第25話 雨上がり、日だまりの影
未だ公演の興奮が冷めやらぬ中、俺は新庄さんに連れられて、公演を行っていた講義室の一つ上の階の廊下に居た。
後説のあとで客席に出ていくと、彼女に少し外で話せないかと聞かれ、沙織部長の許可を得てからここへやって来たのだった。
目の前には、壁に寄りかかりながら外を眺める新庄さんの姿がある。
ちゃんと返事を、演劇部を辞めるつもりはないと、告げないとな。
「あのさ、新庄さん――」
「ああ大丈夫。さすがにそれくらいは分かってる」
話しかけたところで遮られた。まだ何も言ってないのだが……。
「そりゃね? あんな劇見せられたら、もうウチの部に入ってなんて言えないよ」となおも続ける彼女に対し「うん。俺、劇部を辞める気はないよ」ときちんと告げた。
「……はぁ。大丈夫って言ってるのにわざわざ死体蹴りするかね、フツー」
「そこはほら、この間の試合みたいに2-0から巻き返されることもあるかも知れないし?」
「巻き返したところで勝てないよって喩えだよねソレ!」と明るく突っ込まれたので、俺も「そーとも言う」と軽く返す。
そうして二人で笑いあったあと「ま、あんまり長いこと引き留めてると演劇部の方に迷惑かけるだろうから、ウチはもう行くね」と彼女は俺に背を向けた。
「あ、そうそう一つ忘れてた。相田君に伝言があったんだった」
けれど彼女は唐突に振り返る。
「伝言?」
「そ。硬式テニス部の金沢先輩から」
球技大会で戦った先輩だ。あまり良い印象はないのだけれど……。
「伝言の内容は『お前の言う通り、コートは綺麗な方がいいな』だってさ。なにやら最近は、コート整備ちゃんとやってるみたい。それだけ。じゃ、またね」
彼女は手をひらひらと振りながら、今度こそ帰って行った。
そっか。あの汚かったコートもちゃんと整備するようになったのか、そのきっかけの一つになったのなら、あの試合に出たことも無駄じゃなかったな。
* * *
講義室に戻ろうと階段を降っていると、踊り場のところに赤根の姿があった。
「こんなところで何やってんの?」と声をかける。
「とりあえず『おかえり』って一番に言いに来た、的な?」
「ただいま――って」
――言えばいいのか? と言いかけたところで「ちょっと待って! おかえりの前にただいま言わない!」と止められる。
「人の話は最後まで聞けよ! 相っ変わらず猪だな。今回の件だってそうだろ。俺は別に辞める気なんてサラサラなかったつうのにさあ、勝手に迷走しやがって……!」
「や、その……それについてはゴメンですよ」
とても反省していなさそうなイントネーションでゴメンと返される。具体的には某のり佃煮の商品名のよう。
「まあそんなわけで――おかえり!」
「ん、ただいま。別にどっか行ってたつもりはないけどな」
「そこはまあ、ニュアンス的な感じで!」
「どっかの誰かが勝手に勘違いしたってニュアンス?」
「しつこい!」
と切り捨てられた。言い出しっぺはお前だろうに。
「さて誠くん、五秒ぐらい目を瞑りなさい」
「え、嫌だけど……?」
唐突に何を言い出すのかコイツは。
「まあ、その答えも想定内――隙あり目潰しィィ!」
眼前に赤根の指が迫ってくる。思わず目を瞑ってしまうとと、その直後、腰のあたりに軽い衝撃があった。
見れば、赤根は俺に抱きついていた。
「お、おい……赤根?」
「……お詫びだから」
「ハイ?」
こいつは俺の胸に顔を埋めながら続けた。
「私のアドリブのせいで宮子ちゃんにハグして貰えなかったでしょ? そのお詫び」
「いや、もともとハグまでは――ごふっ!」
コイツ、そのまま胸に頭突きをしてきやがった――!
赤根はそのまま離れて行くと、指をビシと突き立てる。
「私はトイレって言って出てきたから、誠くんはもう少ししてから戻ってくるように! 以上!」
そう一方的に言い切ると、階段を一段飛ばしで駆け下りて行く赤根。
別にその言葉に従う義理はなかったが、ひとまず階段に腰かけた。俺の状態的に、今すぐには帰れない。
――俺は別に辞める気なんてサラサラなかったつうのにさあ、勝手に迷走しやがって……!
つい先ほどの自分の言葉。
今まで半信半疑だったのだけれど……やっぱりあいつ、俺のせいでスランプになったことを否定しなかったよな?
踊り場に取り付けられた窓。そこから差し込む日差しによって、影がポトリと目の前に落ちている。
俺の影の、その腕の先。まるで影まで何色かに染まっているかのように、手が口元を覆っていた。
しばらくの後、俺はようやっと戻って行った。仲間の居る演劇部の元へと。
第二章 新人公演編
―― 完 ――
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