第27話 段ボール中模索


 そもそも演出とはなにか?

 辞書的に説明するのなら、まず第一の仕事は脚本やシナリオを基として、表現したい意図やテーマを設定すること。そして、それを達成するために役者の演技や音響や照明、その他裏方を統括することであるらしい。


 そんなものに、俺は抜擢されてしまった。それも、先輩の引退公演という大切な公演の演出だ。いや、演劇というものは一回の公演にかなり手間がかかるため、大切じゃない公演なんてないのだろうが……。


 少し、経緯を振り返りたい。

 新人公演を終えた俺たち演劇部は、さっそく次の公演である夏公に向けての準備を始めた。といっても、本格的な稽古の開始は定期テストが終わってからを予定していて、今は台本の回し読みや役職などを決めようという程度のものだった。

 けれど早速、暗礁に乗り上げたのである。


 演出が決まらなかったのだ。


 演出が決まらないとはどういう状態か。例えるのなら、クラス替えのあとの最初のホームルームで学級委員が決まらない状態に近い。演出が決まらないと他のことも全て決まらない。学級委員が決まる前に図書委員から決めるようなことは、ほとんどないだろう。なにせ会議の舵を取る人が居ないのだから。


 とはいえ、これらの流れも下級生に演出を任せたいという先輩たちの陰謀でもあったのだが……。


 とにかくそんなこんなで、演劇に触れて半年も経っていない俺が演出を務める羽目になってしまった。

 まあ、外部の劇団に客演として出演した経験もある沙織部長には「私も『高校生なんかに演出はできっこない』って言われることが多いからそんなに気負わずにね」と言われているし、気楽にやるべきなのだろうが……。



     *  *  *



「つうか、台本を読み込めって言ったって、どう読み込めばいいんだよ……!?」


 俺は今、家の一室、未開封の段ボールが山積みの半ば物置と化した部屋にいる。

 段ボールが上手い具合に机代わりになるのだ、これが。あと四方を段ボールに囲まれていると、妙に落ち着く。ついでにトントントンと段ボールをペンで叩くと、思いの外いい音がして――じゃなくて! まずい、思考が現実逃避をしている。


 一つ息を吐き、赤根が書いた台本「ゴーストヒーロー」に改めて目をやる。

 アイツが一から脚本を務めたらしい話としては、新入生歓迎公演の「キツネツキ」しか知らないが、文学的側面が強かったそれに比べるとなかなかエンターテインメントに寄った物語のように感じる。


 何となく読み返していても、一向に表現したいテーマなんか浮かばないし、まずは話の構造をシンプルに抜き出してみることにした。

 まず第三者的視点から「どんな世界が」「どんな出来事で」「どう変わった」のかまとめることにして、ルーズリーフの上でペンを走らせる。


◆どんな世界が?

 ――殺人鬼の幽霊がいる世界が、

◆どんな出来事で?

 ――その幽霊に殺された主人公の復讐で、

◆どう変わったか?

 ――殺人鬼幽霊が消えて平和な世の中になった。


 ……なるほど。ここだけ抜き出すと、なんかアレだな。中二だな。うむ。


 さて、次は視点を変えてみることにする。マクロな部分に着目したら、ミクロな部分も考えるべきだろうから。

 そんなわけで主人公の青年の立場から、この事件に「どうして」「どのように」関わったのか、そして「どう変わった」のかをまとめてみる。


主人公の青年は:

◆どうして関わった?

 ――殺されて幽霊になってしまったから、

◆どのように関わった?

 ――成仏できない未練を復讐心からと仮定し、殺人鬼幽霊に復讐をすることで、

◆どう変わった?

