第21話 実況 ゲキテキ ソフト庭球


「さあさあさあさあ! よってらっしゃい、みてらっしゃい! 球技大会ソフトテニス部門、エキシビジョンマアアァァ――ッチ! 急遽実況を務めることになりましたのは、放送部の橋本でございます! 解説席には、ソフトテニス部部長鴨川さん! ……と、なぜか演劇部部長の上根さんです」

「ちょっとハッシー! なんで私の紹介でテンションを下げるわけ!? この実況解説の言い出しっぺは私でしょう!?」

「それが分からないんだっつーの! 何で劇部がこんなこと言い出すのよ!?」

「そりゃもちろん面白いかなって! まあ宣伝目的もあるけどねっ!」

「ほうほう? 宣伝目的と言いますと?」

「ほらテレビでもよくあるじゃない? バラエティ番組とかに、公開間際の映画のキャストが出演して映画の宣伝をする、とか。――つまり我が演劇部も来月の中旬に新人公演を行います! ぜひ見に来てね! そこに居る相田選手も劇に出ますよ~!」

「お、その相田選手ですが、私の記憶違いでなければ、先ほど上根さんと一緒に三人四脚に出場していませんでしたか?」

「さすがハッシーよく見てるねー」

「いやいやいやいや、あんだけ目立つことしてたらそりゃ見るでしょ! なんでアンタらは三人四脚で騎馬戦みたいな組み方してるのさ!」

「ルールには『足を結ぶこと』としか書いてなかったからねぇ。つまり『足首と太ももを繋いで、真ん中の人を持ち上げてはいけない』なんてルールはなかった……!」

「キメ顔で馬鹿なこと言わないでくださーい」

「あ、さっき私らが持ち上げてた、かわいい女の子も新人公演に出るのでよろしく~!」

「宣伝くどいでーす! 以上、演劇部部長の上根さんの台本に従ってお送りいたしました」

「ちょっ、なんでばらすのサ!?」

「これからは真面目にお送りしていきまーす」

「今までだって真面目だったでしょ!?」


 割れるようにズキズキとした痛みが頭を走る……。なんだ、アレ……? 何やってんすか部長……。

 新庄さんも横で「凄いな、ウチの部長が何も言えずに挟まれてるよ……」と呟いていた。



     *  *  *



 ついに迎えた体育祭&球技大会当日。俺は沙織部長の手によって三人四脚もどきと化した種目をなんとかこなした後、テニスコートでウォーミングアップを行っている。

 体育の授業でやるような準備体操に加えて、股関節と手首や腕を重点的にストレッチ。加えて腿上げ等の動的な動きを行い試合に備える。……緊張だろうか、体がとても重く感じる。


「なんかやたら熱心な奴がいるな~と思ったら君かよ」

「……どうも」

 苦々しげに話しかけて来たのは、今日の対戦相手の男子の方。その人はあの硬式テニス部の、ちょうど体験練習の日にグタグタの試合をした先輩だった。名前は金沢かなざわ先輩と言うのだと最近知った。


「ま、今日はお手柔らかに頼むわ~」

「……こっちは全力で行くつもりなんで、ちゃんと試合にしてくださいね」

「ハハ出た、真面目ちゃん」

 先輩はそう言って、審判台の向こうのベンチに戻って行った。それを見届けると、新庄さんが寄ってきた。


「なんかいけ好かない人だね。チャラチャラしてさぁ……。で、立ち上がりの作戦としてはあの人を狙うんでいいの?」

「うん。向こうも前衛みたいだけど、たぶん硬式屋さんだからネットから少し離れたポジショニングをすると思うんだ。しかもボレーもきっと硬式打ち」

「でもそれじゃ、この柔らかいボールは中々飛ばないよね。オッケー、それで行こう!」

 そして俺たちは手を一つ打ち合わせ、コートの中へと向かって行った。



     *  *  *



 試合は三ゲーム先取の五ゲームマッチ。

 立ち上がりこちらがあっさり二ゲームを連取した。けれど、正直気分が非常によくない。作戦通りに前衛を攻め立てたところ、徐々にあの先輩は「やる気がないですよー」と言わんばかりのプレーが多くなっていったのだ。

 そして、相手サーブの三ゲーム目が始まる。このゲームを取ったら勝利だ。あっけない。


「さて、いささか一方的な展開になっていますが、これをどう見ますか、解説の鴨川さん?」

「やはり新庄・相田ペアが敵チームの弱点をよく突いていると言えますね」

「と言いますと?」

「軟式に慣れていない、前衛の金沢選手を上手く攻めていますね。足元にボールを沈めたり、ボディを狙ったショットを多用しているように見えます」

「そこにボールを打たれると難しいものなのでしょうか?」

「そうですね、かなり難しいコースです。加えて金沢選手は本業が硬式であるため、低反発のボールにも苦戦しているようです」


 そうこうしているうちに、二ポイントを獲得した。勝利まであと二ポイント。次は、金沢先輩のサーブの順番だ。


「てゆーかさぁ、金沢だっけ? アイツのプレーはなんなわけ? クソダサいんだけど」

 歯に衣着せぬ物言いで言い切ったのは沙織部長。サーブを打つ前のルーティーンとしてボールをついていた金沢先輩の手が、ピタリと止まる。


「負けた時の言い訳用に『全然本気じゃなかったんですよ~』ってプレーをしたいんだろうけどさ。それ、全力でやって負けるよりもカッコ悪いから! おーい聞いてんのかー! カナザワー!」

