第20話 ……過ぎる日々は駿馬のごとく
物事が進展しなくなったとき、発想の転換によって上手くいくことがある。
例の合同練習の翌日から、宮子ちゃんからの提案によって昼休みに三人四脚の練習を行うようになった。
相変わらずぎこちない走りだったのを変えたのは、沙織部長のアイデアだ。
「最初は接していないのに時々触れちゃうから、どうしても意識しちゃんだよ! つまりね、最初からベタッとくっつけちゃえばいいんだ!」
そう言って、沙織部長は並び方の変更を行った。つまり今までは、三人の中央には沙織部長を配置していたところを、俺を真ん中にするように変えたのだ。「これで駄目だったら、誠君に女装して貰うしかないなー」との言葉を添えて……。
結果としては、上手くいった。もちろんまだぎこちなさは残る。ただ途中で転んだり停止してしまったりすることなく、走り通せるようになっただけだ。
それでも、俺たちにとっては大きな進歩であり「やったー!」と皆でハイタッチをして喜びを分かち合った。
とはいえ宮子ちゃんに「本当に大丈夫?」と確認も取る。無理をさせていたのなら悪いから。
けれど宮子ちゃんは、特に気負う様子もなく微笑んで「大丈夫です」と口にした。けれどホッとしていると、さらに「なんというか、負けてられませんから」とどこか不穏な言葉が付け加えられた。
「負けてられないって誰に?」
「えっと……いや、あの……テニス部の練習を見てて思ったんですけど、試合中って意外とボディタッチ多いですよね?」
その日にやった練習を思い返す。多分、宮子ちゃんが言っているのはゲーム形式の練習のことだろう。
「まあ、確かにハイタッチとかは多いかもなぁ」
ソフトテニスの試合は基本的にダブルスで行われるため、試合の最中でもペアで話し合うことが多い。そして大体はプレーに戻る前に、一度軽く手をペチと合わせたりする。
「あとは、随分と顔を近づけて話すんだなぁ、とも思いまして」
「そりゃあ、作戦とかが相手に聞こえるとまずいから、自然と顔を近づけて話すことにはなるよね」
諭すように話しかけるも、宮子ちゃんは口を尖らせて「それぐらいは分かりますよ」と答える。
宮子ちゃんの言うことが分かりかねて、半ば助けを求めるようなつもりで沙織部長の方を窺うと、こっちはこっちで顎に手を当てながら「いや、行けるか……? いや、むむむ……」なんて呟いている。
「あの、沙織部長?」
「え、何どうしたの? パンがないならお米食べろ?」
「いや、意味が分からないです……」
「ん? 昼休みに練習してるとお腹すくよね~、という話ではなく?」
「ではないです。ちなみに俺は早弁してきました」
「それはそれで練習中にお腹が痛くなりそうなんだよなぁ」
そんな馬鹿な会話を続けていると、折よくもうすぐ昼休みが終わることを告げるチャイムが響き、解散する運びとなった。
* * *
色々な事が行き詰まっていたとき、一つのことが上手く行くと、他の事もするすると上手く行くことがある。
今回の場合、三人四脚に対しての演劇がそれだった。
沙織部長の厳しい指導の下、メキメキと演技が上手くなっていった新入部員たちだったが、それに比して、宮子ちゃんと雅彦君でシーンを作るときのぎこちなさが際立つようになっていた。要は、宮子ちゃんが雅彦君に対して少しおぼつかない演技をしてしまっていたということ。
けれど、三人四脚の方が改善されると、劇の方も不思議と徐々に良くなっていったのだ。
もちろん、ソフトテニスのことも忘れていない。日曜は終日ソフトテニス部の練習に参加したし、朝には新庄さんと自主練を始めた。ブランクを言い訳に迷惑をかけたくはない。
他にも、夜に一人でできる自主練程度はやるようにした。具体的には走り込みと素振り、そしてサーブのトスアップの確認ぐらいだが。
……色々なことが上手く回り始めた。問題はない。
「ねえ誠くん、大丈夫? 疲れた顔、してるけど……」
週末に体育祭を控えた日の朝、ソフトテニスの自主練を終え教室に戻ると、赤根に話しかけられた。
――さて、俺は何と答えたのだったか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます