【幕間】演劇部員は打ち上げ中でも演技をするか?


 とある小さなお好み焼き屋「新谷にいがや」の入り口には「本日貸し切り中」と書かれた紙が張られていた。

 その中では、演劇部の面々が、新入生歓迎公演の打ち上げを行っているのだった。


「おばちゃーん、新谷スペシャルもう一丁!」

「あいよー!」


 という声が飛び交う中「おうおう、やってるじゃねーか」と、このお好み焼き屋の長男で、演劇部OBの新谷昌治にいがやしょうじが帰宅してきた。彼は今も、大学のサークルで演劇を続けている。

「あ、新谷先輩、お久しぶりです! 台本使わせて頂きありがとうございました!」と、すぐに今回の脚本担当赤根が駆け寄って行く。


「お! 劇作家さんじゃねーの」

「それやめてください死んじゃいます」

「ホント真顔でそれ言うのな。つうか台本読んだけどよ、俺なんかのより何倍も良くなってんじゃん。脚本とか原案とやらで俺の名前出すの止めてくんねえ? 恥ずかしいわ!」

「いえいえ、あの話は先輩の葛藤というアイデアがあってこそで――」

「だって、拾ったのが財布と受験票じゃ全然別モンじゃん! 元はネコババの話だぞ!? なあ、芦原! お前もそう思うだろ!? つうか相変わらず、飯食いながらヘッドホンなんかしてんのな! キャラ立ってるし俺は好きだけどよ! そもそも聞こえてんのか!?」


 大きな声で、隅で黙々ともんじゃ焼きを食べている芦原に絡んでいった。


「聞こえてますよ……。そんなデカイ声出しといて」とヘッドホンを外しながら、芦原は心底迷惑そうに言う。

「いやあ、相変わらずいい根性だなー。それでメインが役者じゃねえってんだからなー」

「適材適所ってヤツですよ、センパーイ」と現部長の上根が声をかける。

「おう、部長様か。いいよなー今の劇部、スペシャリストに大女優まで揃ってんだから、羨ましい限りだよ、全く。大会に出ないのが勿体ないね」

「大女優?」

「お前のことだよ、上根。あっちこちの劇団に客演で参加してるらしいじゃんか。よく評判聞くぜ? なんならウチの劇団の手伝いしてくんねえ? せめてアカネちゃんだけでも」

「へ!? 急に私ですか!? 今の文脈で!?」


「是非持っていってください」とすかさず言う芦原。


「割とマジだぞ。両方の台本を読ませて貰ったけど、本当に面白かった。特に題材が良い。新入生に身近な入学試験っつう題材と、演劇に興味を持ってるやつらに物語の在り方を問いかける話。よく考えられてるよ」

「そ、そんな大層なものじゃないですよ……!」


 両手を開いて前につき出し、首をブンブンと振りながら言う赤根。


「ハハ、芝刈り機みてぇ」

「シバカリィィ――!?」

「センパーイ、今の劇部は粒が揃ってるとかいうお話でしたけど、今年の新入部員にも面白いのがいるかもしれませんよ? ねーアカネちゃーん」


 ヘラヘラと上根は主張したが、その目は笑っていなかった。それを見ててニヤリとする新谷。


「おーい、昌治! 帰ったんなら手伝いな!」

「チッ。ババアに呼ばれちまった。一旦、手伝いしてくるわ。その話、後で詳しく聞かせろよ」


 卒業生の新谷が奥へと向かい、騒がしかった場が、途端に静かになる。


「沙織さん、その面白いのって……」

「ん? さあ、誰のことだろうね~」


 不敵に笑う上根に注目が集まり、シンとする空気。次に口を開いたのは芦原だった。


「もし部長が相田のことを言ってるんだったら、そもそもアイツ、入ってくれるとは限りませんよ? あのとき、アイツが言った『注目を浴びるのは好きじゃない』って言葉、俺には演技をしているようには見えませんでしたから」

「だ、だから誠くんには裏方で――」

「いーや、彼にゃあ舞台に立ってもらうよ。さっきも言ったでしょ、適材適所だって。で、何? 『演技しているようには見えなかった』だっけ? バッチリじゃん。ウチは代々、役を演じることじゃなくて、役を生きることを目指してるんだからさ」


 上根の威勢のいい啖呵に、今度こそ場が静まった。ある者はオロオロとし、ある者は闘志を燃やし、またある者は興味なさ気にお好み焼きをひっくり返す。誰が素の反応で、誰が演技をしているかまでは、定かではないが。 


「へぇ、あの上根がここまで言うやつがいるのか。こりゃ今年の新人公演は見に行かねえとなぁ。ホイ、サービスの新谷スペシャル改だ。試作段階だから感想聞かせろよ?」


 沈黙を破ったのは厨房から戻ってきた新谷だった。


「上根、そこまで言うんなら、そいつは何とかして部に引き込め。分かったな?」

「うーん……無理カモ?」


 上根はヘラリと笑って答えると、真顔で「私には、ね」と付け足すのだった。


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