第19話 勇往邁進ソフテニガール!?
唐突だが、沙織部長をトップに据える演劇部のフットワークの軽さは、驚異的なものがあると思う。
俺はなぜかラケットを片手に「ファイトファイト~!」や「ナイスボール!」や「ドンマーイ!」といった(高いキーの)掛け声が響くテニスコートの中に居る。
そしてもっと不思議なのが、テニスコートの外では女子ソフトテニス部の一年生に混じって、演劇部の面々が、筋トレなどの基礎トレーニングをやっているということだ。
「オラー、声出せー! コートの中にいる連中に負けるなー!」と沙織部長が吠えている。凄いな……全体的に演劇部の方が練習を引っ張っている感じだ。
「演劇部は体育会系文化部だって聞いたことあったけど、実際凄いね。ウチの一年の方が音をあげてるよ」
同じことを考えていたのか、横からそう言ってきたのは、ある意味で今回の件の元凶であるソフトテニス部でクラスメイトの
「どしたの? 乱打、次は相田君の番だよ?」
「うん、ありがと……」
短く答えてボールを受け取り、コートの向こうに居る人に「よろしくお願いします」と声をかけ、ラケットでボールを打ち出した。
* * *
時系列順に説明をしていこうと思う。
まず事の発端は教室で、クラスメイトの
最初に断っておくと、彼女は正真正銘の女子で、俺は紛うことなき男子だ。うん、当たり前。
「ミックスダブルスの試合なんて、国際大会でもないとないでしょ?」
「え、そりゃそうだよ。……ああ、そうじゃなくてね、私が言ってるのは球技大会のエキシビジョンに出て欲しいの」
体育祭と並行して行われる球技大会。で、エキシビジョンって、勝ち負けに関係なく行われるショウみたいなやつだよな?
「そうそう。大会を盛り上げるために、部として何かしたいって話になって、じゃあミックスダブルスでもしようかって決まったの。だけどさ、よくよく考えたら男子どうしよう――って感じだったの! 困るでしょ!? 困るよね!?」
「お、おう……」
「今のは了解の返事!?」
「違う違う! ちょっと待って!」
誰かさんを彷彿とさせる強引さの彼女に対し、その場はどうにか「やるからにはある程度は練習したい。でもそうなると演劇部の人たちに迷惑をかけるかもしれないから、こっちの部長にも相談したい」と言ってやり過ごした。やり過ごしたのだが……。
「何それ面白そう!!」
と二つ返事で、沙織部長には了承されてしまい。それどころか「ソフトテニス部の部長はクラスの友達だから!」とか言い出したあげく、その人に連絡を取り始め、あれよあれよと演劇部とソフトテニス部の合同練習が決まってしまったのだ。
合同練習と言っても、俺がソフトテニス部の練習に参加して、他の部員は向こうの一年生達と一緒に筋トレ等をするだけだったけれども。何だか少し、演劇部の人たちに申し訳ない。
* * *
部活終了後、駅までの帰り道、俺は新庄さんにつかまっていた。
「おいおーい相田君、凄く上手かったじゃん」
「……そうでもないですよ」
「なにそれ謙遜? 多分、一番手の前衛より上手かったよ?」
前衛とは、ダブルスにおいてネットプレーを主とするポジション。対する彼女は、ベースライン付近でのストロークをメインとする後衛だった。基本的に、ペアは前衛と後衛で組むので、ちょうどいいと言えば確かにそうではあるのだが。
「そんなことないですよ」
「うーわー、なんかハラタツノリー。つーか敬語やめてよー」
横を歩いている芦原に、助けてと目線で送ったが「無理、疲れた」と小声で返される。その向こうを歩く赤根は、珍しいことにイヤホンなんかを耳にしていて、こちらの様子を気にも留めていない。
「おーいバカシ君、サボり過ぎてるから君はそんなにクタクタなんだよ」と後ろから沙織部長から声がかかる。
「あ、部長さん。今日は相田君をお貸しいただきありがとうございました」
新庄さんが、沙織部長に丁寧に頭を下げる。
「いいよいいよ、こっちも勉強になったし。取り入れたいなって思う筋トレも多かったよ」
「それはよかったです。あの、それとですね……球技大会までに、もう一週間ちょいしかないですけど、演劇部の方で練習がない日ってありますか?」
「今週の日曜は休みの予定だけど……?」
「できればもう少し相田君と練習がしたくて。あ、もちろん相田君が良ければですけど」
新庄さんがそう言うと、周りの視線が俺の方に集まる。
正直あまり気が進まず「えっと……」と言い淀んでいると、横から芦原が「なんでたかだか球技大会の出し物の為に、そこまでしないといけないの?」と助け船を出してくれた。
けれど新庄さんは、どこかとげのある芦原の物言いに怯むこともなく「それは、チャンスだからです」と、とても真剣な顔をして返すのだった。
「今、三番手の後衛が怪我をしてるんです。それで、三組まで出れる団体戦の枠が一つ空いてて、アピールに繋がることならなんだってしたいんです。このエキシビジョンだって、本当は一・二番手の人が出る予定だったのを、無理を言って出させて貰ってて」
もちろん今回のことだけで代表が決まるとは思えない、それでも全力を尽くしたいのだと、彼女は言った。
思いのほか真面目な返答に、場が静まった。
「あーあ、こりゃ仕方ないね。誠くんは意外と熱血だから」
沈黙を破ってクツクツと笑うのは、赤根のやつだった。
その言葉に苦笑いしながら、俺は新庄さんに一つ頷きを返した。
「分かった。やるからには全力でやろう。できる限りの手伝いはするよ。いいですよね、沙織部長?」
「ま、イイでしょう。うん、一つ面白いアイデアも浮かんだし、誠君には活躍してもらわないとね」との返事。
面白いアイデアとやらは恐ろしいが、まあともかくも、こうして思わぬ形で球技大会に本腰を入れて参加することになったのだった。
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