第15話 エチュードメリーゴーランド
脱力・柔軟から発声練習、筋トレやエチュードと呼ばれる即興劇を中心として、他にもこの間のエアバレーのような異色なものまで、本当に種々に渡る基礎練にもようやく慣れてかけてきた四月の下旬。
軽い筋トレまでのウォーミングアップを、いつものように終えたところで、沙織部長が「さ~て! そろそろ新人公演に向けた練習でもするかな!」と宣言した。
「沙織さん、台本は書けたんですか?」と赤根がたずねる。
けれど部長はニッコリ微笑んで「いーや全~然!」と元気よく答えた。
「なあ芦原、台本なしでそういう練習ってできるの?」
「あの人がどういうつもりで言ってるのかは分からないけど、基本的には台本なしで練習ってのはできないと思うかなぁ……」
先輩たちを見ても、首を傾げている人が多い。
「なあ沙織、お前全然って言うけど、どの程度全然なんだ? 四月中には台本を決めるって言ってただろ?」と隆明先輩が心配そうに聞く。
「全然は全然サ! 一文字も書けてないどころか、キャラクターもあらすじも全く!」
「アンタ四月中には台本決めるって言ってたでしょうが!」と明日香副部長も加勢する。
「待って! ウェイトプリーズ! だからね、私は一年生達と一緒に考えていこうと思ってるのよ! ――即興劇で!!」
それを聞いて、上級生たちは皆「あー」と答えた。俺を含めた新入部員の頭には「
……怖いのは先輩によって「あー」が「アー!」だったり「あぁ……」だったりしたことだ。
* * *
「それじゃ、雅彦君がお父さん役で宮子ちゃんがその娘役。で、宮子ちゃんが門限をはるかに過ぎて帰ってきた――っていう設定で
パチッと沙織部長が手を鳴らし、一年生部員の雅彦君と宮子ちゃんのキャラクター
舞台上と定めた範囲で雅彦君がイライラと歩き回っている。そこへ下手から宮子ちゃんが入って行く。
『ただいま……』
『コラー! お前、何時だと思ってるんだ!』
――雅彦君、恥ずかしがってちゃだめだよー。
『……九時』
『そうだぁぁ! よい子は寝る時間だろ!』
『別に私、よい子じゃないし……』
『そんなこと言ってるんじゃナーーイ!』
――オッケー。そんな感じ、いいよいいよー。
このように、沙織部長の指示や合いの手が入りながら、エチュードは進んでいく。
『父さんが心配してるのが分からないのかっ!?』
『別に……心配してくれなんて、頼んでないしっ!』
宮子ちゃんは、肩に乗せられた手を煩わしそうに振り払う。まだ少しぎこちないけれど、雅彦君に触られても過剰な反応はない。そんな様子を見ていると…………親か兄かのような心境になる。ウンウン、みたいな。
そんなことを思っていると、
「誠君、ゴー! 妹を今まで探してたお兄ちゃん役ね!」
突然沙織部長から、正に兄役であのエチュードに加われとの指示が飛んでくる。俺は慌てて、舞台に入って行った。
◇ ◇ ◇
「宮子……よかった……。帰ってたのか」
「お、お兄ちゃん……」
「おい、誠! お前からコイツに何とか言ってやれ!」
「……父さんは宮子のことを縛り過ぎだよ」
「何だと……? お前まで、コイツの肩を持つのか……!?」
「うるさいよっ! オヤジも! ……お兄ちゃん、も。私のことなんて……私のことなんて、放っておいてよっ……!!」
――宮子ちゃん捌けちゃっていいよー。
沙織部長の指示に従って舞台から宮子ちゃんが出ていった。
残された雅彦君と向かい合う。激昂する父とは目が合わせてられなくて、直ぐに背けてしまったが。
「で、俺のどこがやりすぎだって言うんだ? お前もそんな汗だくになるまで探し回っているくせに」
「締め付けたら、その反動で逆らいたくなるのは当然のことだろ」
「なら逆らわないほどに縛ればいいだろ!」
「それじゃ宮子が――」
――はいカット~! 一回止めて。
◇ ◇ ◇
「うんうん。なんかこの配役で良い気がしてきたぞー。よし! じゃあ次は、羽里ちゃんがちょい悪い感じの友人役で宮子ちゃんとのシーンを作ってみよー」
このように沙織部長の指示で役者を変え、ときに配役も変えながらエチュードを繰り返して行く。
そのうち双子の雨海凛ちゃんと雨海恵ちゃん、そして羽里ちゃんの三人であれこれと役を入れ替えるようになり、しばらく出番がなさそうだなと感じたところで、赤根に話しかけた。
「ごめん、集中して見てるところ悪いけどちょっといいかな?」
「え? 誠くん、どうかした?」
「いや、この練習さ、台本を書くためって話だったけど、どういうことなの?」
「うーん、一言で言えば究極の当て書きかなぁ」
確か当て書きとは、役者に合わせて台本を書くことだったか。
「そうそう。沙織さんがやっているのはその当て書きをするために、誰がどんな役が向いてるのか測ってるところなんだよね」
「じゃあ、このままだと新人公演では宮子ちゃんがちょっとグレた妹役で、雅彦君がその父、俺がその兄になりそうってこと?」
「そういうこと。で、ちょっと微妙そうな顔をしてるけどどうしたの?」
とニヤケ顔で赤根は聞いてきた。
「いや……、それってさ台本を書く前から、ある程度できる役をやらせるってことだろ? 本番までほぼ二か月あって、ましてや顔見せ程度の公演なら、もっと幅広い役をやらせた方が成長に繋がるんじゃないか?」
「フフーン。まあ、よく言われる当て書きに対する批判だね。頼もしい限りだけど、一か月後も同じことを言えたら褒めてあげる」
と、怪しげに微笑む赤根に疑問を投げた。
「ちょ、どういうことだよ?」
「沙織さんが当て書きをするのはね、向いてない役柄なんかでは、とてもじゃないけど求めるレベルまで引き上げられないからなんだよ。少なくとも、私はそう思ってる。つーまーりー、いざ稽古が始まるとめっちゃスパルタ……」
「う、マジか……」
「まあ私は、今回は裏方だから気楽だけどねー。へへへへー」
「へへへへー――じゃないよ君たち!」
「えっ、沙織さん!?」
いつの間にか沙織部長が俺たちのすぐ後ろに立っていた。口を膨らませながらの仁王立ちである。
「あれ、俺の出番ですか?」
「半分正解」
「え、沙織さん……それって」
「君たちの出番。アカネちゃん、君は誠くんの幼馴染役で入って! なんと恋する乙女役だよぉ~」
語尾にハートマークがつきそうなほど甘ったるい声で、なぜか体をくねらせながら、新人公演の作・演出を務める沙織部長は俺たちに告げる。
赤根のやつは、引きつった笑みを浮かべながら縋るように俺を見た。……いやぁ、俺にはどうしようもないよ。
俺は赤根の目を見て、小さく首を振るのだった。
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