう。たぶん。


「二人とも遅いよー。絵美が呼び出された時間までもう十分もないんだからさー」

「……とりあえず説明をしてくれ」

「いや説明したでしょ。絵美が男子に呼び出されたんだってば!」

「それは分かったけど、誰に呼び出されたのか、何でそれを新庄さんが知っているのか、そしてなにより何で俺たちを呼び出したりしたのかってことだよ。普通に考えて、覗き見はよくないでしょ」


 新庄さんは面倒そうにため息をついて、早口で答え始めた。


「呼び出したのは隣のクラスの黒木くろき君。私と愛梨ちゃんがそれを知ってるのは、そもそも私たちの前で黒木君が絵美に話しかけたから。ちなみに愛梨ちゃんは黒木君とクラスメイトね。で、これは覗き見ではありません。絵美に頼まれたの。念のため近くで控えていてって。そりゃあ夜に外で男子と二人きりになるのは怖いっしょ」

「でも俺らを呼べとは言われてないんでしょ?」と芦原が短く問いただす。新庄さんは聞こえていないふりをした。


「まあまあ。万が一を考えたら男子が居てくれた方が頼りになるでしょ」と草加部さんがフォローを入れ、さらに続ける。

「そーれーにー、マコっくんも正直気になるんじゃない?」

「……何が?」

「だって告白かもよ?」

「別に、気にならないよ」

「んー? それは仮に告白だったとしても、エミちゃんは受けっこないと思うから?」

「……確かに今のアイツは、台本のことで頭が一杯でそういう余裕はないかもな」

「そーゆーこっちゃないんだけどナー」

 草加部さんがニヤニヤとこちらを見てくるのが癇に障る。


「しっ! 二人とも、絵美が来たみたいだよ」

 新庄さんの言葉で一瞬で空気が張り詰める。


「どうやら男の方も来たみたいだな」

 芦原が顎をしゃっくった先には、見慣れぬ男子生徒の姿が見えるのだった。薄暗くてよく分からないが、少なくとも雰囲気はイケメンぽさを醸し出していた。


「黒木君だっけ? で、一体何の用なの?」

 余分な会話は不要とばかりに、赤根が短く言葉を発する。


「ハハハ、ずいぶん素っ気ないね。なら僕も合わせて簡潔に答えようかな」

「そういうのいいから早くして」


 黒木とやらは屈辱そうに唇を歪め、「単刀直入に言えば」と前置きした後で、こう言い放った。


「君たちが文化祭でやる劇の台本を書いてあげるよ。この僕が!」


 あまりに予想と違うその発言に、辺りはシンと静まった。


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