第18話 熱血系サボり魔演出上根沙織
――コラそこ! 台詞ない時もボーっとしてんじゃないよ!
――ねえ、君らのやってるのは会話のドッチボール。分かる? キャッチボールしろって言ってるの! 相手の目ぇ見て演技しろっつうの!
――さっきからずっと同じ高さで同じリズム! トタタタター、トタタタターってなってるの! 「ワレワレハ宇宙人ダ」って感じ! アナタの役は人間だよね!? 日常会話そんな単調に喋ってないでしょ!?
――ねえ、今のその読みはどうしてそういう読み方したの? どういう感情込めた? 怒り? 悲しみ? ハァ、何も考えてませんでしただぁ!? 台本に書かれた文字を読み上げるだけなら機械にだってできるんだよ! 脳みそ使え、脳みそ!
――声が小せぇとか演技以前の問題でしょが! この一か月何やってたの!? 周りがちゃんと声出してるから、アナタの声が聞こえないの。聞こえない伝わらない言葉とかイッチバン最悪なんだけど。下に合わせたりしないからね。ア、ナ、タ、が、声出すしかないんだよ!?
――あーーーーもぅやってらんない! サボる!! 自分らで読み合わせでもやってろ!!
* * *
……結局、台本の最後の最後は未完成ではあるが、新人公演に向けての実際に台本を使った稽古が始まった。
まず台本が配られた日に、今回脚本と演出を担当する沙織部長が、意図の説明を交えながら全編を通して読み上げた。その後、読み合わせという皆で音読をする練習を軽くした後で、半立ち稽古と呼ばれる、台本を片手に持った練習が始まったのだった。
そして今、演劇部が稽古場としている講義室Bは重々しい空気に包まれている。
つい先程まで、新人公演に役者として出る人たち、つまるところ新入部員は、沙織部長の厳しい指導を受けていた。
演出の沙織部長が「サボる」と言って部屋を飛び出した今、声が小さいと怒鳴られた羽里ちゃんは涙目になってしゃがみこんでいるし、雅彦君はブツブツと誰にも聞こえない程度の声量で何か文句を言っている。
「ねえ宮子、なにしてるの?」
一年生双子の片割れ(たぶん恵ちゃんの方かな?)が宮子ちゃんに話しかけていた。
「台本に、今のアドバイスをメモしてるの」
「アドバイス? 単に怒鳴り散らしてただけじゃん」
「メグちゃんには……そう見えた?」と宮子ちゃんは聞き返す。
問われた恵ちゃんは鼻で笑って「そりゃそうでしょ。機嫌でも悪かったんじゃないの?」と答えた。
「……確かに厳しい言い方だったけど、間違ったことは言ってなかったと思う」
なおもそう言った宮子ちゃんに対し、恵ちゃんはやれやれという風に首を振っている。
……けれど俺は、宮子ちゃんに同意見だった。そして、こんなところでぼんやりしていてはいけないと思う。
「俺、沙織部長に謝って、戻ってくれるようにお願いしてきます……!」
俺がそう言うと、今まで事態を静観していた明日香副部長が初めて口を開いた。
「ちょ、誠君!? いや別に、そんなことしなくても沙織はお腹が減ったら帰ってくるよ!?」
「でも……」と食い下がろうとしたら、後ろから背中をバシッと叩かれた。
誰か他の先輩に怒られたのかと思い振り返ると、そこにあったのは、親指を立てて笑う赤根の姿だった。
「ゴー! 誠くん!」
どうやら俺の背中を押してくれているらしい。少し驚いて呆然としてしまったら、今度は物理的に背中を押された。まったくコイツは。
「サンキュ」とだけ口にして、俺は講義室を飛び出した。
* * *
とまあ、勢いだけで出てきたわけだが。
「さて、部長さんはどこにいるだろうか?」
根本的な問題にぶち当たる。サボると言っていたが、どこでサボっているのだろうか。
――あのさー、黄昏てるとこ悪いけど、ここ私のサボり場なんだよねー。
入部直前のあの日、沙織部長に言われたことを思い出す。もしかしたらあそこに、屋上前のあの暗がりに、居るのかもしれない。
思いつくやいなや、そこへ駆けて行く。
――予想通り、沙織部長の姿はそこにあった。
「えっ、誠君!? なんでどして!?」
隅で体育座りをして、慌てて目尻をぬぐう部長さん。
正直、思っていたのと違った。てっきり怒り狂って壁に穴でもあけているのではないかなんて思っていたが、意外にも落ち着いた様子で――むしろどこか落ち込んだ様子で、沙織部長はそこに居た。
ともかくも、
「すいませんでした! まだまだ実力が足りてません、沙織部長の力が必要です! もう一度稽古を見てください! お願いします!」
そう言って、全力で頭を下げた。俺には謝って、ひたすらにお願いするしか方法が浮かばなかったから。
……………………。
……返事がない。頭を下げているため、部長の表情も窺えない。堪えきれずに少し視線を上げると、口を「o」の形にした沙織部長と目が合った。
「とりあえず、こっち来て座りなさいな」
そう言って、自分の横のスペースをポンポンと叩く部長。躊躇っていると「はーやーくー」と急かされ、言われたとおりに横に畏まって座る。
すると、沙織部長は肩を震わせて笑い始めた。
「さすが元運動部。いやー、青春してるねー。君も私も」
「えっと……?」