「どうどうどうどう、上根さん。あのですね、解説は公平にお願いしますよ」

「はあ? 何言ってんのハッシー。私はとっても公平でしょうよ。だって私が応援してるのは誠君なのに、敵側の選手にも発破を掛けてるんだよ? これを公平と言わずになんという。ほら気張れー、カナザ――」


 そのとき、強烈なサーブが飛んできた。レシーブをする新庄さんが一歩も動けないほどのフラットサーブ。


「言いたい放題言ってんじゃねーぞ、変人ども」

 サーブ&ボレーの為にネットダッシュをしていた金沢先輩が吠えている。


 ……なるほど、これは面白くなってきた。



     *  *  *



「凄い試合になって参りました! 一方的な展開になるかと思われた試合ですが、なんと勝利まであと一歩だった新庄・相田ペアが二ゲーム連続で落とし、ファイナルゲームを迎えることになりました。鴨川さん、解説をお願いします!」

「金沢選手のプレーに翻弄されていますね。硬式仕込みの多彩なサーブ。軟式ではあまり見ない、強力なトップスピンをかけたフォアハンド、そして反対にスライス回転をかけたバックハンド。これらに新庄・相田ペアは対応しきれずにボールが浮きがちになっています。そして金沢選手のボレーも、打点がネットより上になれば、硬式的な打ち方でも問題なく入るようです」

「――なるほど! 分かりません!」

「要は金沢が頑張ってるってことでしょう? ほーら誠君、倒しがいがあるぞ、頑張れー!」

「だから上根さん、解説はフェアにお願いしますってば!」




 ゲームカウントが二ゲームオールとなり、硬式で言うところのタイブレークに当たるファイナルゲームに突入する。

 一分間の休憩を利用して、ベンチにどっかりと座りながら、新庄さんとの作戦の立て直しを行う。


「やばいかも、完全に流れはアッチっしょ」と弱音を溢す新庄さんに「いや、そうでもないよ」と返す。


「確かに金沢先輩のプレースタイルは厄介だけど、ダブルス慣れはしてなさそうだから、結局は自分の所に来たボールしか打てないよ」

「そういえば、ネット際でボールを追いかけるようなプレーはないね……」

「そう。だからじっくり後衛側に打っておけば金沢先輩はそこまで怖くない」

 硬式テニスは基本的にシングルスでの試合がメインのはずだ。それに対してソフトテニスは、よほどの上級者以外は、ダブルスでしか試合がない。いわばダブルスのエキスパートだ。ダブルスでの展開の組み立て方は、こちらに一日の長がある。


「だから、新庄さんが相手後衛にしっかり繋いでくれれば、後は俺が決めるよ」

「私が繋いで相田君が点を取る――二人で一本、てことだね」

「そういうこと。よし、落ち着いて勝ちに行こう!」




 こうして最終ゲームが始まった。

 俺にとって、ソフトテニスの醍醐味は、相手後衛との駆け引きだ。相手の選択するだろうボールを読み、それを封じポイントを奪い取る。イメージとしては、野球のバッターが配球を読んでバッティングすることに近いかもしれない。

 そしてこの土壇場において、一度防がれた選択を続けられる人は少ない。前の打席でホームランを打たれた打者に対し、同じ球種を投げることができない投手のように。少なくともこの相手後衛は、一度防がれたボールを続けるメンタルは持っていなかった。


 自分が集中できていることを感じる。縦横無尽にコートを駆けてポイントを奪い取る。徐々に相手後衛の打てるコースが減っていく。


 そして迎えたマッチポイント。あと一ポイントでこちらの勝利。もはや相手に打てるボールはない。苦し紛れに上がった山なりのロブショット。


 ――浅い!


 そう判断した俺は、そのボールを追いかけてスマッシュを打つ。ボールの行方を見届けると、それは金沢先輩の足元を通り過ぎ、ワンバウンドでコート後方のフェンスへとたどり着いた。


 ――勝ったと思ったときには、新庄さんが飛びついて来ており、沙織部長が「ハグだ~!!」と声を上げていた……ような気がする。

 というのも、それを見届けた瞬間、俺は、張り詰めたものがプツンと切れたように、倒れた、らしい……。


 最後に薄っすらと「誠くん!」と駆けてくる雰囲気を感じた。おいおい……テニスシューズも履かないで、コートに入ってくるんじゃねえよ……。



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