第13話 ドドドドキドキ未ドキドキ、


 人生の初デートがこんなのでいいのか……。


 駅前の雑踏で、俺は落ち着きもなく視線を駆け巡らせる。組んだ腕の先、人差し指がトントントントンとせわしないリズムを刻む。


 初デート……俺は、いいよ。うん。俺の方に文句はない。あろうはずもない。

 でもさ、彼女は――花咲宮子ちゃんは、こんなので本当にいいのか?


「先輩……お待たせ、しましたか?」

 背中をツンツンされると同時に、声をかけられる。

 ビックリした! 慌てて振り返ると、いわゆる春コーデと言われるのであろう服装をした宮子ちゃんがいた。細かい折り目のついた長めのスカートが印象的。


「先輩、今日はよろしくお願いします」

 彼女は、少し困ったようにはにかみながら、ペコリと頭を下げるのだった。



     *  *  *



 コトの発端は数日前のこと。

 俺は、沙織部長の指示で、教卓の下で息を潜めていた。あの狭いスペースで俺は、縮こまっていたのだ。

 これというのも「舞台上で長いこと死体役をやらなきゃいけないこともあるのだから」と部長は言って俺を押し込んだからだった。


 腰が痛くなる……。けれど、ここから出るわけには行かない。練習後の講義室、ここに部長と宮子ちゃんが残っている。


「ごめんね~。練習の後にわざわざ残って貰っちゃって」

「いえ、私の方こそ先輩に手間をかけさせて、すみません」

「そんな悲しいこと言わないでよ~! そんなこと言ってると――ハグるよ?」

「え? そ、それは遠慮して欲しいです……」

 ハグが脅しになるほど部長の宮子ちゃんに対するハグは激しい。


「ま、完全下校時刻まで時間もないし早速本題に入ろうか。あのね、今日残ってもらったのは、確認したいことがあるからなんだ」

 あのね、を境にグッと息を潜めながら話す部長。こういうところは本当に上手いと思う。


「確認したいこと、ですか……」

「うん。率直に言ってさ、宮子ちゃん、男の子のこと……苦手だよね?」

「……はい、少し」

「ありがと、正直に言ってくれて。でも、治したいとは、思ってるんでしょう?」

「はい。それは、もう」

「あとさ、誠君のことはそこまで苦手じゃないでしょ?」

「……そう、見えますか?」

「見える」

 即答であった。俺はここに居ていいのだろうか? なぜ部長は俺をこれを聞かせているのだろうか? あと、腰がマジ痛い。


「そうでしょ?」と重ねて聞く部長。


「……そう、ですね」

「提案が、あるんだけどさ」

 同じ、テンポだな。


「提案、ですか」

「そう、提案」

 腰が、痛い。


「宮子ちゃんさ、誠君とデートしてあげてくれない?」


 ……、…………!?


「……デー、ト?」

「そう、デート」

「してもらう、ではなく……してあげる、ですか?」

「そうなの! 誠君たらね、宮子ちゃんのこと気になるって言っててさ。あ、ちょうどイイナーって思ってキューピット役を買ってでたわけのよ~!」

 フ・ザ・ケ・ル・ナ! 何言ってんのあの人!? だいたい人づてにそんなこと言われて「いいですよ」なんて言うわけが――


「いいですよ」


 ――言うの!? え、ちょ――ええっ!?


「ありがとー! ではオ~プン!」


 そう言うと、沙織部長は教卓を梃子の原理を使ってクルリと半回転させた。慌てて動かされた教卓の影に移ろうと試みたが、腰が痛くてとっさには動けない。


 露わになる、部長にもてあそばれる哀れな俺。宮子ちゃんはそんな俺を、特に驚いた様子もなく見つめると「よろしくお願いします」と微笑んだ。


「アレ? 驚いてない? 私の渾身の演出が――!?」

「はい。実は気づいてましたので」



     *  *  *



 そうして、週末を迎え、今は宮子ちゃんと二人で歩いている。駅で待ち合わせした後で、ショッピングモールに向かってだ。

 なおこの後のことはノープランである。まずい。というかたった今、現時点でも気まずくて、もっとまずい。

 そもそも彼女との距離は、周りから見たら赤の他人と思われても不思議ではない程度には離れている。今までの練習の様子を見ていても、男子が苦手だというのは決して、嘘ではないのだろう。


 意を決して話しかけようとした瞬間、彼女の方から話しかけられた。


「先輩、本日はありがとうございます」

「え、ああうん――じゃなくていやいや、俺のお願いでつき合わせちゃってごめんね。この、デ、デ……コレに」

 俺からのお願いという沙織部長の設定を忘れるところだった。あと、どうしても「デート」という言葉は口に出せなかった。

 だというのに、


「この……何に、ですか?」


 と首を傾げながら、たずねてくる宮子ちゃん。これは分かってて言ってる顔だ。まあ、どうせバレているのならちゃんと言った方がいいよな……。


「何って、その、デー――」

「ごめんなさい。本当は気づいてるんです。先輩が気を使ってくれて、私を誘ってくれたんだってことは。それも、私が気を使わないように、先輩からのお願いという体にしてくれたということも」

 ……言いかけたのに、また先を越された。それも結構早口で。しかもそれだと俺に対する過大評価だ。今日の言い出しっぺは沙織部長だというのに。

 どこまで否定したものか判断がつかず「そんなことないよ」とだけ返すと「では、そういうことにしておきます」と返される。


 正直、彼女が何を考えているのかイマイチつかめなかった。



     *  *  *



 目的地のショッピングモールにたどり着く。周りを見ると、子供連れの家族やカップルと思しい男女が目立つ。あ、これは俺たちもカップルに見られるやつか? 兄妹設定は無理があるかな?


「着きましたね」

「着いたね」

「どうしましょうか?」

「どうしようか?」

「とりあえず歩きます?」

「そだね。適当に回ろっか」


 ひどい会話である。


 ともかくも、こうして二人で店の中へ向かい一歩を踏み出す。

 初めて来たわけでもないこの建物が、今日ばかりは難攻不落の城のように見えた。

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