【おまけ】○○○が立った!


 放課後、赤根は椅子の上に立って、俺を見下ろしていた。

 返却されたテストの答案を、伸ばした腕の先、俺に対して裏にして手に持っている。……アレ、向こう側の生徒に丸見えだけどいいのだろうか?


「忘れたとは言わせない。テストの結果が私より低かったら、一つなんでもお願いを聞いてくれると言ったことを!」

「あー……そんなこと言ったかもなぁ」


 赤根のやつは不敵に笑う。


「しかも! 国・数・英の総合点で、とは一言も言っていなかった――! つまり、どれか一つの教科でも勝てばいいんでしょう?」

「その理屈には無理があるだろ……」


 手元にある自分の結果を見返す。


「まあ、その条件でもいいけど」

「うんうん。分かるよ、この私に恐れをなすのも――え? いいの!?」

「別に。まあ、その態度が違う意味で恐ろしいけど」


 ポカンとした顔を浮かべる赤根に告げる。


「ま、それでこそ猪突猛進演劇ガールだよな」

「そ、その変なアダ名止めて~!」


 こうして、なんだかんだと点数で競うことになったが、こいつのあの日の死体具合を考えれば負けることはないだろう……たぶん。



     *  *  *



 赤根のやつが自分の勝率が低いという、英語と数学から点数を教え合うことになった。英語は二百点満点で、数学はⅠ・Aのみで百点満点だ。


「じゃあ、英語・数学の順番で同時に発表ね? せーの、

 ――英語116点、数学42点!」

「――英語162点、数学は100」

「嘘でしょ!? 数学満点!?」


 嘘ついてどうすんだ。というかお前の数学低すぎねえ?


「ハッ――まさかカンニング!?」

「ないから。センター型のテストならこんなもんだろ」

「え? 今回のテストってセンターなの?」

「あの日の朝、説明してただろうが」

「だから、悪あがき中だったってば」


「これがセンターかぁ」なんて呟きながら、ムッと自分の答案を睨む赤根。

 これで残るは国語のみになったが、さて。正直、負けるとしたらこの国語だと思う。


 まず、赤根のやつは台本を書くぐらいだからきっと文系なのだろう。おまけにセンター国語は得点の分布が、山の高い正規分布になることが多い。要は、差のつきにくい科目なのだ。

 極め付きには、


「よし! 国語はさらに細分化しよう!」


 と赤根は訳の分からないことを言い出した。


「現代文と古典に分けよう! ってことね。いいでしょ? 誠くんはそんなに頭いいんだから。それに、国・数・英に分けた時点で今更すぎるよねー」と謎の理屈で押し切られてしまった。

 そうなると現代文は評論文と小説文の計100点満点。古典は古文と漢文の同じく100点満点となる。


「それじゃあ、古典から。私は古文25点で漢文30点」

「古文30、漢文46」

「くっ、さすがだね。それじゃ最後に現代文。

 私は……評論が36点。小説は45点の合計81点!」

「評論は42。小説が29の計71点……」


「勝ったああぁぁああ!!」


 赤根の雄たけびが、教室に響く。


 ……何が恐ろしいって、教室にまだ残ってるクラスメイトが「いつものことか」という態度をとっているということだ。

 そのうち俺も一緒くたにされるだろうか……。あるいはもうされているのかも……?



     *  *  *



「で、俺はどんな無茶振りをされるワケ?」


 未だ踊り狂う赤根にたずねる。


「え?」


 何も考えてなかったと、顔に書いてある。なんだそりゃと思ったが、まあ、練りに練られた無理難題を吹っかけられるよりはマシか。


「えっと……いいの? 現代文以外ズタボロだったのに?」

「点数教えた時点で条件を飲んだみたいなものだろ? まあ無茶ぶりは止めて貰えれば……」


 彼女は「誠くんは律儀だねぇ」と呟きながら、指先で唇をポンポンと叩いて考え始めた。

 挙げ句「どんなことでもいいの?」と念を押す。


「じょ、常識の範囲内で」

「んー……じゃあ……数学を教えて、くれない?」

「ああ、そんなこと?」

「えっ、いいの!? 私、こんな成績だよ?」

「別にいいって」


 何をそんな驚いているのか、と思ったとき、


「フラグが立った!」

「「うるさい」」


 例によって前の席で眠っていた芦原が、立ち上がりながら、そう言った。


「ちょっ、酷くね? せめてイントネーションに突っ込んでよ! フラグ(↑)ってイントネーションにしたのに――! わざわざ立ち上がりながら言ったのに――!」

「つーか、また寝た振りで話聞いてたのかよ」

「だって、その話に混じったら俺の点数も言わなきゃいけなくなるじゃん。ところで相田様、ワタクシメの面倒も見てくれない? 勉強の」

「別に構わないけど……。せめて点数教えろよ。聞かなきゃどの程度教えなきゃいけないのか分からねえって」


 わりとあっさりと、芦原は点数を答えた。が、しかし、それを聞いた俺たちは真顔になった。真顔にならざるを得なかった。


「あの、赤根さんにも手伝って貰っていいですか……?」

「ハハハー、冗談キツいなー、誠くんは。私がダメなの知ってるくせにー」

「たぶん、適度に分からない人の通訳を間に挟むべきだと思うんだ」


 ペロリと舌を出す芦原を、俺と赤根は仲良く呆然と眺めていた。


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