第12話 書き出しても黒板半分にも満たない部員名。でも、宝物。


 芦原や赤根と会話をしながら、会議を行うという講義室Bに向かって歩く。始まったのは愚痴合戦。


「俺なんでことあるごとに名前呼ばれんの?『一年、』って何回言われたよ?」

「あれは一応、一年生達に、誠くんは君らの仲間なんだと意識づけするため……と先輩達は主張してるけど……」

「絶対面白がってるだけだよなぁ……」

「否定は出来ないかも、アハハー」

 俺が愚痴り赤根が引きつった笑いをする横で、芦原は「そんなもん別にいいじゃん……」と呟いた。


「愛があって羨ましい限りだよ……。俺なんてなぁ……何、バカシ先輩って?」と芦原は不満気に溢す。

「そのまんまだろ」と俺は返し、

「良かったじゃん。バカシハラって呼ばれなくて」と赤根は今度こそ普通に笑う。


 芦原は先ほどの練習中、新入生に「バカシ先輩」と呼ばれていた。沙織部長は「芦原のことはバカシハラと呼んでいい」と言っていたが流石にそれは遠慮したのだろう。


「そしてバカシになったと」

「いいじゃんバカシ。結構面白い響きだよ?」

「馬鹿が由来だからなあ……」

 芦原はまだ釈然としない様子。けれど講義室Bに入っていくと、


「遅いぞ。三人組!」

「なんスかそのやる気のないプレイヤー名みたいな呼び方!?」


 三人まとめてもっと酷いあだ名がつけられていた。



     *  *  *



 黒板には新入部員を含めた部員全員の名前が記されていた。

 沙織部長は腕を組んでその一覧を見ながら、感極まったように何度も頷いている。指先に白いチョークの粉がついている様子を見るに、部長が書いたらしい。かなり達筆で驚いた。

 それは以下の通りに記されている。


  〇三年

   ・上根沙織かみねさおり

   ・羽鳥明日香はとりあすか

   ・松戸隆明まつどたかあき

   ・御栗崎楓みくりざきかえで

   ・朝倉和花あさくらのどか

  〇二年

   ・赤根絵美あかねえみ

   ・芦原一樹あしはらかずき

   ・相田誠あいだまこと

  (・草加部愛梨くさかべあいり )

  〇一年

   ・花咲宮子はなさきみやこ

   ・雨海凛あまがいりん

   ・雨海恵あまがいめぐみ

   ・金子羽里かねこはり

   ・江藤雅彦えとうまさひこ


「”カネ”に”シハラ”、そして”イダ”――三人合わせて三人組というわけですか……」

「誰もそんな分かり切った説明求めてないぞー、誠君」

 まるで自分の芸術作品を貶されたかのように厳しい声で、沙織部長はヤジを飛ばしてくる。でも分かり切った事だとしても、気持ちの整理のために言ったんですよ……。


 部長は改めて黒板の方に向き直ると「六人。一年生に絞っても五人、これだけで百点。むしろ薄かった二年も加わって百二十点のできかな。これなら……」と呟いた。


「やっぱり目を引くのはリンちゃんとメグちゃんの二人だよね。一卵性の双子なんて面白い演出しか出来ないでしょ」と続ける羽鳥先輩――っと明日香先輩だった。口に出していたら危なかった。部の方針として、下の名前で呼ばないと、もはや遥か昔の調理実習で生まれた炭化物体ダークマターの刑に処すと脅されているのだ。


 個人的には、ただ単に焦げ焦げの物体をダークマター呼ばわりには抵抗がある……。いやまあ、には違いないのか……? 炭素から、世界で最も黒い物質が作られていたりもするし。詳しく言えば、カーボンナノチューブを利用した――


 などと、どーでもいーことに思考が逃避しているうちに、先輩たちによる一年生についての侃々諤々の寸評会が開かれていた。どうにも、明日香先輩のあの一言が皮切りとなったらしい。


