第29話 アアア三人組解散!?


 喫茶店レッドルートでの話し合いのあとの帰り道。

 俺は宮子ちゃんと仲良く電車に揺らされていた。ちなみに他のメンバーは反対方面への電車に乗って行った。

 宮子ちゃんに最寄りの駅を尋ねると、それは学校と俺の最寄りの駅とのちょうど中間ほどだった。言われてみれば、新人公演前に一緒にデートさせられたときもそこまで帰りが一緒だった。


「でも部活の後に一緒に帰ったことはないよね?」

 電車の方向が同じなら、今まで一緒に帰ったことがあってもよさそうなものだが。


「えっと、私、自転車通学なので」

「ああ、そうなんだ。何分ぐらいかかるの?」

「信号にもよりますが、三十分を少し超えるくらいです」

「へー、雨の日も自転車? それとも電車?」

「自転車です。カッパを着て」

 カッパ姿の宮子ちゃんを思い浮かべると、なんだか妙に似合っているように感じて、それを口に出したのだが、なぜだかジト目をする宮子ちゃん。


「なんか子供扱いしてません?」

「ヤ、ソンナコトナイヨ?」

「なんですか、その言い方!?」

 口調こそきついが、本当に怒っているわけではなさそう。


「そういえば先輩、さっきお店を出るときにアカネ先輩と何か話してましたか?」

「……まあ少し話したけど、大したことじゃないよ」

 店を出るとき、すこし袖を掴まれて本当にちょっとした話をしただけだった。



 ――あのさ、この服、似合ってる?

 ――ああ、似合ってると思うぞ?

 ――なんかテキトー言ってない?

 ――そんだけってことだよ

 ――そっか。ありがと、また来てね

 ――それは、皆に伝えておけばいいのか?

 ――……そうだよ、当たり前でしょ商売なんだから。バーカ



「先輩?」と呼びかけられ我に返る。宮子ちゃんに顔を覗き込まれていた。


「ごめん、ボーっとしてた。何かな?」

「別に、言いたくないならいいですよ。さっきだって先輩は調理実習でどうとか嘘つきましたし」

 宮子ちゃんは唇を尖らせている。

「いや、あれは嘘をつこうとしたわけじゃなくて……」と言いかけたところで電車が止まる。


「あ、私はここで。では、お疲れさまでした」

 ペコリと頭を下げて、彼女は電車から降りて行く。


「お疲れ。夏公頑張ろうね!」

 その背中に声をかけると、閉じ行くドアの向こうで振り返りニッコリと微笑んでくれた。

 ――さて、気合を入れないとな。



     *  *  *



「さて、そろそろ気合を入れてくれよ……」

 目の前で器用にペンをク~ルクルクルクルクルリンと回す芦原に声をかける。はいはい、凄いからそのドヤ顔はやめてくれ。


 定期テスト前の最後の日曜日、俺たちはもはや恒例となったテスト勉強会をおこなっていた。赤根のやつも集中しているとは言い難く、ストローの袋に水を垂らして「イモムシ」と心底つまらなそうに言いながら遊んでいる。


「だから、こんなファストフード店は嫌だったんだよ」

 俺は思わず愚痴を溢してしまう。周りもうるさく、本当は別の場所が良かったのだが、学校の図書室は日曜は開いていないし、市の図書館は混んでいて三人で座れる場所がなかった。ちなみに、テスト前ということで赤根の家の手伝いは休みということらしい。


「何を言っているのかね相田君。この環境でこそ集中力が養われるのだよ」と低く渋い声を出す芦原。

「そーゆーことは集中してから言ってくれ」

「そうだよー。集中しなよバカシ~」

「お前もなっ!?」と、今度はふやけたストローの袋を指でつつく赤根に言う。


「はいはい。じゃあメリハリをつけましょう。というわけでまず休~憩~」

「賛~成~」

 と勝手に休みだす馬鹿二人。ああそうかい勝手にしろ。


「ところでこのあいだウチの店でしてた話だけどさ、沙織さん、観客集めの話はしてなかったね」

「まあ、さすがに初めての演出に加えてそこまでは負担がデカいと思ったんじゃねーの?」

 夏公演の話を始めた二人に「何の話?」と割って入る。


「えっとね、夏公って夏休み中にするでしょ? それで、知り合いの生徒があまり見に来てくれないから、何もしないとお客さんが少ないんだよ」

「それは、知り合いの生徒以外にも宣伝も必要ということ?」

「まあそういうこと」と赤根は頷く。

「そうは言っても、宣伝ってのはそもそも制作・宣伝美術担当の草加部くさかべの仕事ではあるし――そうだよ草加部も呼ぼうぜ」

 そう言うなり芦原は携帯で電話をかけ始めた。「え、アイリちゃん呼ぶの!? 今ここに!?」という赤根の呼びかけもどこ吹く風。


 そして二十分後、何度か公演当日の手伝いのときだけ出会ったことのある女生徒がやって来た。


「激レア演劇部員草加部愛梨くさかべあいり! お呼びと聞いて罷り越して候!!」


 ……目の前の、自らを「演劇部員」と称した女子は、なぜだか歌舞伎の見得のようなポーズをとっている。周りの視線が、正直気になる。恥ずかしいという意味で。


「さて、十分勉強したし今日は解散かな」

「うん。私もそれでいいと思う」

「ちょちょちょ! マコっ君、エミちゃん、呼び出しといてそりゃあないでしょー!」


 ……「マコっ君」なんて呼ばれたのは初めてだよ。あと呼び出したのはそこのバカシだ。



     *  *  *



 脱線しまくった草加部さんの自己紹介を簡単にまとめる。

 一応は、彼女もれっきとした演劇部員であるらしい。ただし美術部との兼部で、演劇部では裏方専任で舞台に立った経験はなし。ポスターの作製や書き割りと呼ばれる背景など、要は絵を描く仕事を主に任されている。

