新人公演編

第11話 見えないものを見ようとする練習。名付けて「バレー彗星」


 画家が面倒くさがって雲を描かなかったような、快晴の空の下で「アカネちゃん!」という声が響く。

 そんな中、俺はバンザイをするように両腕を上に高く伸ばして飛んだ。そしてボール(存在しない)が俺の腕に当たり跳ね返る。そのボール(存在しない)は勢いよくネット(存在しない)の向こうに飛んで行き、未だスパイクを放った後で着地していない赤根あかね(存在する)の顔にぶち当たった……らしい。

 顔を押さえた赤根はそのまま踞る。周りから謝れとヤジが飛ぶ。


「ご、ごめん……?」

「大丈夫大丈夫! こんなことスポーツじゃつきものだもん、気にしないで。このせいで手を抜いたりしたら許さないからね!」

 そう言って彼女は向こうのグループのメンバーと「切り替えて切り替えて!」とハイタッチをしている。


まことさん、ナイスブロックです!」

「……宮子みやこちゃんもナイスサーブ、かな?」

 俺もチームメイトの女の子とハイタッチ。


 ……なんだコレ?



     *  *  *



「バレーをします!」と沙織さおり部長は高らかに宣言した。


 正直なところ、その言葉を聞いたときは、今までやってきた摩訶不思議な練習――謎の呪文を唱えたり、絶対椅子から退かないマンになったりした――に比べればこの練習は「ほーん?」といった感想だった。

 運動部でもオフシーズンに違うスポーツを行って柔軟な対応力を磨いたり、チームメイトとの仲を深めたりすることも多いと聞く。

 ただ、説明されていくうちに今回の練習の目的は、そういったものとは違うらしいと分かってきた。


「今回一番の目的は存在しないものを、まるで存在するかの様に扱うことね。エアバレーよ、エアバレー! あと下の名前を呼ぶことを恥ずかしがらないこと! チームメイトにトスをするときは誰に向けてかちゃんと声に出すよーに。てゆーか名前覚えてない人はいい加減覚えてね! かえで和花のどかちゃんが哀れだから! 三年にもなって存在感のない演劇部員なんて哀しすぎるんだからネ!」

「ウチは覚えて貰ってるだろ!? 新歓にも出てたし!」

「楓は男役だったから皆気づいてなかったってサ!」

「オイ、一年! あと、誠! ふざけんな!」

 こんな風にちょっと口の悪い先輩は三年生の御栗崎楓みくりざきかえで先輩。ショートの髪型と女子としては高い身長、低めの地声から、いつもいつも男役をやらされるらしい。新歓公演でも悪魔役と長老役をやっていたらしいが、どちらもてっきり男の人がやっていたと思ってたから、未だにちょっと信じられない。


「別にー、私は覚えて貰わなくていいよー。裏方メインだし」

 肩まで伸びた黒髪をいじりながらふんわりした感じで答えるのは、朝倉和花あさくらのどか先輩。こちらも三年生だ。メインは照明。こうして基礎練には参加するが、役者をやることは少ないのだとか。


「和花ちゃん、哀しいこと言わないで! コラ一年、君らのせいだぞ! あと誠君!」

「わ、私は和花先輩のこと覚えてますよ!」

「うーん、さすがに羽里はりちゃんにも覚えてもらえてなかったらショックだなぁ。個別に照明教えてる訳だし。あと誠は覚えて。二年だから」

 羽里ちゃんというのは俺と同期の一年生。照明は裏方の仕事の中でも専門性が高いため、引き継ぎの為に既に色々と教わっているのだとか。


 今年の新入部員は、中学での経験者こそいないものの、沙織部長曰く豊作らしい。人数は俺を含めて六人。そのうち男子は二人きり。とはいえ全体では男子が二人から四人になったため、倍増だと上級生は大喜びだった。


「じゃあやるぞー! チーム分けは最初は上級生と新入生で別れて。誠君は新入生側ね。あと私は審判、そしたらちょうど六体六だから。……うぅ、私を除いても十二人も居るなんてサイコーだー!」

 声量の大きい部長の雄たけびがグランドに響き渡る。野球部の「バッチコーイ」よりも余程大きい。


「えっ、俺もやるんですか?」

「当たり前だ馬鹿芦原バカシハラ!」

「バカシハラ呼び止めてもらえません? 下の名前を呼ぶルールって言ってましたね?」

「みんなー、バカシハラはバカシハラでいいよー」

「虐めだ……これは虐めだ……」と項垂れる同級生の芦原一樹あしはらかずき。下の名前を呼ぶことが推奨されてるこの部において、未だカズキ呼びを聞いたことがない。ある意味稀有な存在なのかも?

 ああそう言えば、赤根のやつもアカネ呼びだ。まあペンネームの江見明音えみあかねの方からのアカネ呼びなのかもしれないし、アカネという響きは十分に下の名前っぽい。


 まあともかくも、こうして校庭の隅でどの部よりもやかましく、演劇部の練習が始まった。



     *  *  *



 メンバーを入れ換えながら、最終的に三試合を行った。審判をする部長による疑惑の判定が相次ぎ、どの試合も大接戦。おまけに上級生は皆、途中で寸劇を挟んでくるし……。


 誰も彼も、体操着が汚れることも厭わず地面に倒れ込んでいる。立ち上がって服の砂を払っているのは三人だけ。

 一人は審判をやっていた沙織部長(なんで服が汚れているかと言えば、七人目の選手としてしばしば乱入していた為だ)。あとは俺と三年男子部員の松戸隆明まつどたかあき先輩。

 この先輩は新歓公演では、語り部の青年役をやっていた。今思えば、あの役は劇中でさらに朗読劇をしなければならない難しい役だったが、この先輩はさらりとこなしていたように見えた。おまけに背の高いイケメンで、あまり横に並びたくない。


「誠君は体力あるなあ」と隆明先輩に声をかけられる。

「先輩ほどじゃないですよ」

 俺は転入前は運動部だったこともあり、体力には少し自信があった。


「いやいや俺ホントはクッタクタだから。ただ余裕そうに振る舞ってるだけ。皆で死んでたらテンション下がるだろ?」

 そう言って微笑んでみせる先輩。くっそカッケェな。男子部員としてこの先輩の後を継げ、なんて言われても無理だとしか言えない。


注目ちゅうもーく!」と言いながら、沙織部長が手をパンパンと二度叩いた。

「お疲れ。皆よかったよ。見えないはずのボールが私には見えました。で、この後なんだけど、今日は練習お仕舞いです。少し早いけどね。ただ上級生はこのあと新人公演に向けての会議をするから、二十分後までに講義室Bに集まって。それじゃあ解散! 今日はお疲れ様でしたー!」

 あちこちから「した~」とヘロヘロの返事が飛ぶ。

 俺はどうしたらいいのだろうか。新入生と一緒くたに扱われることも多いし、帰っていいのかな?


「あっ! 誠君も残って!」

「え、マジですか?」

「うんマジマジ。なんか私の第六感がそう言ってるのさ」


 そう言って部長はニヤと笑う。嫌な予感がする。

 この先輩がこの顔をするときは大体ろくなことにならないのだ。


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