「いやいや、私は双子だからって役者としてそれに縛るつもりはないよ?」「俺もあの二人は、双子どうこうの前にそれぞれの成長が必要だと思う。その点、エチュードを見る限り現時点で一番有望なのは雅彦君じゃないか? あの度胸には驚いたよ」「そうかー? アイツヒョロ過ぎねぇ? せっかくの野郎部員だとしてもあれじゃなー」「楓ぇ、その理屈だと女子部員はかわいいが正義になるよー? それなら私の羽里ちゃんが一番だと思うなー。ねー、アカネェ?」「ソ、ソウデスネ」「いや、和花のじゃないだろ……」「私の宮子ちゃんが一番かわいい! ね、アカネちゃん!」「ソ、ソウデスネ」「沙織まで乗っかるな!!」etc、etc……。


 ――カオスだ。


 あの話を追いかけることは諦めて、前の席で我関せずとヘッドホンをつけた芦原にたずねる。


「ん、何?」

「あの黒板に書いてある草加部さんってのは何で( )かっこがついてるの?」

 あの一覧を見た時に不思議に思ったことを聞いてみた。俺らと同じ二年生らしいが会ったことがないように思う。


「ああ、アイツは美術部と兼部してんだよ。で、普段はあんまこっちに出ないんだ。ほら、新歓の時の受付してたやつだよ」

「ああ、あの前説とかいうのをやってた?」 

「そうそう。俺と同じ完全裏方で、主に制作――ポスターとかパンフとかの宣伝の仕事な――と当日の手伝いとかをやって貰ってんだよ。まあ俺アイツ苦手なんだけどさ」

「サンキュ」と返したところで、沙織部長から「こらそこ、会議にちゃんと参加しろー」と言われる。


 ……え? それ会議ですか?



     *  *  *



「――とまあ、今年の一年生達について、認識の共有ができたところでボチボチ新人公演に向けての話し合いを始めよっか!」

 部長はそう言って――「一番かわいいのは宮子ちゃんだけど」とボソッと呟いた後で――新人公演の時期について話始めた。


「誠君もいるしまずは年間のスケジュールについてざっと説明するね。私たちが行う公演は年五回。結構ハードだよ。順に説明していくと、まず一つはこの間見てもらった。これは君たちにはもう関係ないね。そして、新入部員に劇を体験してもらいつつ、OBOGとかに顔見せもする。夏休みに文字通りのをやった後、十一月には。そして最後は、をやる予定。卒業公演はやらない年もあるけど、私たちはやるつもりだから。さて誠君、何か質問ある?」


 一つ聞いてみることにした。


「ネットで調べた程度の知識なんですが、大会とかってあるんじゃないですか?」

「お! 調べてくれたんだ! やる気に満ちてて、あたしゃ嬉しいよ~。――と小芝居はともかく、これまでの先輩達は大会には参加してきていません。私達もそれを受け継ぐつもりでいます。理由は……これはまあ一年生もいるときに話そっか」

 と話を切り上げられる。「他には? 大丈夫?」と聞かれるが「大丈夫です」と首を縦に振りながら答えた。


「さてそれじゃ、直近の新人公演について話すとしましょう。まず私としては、今年も六月中旬にこの講義室Bでの公演を考えてるんだけど……アカネちゃんは去年やってみてどうだった?」

「私もそれでいいと思います。それ以上後ろにずらすと七月には期末試験もありますし、かと言って五月中は体育祭と中間試験もありますし……うぅ中間……」

「そうなんだよねー。バカシはどう思う?」

 芦原は「先輩までバカシ呼びですか……」とぼやいた後で答える。


「とりあえずもう二度と役者はやりたくないです」

「はいはい、君に聞いた私が間違ってたよ。そんなことばっか言ってると、また金髪碧眼キャラやらすよ? まあ君は、今年こそ補習で練習に出れないなんてことがないようにね。じゃあ、時期はこれでいいのかな。あとは――」

 さらっと流されたけど、芦原について凄いことが言われてた気がしたぞ……?



