第17話 となりの脚はよくリズム狂う脚だ
演劇部の練習に顔を出さなくなった沙織部長との再会は、校庭のグラウンド、体育着でのことだった。
「貰ったな、この勝負……」
沙織部長は、どこかアンニュイに遠くを見ながら、そう呟いた。
この場にいるのが俺と宮子ちゃんだけであるのが口惜しい。芦原か明日香副部長が居たのなら、絶対にツッコミを入れていただろうに……。
* * *
五月の頭に、もう本番が中旬に控えた体育祭に向けての練習が始まった。体育祭で行われる種目の中には、三学年合同で、各学年から一人ずつで構成された三人組で行う種目がある。それがこの三人四脚である。
この種目は困ったことに男女合同で行われる。そして学校全体での男女比から必然的に、男子一人と女子二人のペアで行われることになるのだ。
そして今日はそのペアの初顔合わせ、それと多少の練習。
この後は、ペアによって本番までに昼休みや放課後に練習を行わなかったり、行わなかったりあるいは行わなかったりするらしい。……基本、学年も違う見知らぬ男女で熱心に練習などするはずがない。
けれど問題は、俺のペアとなる人物がよーく知る二人だということだ。もっとも全く知らない人とペアになるのは、それはそれで嫌な事ではあるのだが……。
「えっと……沙織部長、お久しぶりです」
「よしたまえ、誠君。今この場では、我々は演劇部とは違う
うーん……今日は普段よりも輪をかけておかしい。
こんな時は放置するのが一番だ、と主張する副部長の声が聞こえた気がした。
「宮子ちゃんもよろしく」
「は、はい。よろしくお願いします!」
「宮子ちゃんがこの種目に出るなんて意外だね。あれかな、また特訓だったりするの?」
言外に彼女の軽い男性恐怖症のことを含ませながら問いかける。俺個人としては、そんなに急いで、無理に治すようなものではないと思うのだが。
「いえいえ、全然そんなことなくてですね……。私その、運動が苦手で……この種目は嫌だな、あの種目も嫌だなぁ――ってしてたら、三人四脚しか残ってなかったんです……。だからその……ペアとなる男の人が誠先輩で、とっても安心してます」
「ああ、そうなんだ。うん、そう言ってもらえると嬉しいかな。ありがとう」
「いえ、何も感謝されるようなことは言ってな――」
「二人とも無視しないでよーー!!」
放置していた沙織部長に割って入られる。まあ持った方だろうと、正直思う。
「とにかく諸君! やるからには優勝を目指すぞー!」
拳を掲げながら、高らかに宣言をする沙織部長。ちなみに、各レースごとに一位から五位まではあっても、優勝というシステムはない。
「おいおい君たち、返事は!?」
「「お、おー……?」」
「声が小さい!」
「「おー!」」
「それでも演劇部かあぁぁ!?」
「「おおぉぉおーー!!!!」」
とまあこんな風に、沙織部長の手にかかれば、あっという間にグランドで最も目立つ一団の完成であった……。ところで部長さん、さっき演劇部とは違う縁でうんぬんかんぬん言ってませんでしたっけ?
* * *
しかし、やる気とは裏腹に、肝心の三人四脚の方はあまり上手くいかなかった。
問題点は主に二つ。
一つは、身長差の問題。沙織部長はかなり身長が高いが男子である自分ほどではない。そして、宮子ちゃんは女子の中でも身長が低い方であった。そのため組んだ時のバランスが悪いのだ。
一応は身長が真ん中の沙織部長を中央に配置する形で組んではいるのだが、体勢が結構きつい。脇に配置された俺でさえきついのだから、部長はもっと厳しいはずだ。
とはいえ、これは恐らく多くの組も直面している問題のはずだ。深刻なのはもう一つの問題の方。
やはりと言うべきか、もう一つの問題は、宮子ちゃんだった。間に沙織部長を挟んでいるといえ、俺と全く触れないというのは難しい。そして、少しでも触れてしまうと宮子ちゃんの走りのテンポが、ビクッとずれてしまうのだ。足を繋いだ二人三脚では、簡単にそれが転倒に繋がる。
「ごめんなさい……」
「ややや、宮子ちゃんが悪いわけじゃないよー。落ち込むの禁止!」
「すみません。俺がもっと気を使わないと……」
「こら誠君! 君も禁止、謝るの!」
沙織部長は両サイドの俺たちにクルクルと回りながらそう告げる。そしてこのままじゃ埒が明かないと、一度休憩を挟むことになった。
* * *
「誠君たちは球技大会の方は出るの?」
三人で木陰に座り込んで休んでいると、沙織部長に問いかけられた。球技大会とは体育祭と同時開催の行事だ。似たような行事だからと一緒くたにしてしまうあたり、学校側の省エネ思考が透けて見える。
「私は出ないです」と宮子ちゃん。
「俺も出ないです。バスケしかないですし」
「ああ、そっか男子はバスケだけなんだっけね。女子は他にバレーとテニスがあるのにねー」
「男子の方がだいぶ人数少ないですからね。ちなみにテニスじゃなくてソフトテニスでしたよ」
些細なことだが、つい引っかかってしまい訂正してしまったが「そっか誠君は元ソフトテニス部なんだっけ」と納得してくれた。
球技大会で男子にもソフトテニスがあったら出たかったなあ――なんてことを考えていたとき、
「ところでさ、この間のデートはどうだったの!?」
突然、沙織部長がぶっこんできた。俺は飲んでいたスポーツドリンクでむせてしまい、宮子ちゃんは困ったように笑っている。
「あの後の宮子ちゃんの様子を見てたら、結構いい感じだったのかなーとは思ったんだけど、さすがに皆の前じゃ聞けないじゃない? で、どうだったの?」
随分と目をキラキラと輝かせながらたずねてくる。けれど、俺と宮子ちゃんは口を閉ざしたままだった。
そんな俺たちにしびれを切らしたのか、口を尖らせる沙織部長。
「ちょっとキミたち~、台本にも関わることなんだからさ~」
「え? そういえば台本はどうなったんですか?」
台本を書くと言って、最近は練習に出ていないはずだった。今の言い方だとまだ完成していないのだろうか?
「うーんまあ、第一稿を誠君以外の上級生で下読みしながら改稿してる段階かなー」
それを聞いて「なんだか本格的ですね」と宮子ちゃんが口にする。たしかに、もっと沙織部長が独裁的に決めるのかと思っていた。そう口にすると、沙織部長はハハハと笑う。
「そういうカリスマって感じの作・演出の人も多いらしいけど、ウチは伝統的に脚本の段階でも演出の段階でも、皆で活発に意見を交わしていくタイプかな」
「じゃあさっきの『台本にも関わること』というのはどういう意味なんですか?」
宮子ちゃんに問いかけられた部長は目を泳がせた。
どうにも不吉な雰囲気を感じて問い詰めると、沙織部長は「ラストのシーン――要はオチが――まだ決まってないんだよねぇ」と呟いた。
「ワンチャン宮子ちゃんがゴスロリ化エンドもあるかも……?」
なん……だっ、て……?
「え、嫌ですけど」
「うん、私もないなーと思うよ」
デスヨネー。
「まあ、台本の前半部はほぼ完成だから、その部分を使った稽古はすぐ始まると思う。心の準備だけはしておいてね」
最後に沙織部長は、真面目な顔でそう言って休憩を切り上げた。
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