第7話 猪か闘牛か、それが問題だ――え? 豚?
いよいよ新入生歓迎公演を翌日に控えた金曜日の放課後、前の席の芦原も、隣の席の赤根も、見事な死体になっていた。
部活が忙しくて――というわけではない。あ、いや、間接的にはそうなるのか?
「転入してきた俺の方が行事を知ってる、てのはどうなのよ?」
「言わない。こんなの行事って言わない。実力テストは行事だなんて認めない。行事とはもっと楽しい催しのことサ……!」
机に突っ伏して、壊れた人形のように「認めない認めない」と首を横に振り続ける赤根。芦原に至っては、テストの真っ最中から寝息を立てていた。
「まあ、今回のテストは成績に考慮されないらしいけどな」
「そうなの!? なーんだ。先にそれを言ってよも~」
途端に、俺の肩を叩き始めるほど元気になる赤根。朝ちゃんと説明されただろが。
「そんなの最後の悪あがきタイムなんだから聞いてるわけがないでしょ!」
「そんなこと威張るな。ついでに言っとくと、結果が悪いやつの補習はあるってよ」
「うわー最悪だぁー……」
バタンと机に倒れこんだ。元気になったり落ち込んだり忙しいやつだな。
「てゆーか、誠くんはテスト大丈夫なの?」
「まー、多分?」
「これで私より低かったらウケル」
「その時は、なんでもお願い一つ聞いてやるよ」
「え。何その自信……?」
「なあ、相田はさ、前の高校どこだったの?」
いつの間にか芦原が起きていた。
「寝たふりして会話を盗み聞きしてるのはどうなんだ?」
「へー、聞かれたらマズイ話をよくするの?」
「するわけないでしょが! バカシハラ!」
「アカネさーん、そのバカシハラって言うの止めていただけません? 一応、反省してるんで」
「何? じゃあ、馬・鹿・芦・原ってクッキリハッキリ丁寧に言ってあげようか? 私、滑舌には割りと自信あるよ?」
「結構でーす」
一瞬で俺の前の高校から話題が逸れたな。ま、ありがたい。別に隠したいわけでないけど「どうせ言っても分からないよ」「いいから教えてよ」「■■高校」「うん、ごめん。わからないや」のテンプレはだるい。
「ところで、誠くんさ……テニス部の練習に参加したって本当?」
「ん、参加したけど?」
「あ、そ……そうなんだー。へー、ふーん……。あー、私そろそろ部活に行かないとなー」
「まだ体験だよな? そのまま入部するの?」
「いや……。正直、あそこの空気は肌に合わなかったわ」
声を潜めて芦原にそう答えた。クラスにテニス部がいるかどうかも分からなかったし、もしいたとして自分の所属する部活がこんなこと言われたらいい気はしないだろうから。別に、あの手の部活を全否定する気はない。ただ俺とは合わないなというだけで。
「え! そうなの!?」とノロノロと部活の準備をしていた手を止めて赤根が叫ぶ。
「いいから、はやく部活行けよ」と俺。
「そうだそうだー」と芦原。
「アンタもでしょうが!」と赤根。
「そうだそうだー」と演劇部の部長さん。
――て、部長さん!!??
「アカネちゃんも芦原君も急ぎなさいな。さっさと会場作って、シュートと場当たりしなきゃなんだからさ。全く、先輩に探しに来させるなんて酷い後輩だ」
「とか言って部長、サボりたかっただけなんじゃ……」
「んー? 芦原君なにか言ったかなー?」
「いえ、何も」
慌てて芦原は教室から出ていく。けれど、赤根は俺と先輩を交互に眺めていた。
「どうしたのアカネちゃん?」
「いえ、なんとなく?」
「そうなの? まあいいや。さて、コソコソ逃げようとするのはいただけないな、相田君」
バレてた。二人が話をしているうちに帰ろうと思ったのに。
「昨日の恨みを晴らしに来た! というわけじゃないから、安心してくだァさい。ただ、単に『あー、そういえば自己紹介してなかったなー』と思ってね」
そう言うとこの先輩は、教室のドアへとつながる道を塞ぎながら、胸に手を当てて言う。
「というわけで、私が演劇部部長の
「はあ、よろしくお願いします」
何のよろしくだろう、とか思っていると「そりゃウチの猪ガールをよろしく頼むってことさ。席隣だろう?」とウインクを交えながら言われる。……俺そんなに顔に出てたか?
「猪ガールって私のことですか!?」と横で赤根が叫ぶ。
「そりゃそうよ。ほらほらさっさと部活行くよ。何? 赤いハンカチで挑発したほうがいい?」
「それは闘牛でしょう!?」
「違うと言うのなら、猪らしく鳴かなくちゃあね」
「え……猪の鳴き声? ――ブヒッ! ……あ、これ豚だ。ていうか猪じゃないですよー!」
「アハハ! あー楽しー。最近は台本の練習ばかりだったけど、
「あ、はい。一応」
「ありがとう。じゃあそれで昨日の無礼はチャラにしてあげよう。そら行くぞ、アカネちゃん。できるだけゆっくり歩くこと!」
「やっぱりサボりじゃないですかー!」
そうして、二人は去って行った。それはとても楽しげに。
心惹かれなかったと言ったら、正直、嘘になるかもしれなかった。
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