 学年は俺たちと同じ二年生で、驚いたことにカズ君こと芦原とは幼馴染の関係なのだとか。


「アイリが入部したきっかけは、去年の新人公演でカズ君の勇士を見たことです!」

「うるせえ黙れ、俺はあのときの記憶は抹消してんだよ。つーか、その一人称止めろ。気持ち悪い」

「そりゃわた――アイリだって、好きでこんな一人称を使ってるわけじゃないし」

「理由なんか知らん。とにかく止めろ!」


 なるほど確かに二人は仲がいい……少なくとも気が置けない関係ではあるらしい。

 草加部さんは唇を尖らせると、俺の方を向いてこう尋ねてきた。


「じゃあマコっ君、私の名前は?」

「え? 草加部さん、でしょ……?」

「ほら、そうやって苗字で呼ぶ! 劇部の人たちが名前で呼び合ってるのいいなーって思うのに、わた――アイリのことは名前で呼んでくれないんだもの」

「え、何? ワタイリさん?」

「チガーウ!」

 なにやら下の名前で読んで欲しいがために、アイリという一人称を使っているのだとか。なるほど意味わからん。


「特にカズ君はそう呼んでくれないんだよね。ねえマコっ君、君からもカズ君に頼んでくれないかな?」

「よし分かった。カズ君、どーでもいいから本題入ろうぜ」

「オッケー分かった! でもカズ君呼びは止めてくれ!」



 気を取り直し、芦原に草加部さんを呼んだ理由を尋ねてみると「宣伝のためには、早いとこポスターを作るべきだろ?」と返される。

 去年の夏公演も夏休みの最中に行い。やはり観客は少なかったらしい。それでも、地域への呼び掛けも行い、ある程度の集客はあったのだとか。

 その地域への呼び掛けというのが、図書館や公民館などにポスターを張って貰ったり、駅前でフライヤーを配ったりしたことらしい。


「前の話し合いじゃ部長は何も言わなかったし、もしかしたら先輩たちでしてくれるのかも分からないけどさ、安心して引退して貰おうってんなら俺たちでも頑張ろうぜ」

 芦原は笑ってそう言った。赤根も珍しく芦原の言葉に素直に頷いている。

 俺ですら先輩たちに対する思い入れは強いのだ。まして去年から先輩たちと劇を作ってきた、芦原や赤根はより思うところがあるのだろう。


「そうだな、キチンと先輩たちを追っ払おう」

「オッケー! じゃあアイリは早めにポスターを仕上げれば良いわけね? テスト明けの……そうだなぁ、合宿のときには草案を幾つか持っていけるようにするよ」

「ありがと、ワタイリさん」

「嫌だねぇ、当たり前のことをするのにお礼なんざぁイリマセンヨ! つーかまた『ワタイリ』言わなかった……? まあとにかく、今は目の前のテスト勉強頑張りましょってことで!」


 和やかな空気がカチーンと固まる。主に固めたのは芦原と赤根。唐突に現実テストに引き戻されたからであろう。

 そんな二人を見て、草加部さんが問いかけてくる。


「ところでマコっ君、このまえ先輩が劇部の二年を総称して何て呼んでたか知ってる?」

「え? アアア三人組、とか?」

 いつかの会議でそう呼ばれたのを思い出しながら言ったのだが……。


「ブブー、残念。それじゃイリが抜けてるでしょが。正解は『ア×4ア・フォー』だって。酷くない? アホだよ? 何が酷いって、先輩にそう呼ばせるこの二人が酷いと思わない?」

 これまでの振る舞いを思い返しつつ「草加部さん自身は違うと言うのだろうか……?」と思っていると、顔に出ていたのだろう「私、これでも成績はいいから」と彼女は俺の肩を叩く。


「だってアイリ、学年一位だよ」

「マジで!?」

「や、正確には一位を取ったのは去年の話なんだけど……」

 俺の相当な食いつきにやや引き気味で答える草加部さん――いやワタイリさん――いや、

「愛梨様、お願いがあります!」

「だからワタイリじゃなくて――えっ、アイリサマ!?」

 戸惑う彼女にグイと顔を近づけ、俺は更に畳みかける。


「芦原だけでも、テスト勉強の面倒を見てやって頂けませんか!?」

「え、それくらいいいけど……?」

 あっさりと承諾してくれた、おお女神よ!

 その横で俺に対して「キ゛サ゛マ゛ア゛ァ゛ー!」と濁点交じりの怨嗟の声を上げる芦原は当然無視だよ無視。負担が減ってアイムハッピー。まともに勉強しないお前が悪い。



「……なんか誠くんも、劇部っぽいノリになって来たよね」と呟いた赤根の台詞にゾッとした。



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