     *  *  *



 何だかんだで、会議はトントン拍子で進んでいった。

 ただし、その中で二つの話題については多少の波乱があった。一つは脚本についての話である。


「四月中は基礎練をメインにするとしても、今月中に台本は決めとかないとかなー」と部長が呟くと、赤根は「新人公演の台本も私が書く感じですか?」と尋ねる。

 赤根のやつが俺の方をチラリと見た気がする。屋上での出来事を思い出して、少し胃の辺りがギューと締め付けられた。多分、プレッシャー。


 けれど部長は天井を見ながら「う~ん……」と唸ったあと、


「新人公演の作・演出は私がするよ」

 と答えた。「え!?」という声を上げたのは、明日香副部長。


「沙織、アンタそんな暇あるの? 外部での公演が半年先まで埋まりそうだって前に――」

「うん大丈夫大丈夫。だって、まだオーディション前のやつは全部頭下げてきたからさ」

 ケラケラと笑って沙織部長は答えるけれど、明日香先輩は眉を潜めたまま。


「アンタはそれでいいの?」

「もちろん! だってこの劇団が絶対一番面白いからね!」

「……そ。ならいいわよ」

 部長は「ありがとう」と答えたあとで、赤根の方に向き直った。


「もちろんアカネちゃんを休ませてあげよう、なんて思ってないよ。アカネちゃんには今から夏公用の話を考えてもらおうと思ってる」

「え? もう夏の話、ですか? まだ四月ですよ?」

「うん、最高の脚本を書いて欲しいの。だって夏公が、私達三年の引退公演になるから……ね」

 三年の先輩達は皆、目を閉じていたり頷いていたり、肯定の表情を浮かべていた。

 沙織部長と目が合うと、パチッとウインクを飛ばされる。


 この先輩達とは半年しか一緒に部活が出来ないのだと、今更ながら気づかされた。何かにつけて「誠」と呼んで貰えるのは、先輩たちの優しさでとてもありがたいこと……なのかもしれない。



     *  *  *



 そして、もう一つの波乱とは俺に関するものだった。

 いや正確には、俺と、一年生の宮子ちゃんに関するものだ。


「でさー、私、当て書きあてがきじゃないと台本書けないんだよねー。というわけで残りの時間はさっきの続き。新入生について思うことを話してこー!」と沙織部長は言う。

「当て書きって何ですか?」とたずねてみる。

「最初からこの役は〇〇さん、この役は□□さん――って配役を決めてから、台本を書くことかな。でね、皆はまず誰を主役にしたいー?」

 沙織部長は教卓に飛び乗ると、足をブラブラと振りながら問いかけた。やはり先輩たち中心の話し合いとなるが、先ほどよりも真面目な様子だ。


「お前さっきから『宮子ちゃん宮子ちゃん』言いまくってただろ。てっきりそのつもりなのかと思ってたけど?」

「お。隆明君も私と同意見ってことでいいのかな?」

「さあ、どうだろ?」

「正直さぁ……宮子って男性恐怖症ぽくね? そりゃ重度じゃねえんだろうけど」

「うん。私もそんな気がするよぉ」

「ああ良かった……。俺だけ、俺だから、避けられてるのかと思った」

「隆明は自意識過剰すぎ。バカシも雅彦君も結構避けられてたよ」

「でも……。誠くんには、かなり懐いていたように見えたんですけど……」

 最後のは赤根の発言だ。それに対して「そんなことない」と返事をしようとしたのだが、


「「「「「それなー!」」」」」


 という三年生たちの声にかき消された。演劇部の先輩を複数相手に声量で敵うはずもない。

 そして沙織部長はぶらつかせていた足をピタリと止め、俺が何か弁明するための間を開けることもなく、ドン引きするような満面の笑みを浮かべてこう言い放った。


「よし! 誠君を『宮子ちゃんの男性恐怖症(仮)克服係』に任命しよう!」

「そんな無茶な――「「「「異議ナーシ!」」」」


 再びかき消される俺の声。

 これを持って会議は終了となり、周りは続々と――異論を挟む余地もない勢いで――部屋から出て行った。最後に残った、俺と赤根。


「ま、これで新人公演の成否は誠くんに託されたワケだから、せいぜい頑張れば?」

 呆然とする俺に対し、赤根のヤツはどこか無表情にそう告げて、部屋を後にしたのだった。

 遠くでカァカァとまるで馬鹿にしたかのようなカラスの鳴き声がした。

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