 ――本当の未練は、殺される直前の友人との喧嘩にあったと気づいた。


 ここだけ書き出してもわかりづらいが、世界の変化に比べると、主人公の変化の方がドラマがあるように思う。

 この主人公の気づきは「普段過ごす日常はかけがえのないものである」ということを表せそうだ。

 これがキチンと伝わる劇にしたい。


 ああ、そうか。これが表現したい意図やテーマを決めるということなのか。


 ならばそのために、観客の方には客観的視点よりも、可能な限り主人公と同じ視点で観てもらえるようにしたい。言い換えれば、主人公に感情移入できるようにしたい。

 その方向で劇をまとめることが俺の仕事ということだろう。たぶん。

 ひとまずそう仮定し、主人公の視点からの分析がうまく行ったことから、他の登場人物にも同じ手法で分析してみることにする。

 そう決めて、既にヨロっとし始めた台本を再び捲り始めた。



     *  *  *



 次の夏公演に向けた話し合いは、一部のメンバーのみで行われることとなった。


 もうじき梅雨も明ける七月上旬。

 期末試験も間近に迫り、新人公演以降は基礎練期間となっていた部活動も、演劇部は他の部活に先駆けてテスト前休みに入った。

 まだ梅雨が明けていないことが信じられないほどに快晴の空。太陽がアスファルトに照りつけている。


「なんでこんなクソ暑いのに、外出なきゃいけないんスか。それもわざわざ日曜に……!」

 一行いっこうの一番後ろをとぼとぼと歩きながら、呻き声を上げるのは音響担当の芦原だ。


「おいおーい。まだまだ夏はこれからだよ? まったく今時の若いもんは!」とは一番先頭をきびきびと歩きながら答えるのは、俺や芦原よりも一歳も若くない沙織部長。

 その後を、初の照明担当の羽里ちゃんと演出の補佐を任せられた宮子ちゃんが歩いている。で、芦原を半ば引きずるようにして俺が続く。


 俺のことも含め下級生は演出上重要な面子だ。そして自らのことをスペシャルアドバイザーなどと言う沙織部長に引き連れられている。

 なんでも話し合いは先輩オススメの喫茶店で行うらしい。そのために、わざわざ学校の最寄りからも少し離れた駅で待ち合わせをしていた。


「話し合いなんて、学校でもそこらのファミレスでもいいじゃないですか? なんでわざわざこんなところに……」

 いまだに芦原は文句を言う。正直、その気持ちもわかる。通り過ぎてゆく幾つものファミレス、そのどれかに入ってしまえばこの暑さから解放されるというのに。


「その喫茶店って、どんなお店なんですか?」

 と宮子ちゃんが問いかける。それに続けて羽里ちゃんが「私、喫茶店ってタバコ臭いイメージがあって苦手なんですけどぉ……」と言う。


「ああ、それなら大丈夫。そのお店は完全禁煙だから」

「そうなんですか。時代の流れって感じですかね?」

「確かに最近禁煙への流れがあるけど、そのお店は結構前からそうらしいよ。それについてはちょっと面白い話があってね」

 なんでも先輩曰く、そのお店の珍しいところは、お客さんの方から禁煙にしようという働きかけがあったことらしい。それもタバコを吸わない人からというわけでもなく、喫煙者を含めた全体から、なんだとか。


「どうしてそんなことになったのかというと、店長さんには娘さんがいて、その子がしばしばお店にも顔を出してたんだけど、しょっちゅうケホケホ咳をしてたんだって。タバコの煙で」

 ああ分かる、と頷いていた俺たちを沙織先輩は一瞥すると『お客様に失礼だ!』と大声を上げた。ビクッとする俺たちをケラケラと笑って先輩は続けた。


「――って、店長は娘さんを怒鳴ったんだって。『タバコを吸う人が気持ちよく吸えないだろう』と。ところがどっこい、あまりの剣幕に娘さんがかわいそうになった客の方から『もう吸いません。禁煙にしましょう』となったそうな」

 そして結局禁煙となり、家族連れの方など新しい客層も獲得し、前より繁盛したのだとか。

 その芝居がかった話し方だとか、色々と突っ込みを入れたいところではあるのだが「なんでそんなに詳しいんですか?」と尋ねてみたところ、去年の文化祭公演のあと長々と話したらしい。


 芦原が「去年の文化祭……?」と呟いたあと、その問いを口にした。


「今さらなんですけど、そのお店なんて名前なんですか?」

「気になる? レッドルートってお店だよ」


 レッドルート? 赤い、道……だろうか?






「来ちゃった!」

 まるで突然家を訪ねた彼女のような口ぶりの沙織部長。その前方には、


「ご、五名様で、す……か?」


 そのたった一言を口に出すだけで、精も根も尽き果てたと言わんばかりの、赤根絵美の姿があった。なんとか笑顔を作ろうとする頬がピクピクと痙攣している。

 その身にまとう紅色のエプロンには「喫茶店 ~RED ROOT~」と印字されていた。……赤い根、か。なるほど。



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