「別に私は怒ってなんかないよ? ちょっと今はクールダウンしてるけどね。そりゃあそうでしょ、新入部員が最初っから完璧な演技なんかできたら私はいらないよ?」
言われてみれば、確かにその通りなのだが……。
「いやその、結構ガツンと言われましたので……」
「あー、それねぇ……。ごめんね。私はああして勢いつけないと、言わなきゃいけないことが言えなくなっちゃうのよ」
沙織部長はそう言って、寂しげに笑うのだった。
「どういうこと、ですか?」
「……本当は私、人の演技にああだこうだ言うの好きじゃなくてね。どんなに未熟で無個性な演技でも、絶対にその人の味とかは出ちゃうのよ。それが面白いなぁ、いいなぁ、とか思っちゃうわけ。そんな調子だったから、初めて演出をすることになったときも、あまり強く言えなくて。そしたら先輩にめっっちゃ怒られた」
「怒られたんですか!?」と尋ねると、声色を変えて先輩は言う。
「そうなの! 『なめたまねしてんじゃねえぞ! テメエのそれはな、間違っても相手を尊重している行為じゃねえ。自分を安全圏に置きたいだけの、ただの自分可愛さだ!!』って先輩に怒鳴られたんだよ? もうビビるよね、泣くよね」
「今のモノマネだけで凄く怖かったんですけど……」
「フ、本物はこんなもんじゃないよ。しかも確かその先輩の代から男子の受け入れが始まってたらしいから、男の先輩が珍しいこともあって怖さ倍増なわけ。……ま、ともかくそれでね、今は演出するときには何とか勢いつけて、思ったことは全部伝えようと、気を張ってるの。怖がらせちゃったかもだけど、ごめんね」
そう言うと沙織部長は、足を抱えて丸くなった。どうしたのかと思っていると先輩は「一年生達、辞めたくなっちゃったかなぁ……」と口にした。
「誰にも辞めて欲しくないんだけどさ……。皆、面白い演技してるし。例えば、羽里ちゃんには声が小さいって怒ったけど、舞台上で他の人の演技を一番きちんと見てるのは彼女だし――」
こうして次々と一年生達の良いところを挙げていく沙織部長。作中でも双子役の凛ちゃんと恵ちゃんは、別々の個性が出てて面白いとか、雅彦君は書き手も想定していなかった解釈をぶち込んできて楽しいだとか。
よく見ていると思ったし、次第に楽しそうになっていく横顔に、本当に演劇が好きなんだろうなと感じる。
「宮子ちゃんは、落ち着いてるときはちょっと信じられない位に客観的に舞台を見てるし。ホントはもっと役に入り込んで欲しいんだけど。で、誠君とアカネちゃんは……まだまだかな!」
「う、そうですか……」
「期待してる、ってことだよ! まあ、今はどうしても初心者への演技指導って感じだから仕方ないんだけど、いつかは私とその役柄についてバチバチとバトルできるようになって欲しいんだよね、皆に」
さっそうと言い切ると立ち上がった沙織部長。少し緊張した面持ちで唇をなめると「それじゃ戻るとしよっか」と口にする。そして、ゆっくりと階段を降りて行った。
先を降りて行く沙織部長の足が、踊り場を迎えたところでピタリと止まる。
何事かと覗き込むと、そこには演劇部の顔が連なっていた。一年生達は一番前で「すみませんでした!」と頭を下げている。
「み、みんなぁ~!!」
「ちょ!? 危ないですって!」
それを見た沙織部長は感極まって一年生達に抱き着こうとし、そこが階段の途中であることを思い出した俺は、必死に部長を押しとどめるという不思議な構図が出来上がるのだった。
* * *
「――で、結論としては誠くんはとても運動部なのでした、という訳です!」
「いやあ、話の筋は分かったけど、そのまとめ方はどうなの?」
翌日の昼休み、昨日の練習をサボっていた芦原に対して、赤根が昨日のことを捲し立てていた。止めてくれよ、と思う。声量も大きいしクラス中に聞こえているんじゃないか? 恥ずかしい。
ちょうどそのとき「ねえ絵美、ちょっといい?」と赤根に話しかけるクラスメイトが出てきた。助かった、のか?
そのクラスメイトはだいぶ日焼けしていて、屋外の運動部なのだろうなと推測される女の子だった。
「どうしたの、
「ううん大丈夫、そういうことじゃないんだけどさ。今の話ちょっと聞こえてきたんだけど……」
そう言って彼女はちらりと俺の方を見た。
「相田君ってさ、転入前は運動部だったの?」
赤根が俺に答えるように目線を送ってくるので「うん、そうだよ?」と俺が答えた。
「じゃあさ、四月の頭に男子の硬式テニス部と揉めてた転入生って、相田君のこと?」
あったな、そんなこと……。まあ、あのとき初めて会った沙織部長のインパクトが大きくて、あのテニス部のことはそこまで覚えていないけど。
「たぶん、俺のことだと思うけど……」
「そうなの!? じゃあ前はソフトテニス部だったって本当!?」
「一応そうだけ――」
言い切る前に、彼女は俺のすぐ前にやって来て、両肩を力強く掴まれた。そして彼女は、こう言い放つ。
「なら! 私と組んで、ソフトテニスの試合に出てくれない!?」と。
横でこの光景を眺めていた芦原が「なんかデジャブなんだけど」と呟いた。
……うん、俺もそれ思ったよ。
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