第6話 敵の敵は敵だったけど、昨日の敵は敵の敵。
――だからといって、他の部活の見学をしないとも、ましてや演劇部に入るとも言った覚えはない。
マッチポイントを握った場面、俺はセンターへのフラットサービスを選択した。
結果はあっさりノータッチエース。へらへらとした先輩が「すごいねー」だのなんだの言ってくる。転がっていってしまった黄色いフェルトに覆われたボールを拾うこともなく。
コートの周りをよく見れば、長い間放置されているようなボールが、茂り過ぎた雑草の間に埋もれている。
同好会のような意識なのかもしれないが、この部は合わないなと、素直に思った。
「いや、ほんとすごいね。転入生だっけ? 前の高校でもテニス部だったの?」
「中高とソフトテニス部ではありましたけど……」
「あー軟式ねーハイハイ。そうだよねー、ウチの学校、男子軟式テニス部はないもんねー。女子はあるけどさ、ハハ。ところでさー、軟式出の割にサーブすごかったねェ。軟式のサーブなんて、み~んなウエスタングリップの羽子板みてーなサーブなのかと思ってたよ。ハッハッハ」
日陰で携帯を弄りながら、こちらを眺めていた他の部員たちがドッと笑う。
そのうちに、部員たちだけで盛り上がってしまい、帰ると伝えづらくなってしまった。軽薄な感じでペラペラと、よくもまあ喋るものだ。
こっそりとため息をついて、空を見上げると、風に乗って演劇部のあの不思議な呪文が聴こえてきた。新歓公演を明後日に控えて、いよいよ追い込みの時期なのだろう。
それに比べて、この部は……。
そもそも、最初から体験練習までしようと思っていたわけではない。
前の学校でも部活動はしていたから、ここでも何かしようかなとは考えていた。そこで、新入生の体験練習が始まる前に、適当に幾つか見学ぐらいはしておこうと思ったのだ。
残念ながら、この高校には中高で取り組んでいたソフトテニス部はなかった。正確には女子ソフトテニス部しか存在しなかった。余談だが「軟式テニス」という呼び方は少なくとも正式名称ではない。「ソフトテニス」が正しい呼び名だ。
ともかく、そのため男子テニス部を見学しようとしたのだが、すぐに部員の人に見つかり、コートの中に引き込まれ(ローファーのままコートに入るのは非常に強い罪悪感を覚えた)、体験練習をすることになった。
体験練習と言っても、ほとんどの部員が携帯を片手にだべってる横で、適当に打ち合って、へらへらとした三ゲーム先取の五ゲームマッチをしただけだ。決してまともな練習内容ではない。
十分も見学した後なら、わざわざ体験練習をするまでもないと分かっただろうに。
「これ、ありがとうございました。今日はこれで失礼させてもらいます」
いつまでも会話が終わる気配がなかったので、遮りながら、借してもらったラケットを返却する。
「アレッ、もういいの?」
「はい。元々見学だけのつもりでしたし、ちょっと用事もあるので」
もちろん用事なんてない。
「そっかそっか。じゃあ、来週から一年向けの体験練習もあるからぜひ来てよ」
「はい。考えておきます。あと、余計なお世話だとは思いますが、新入生が来る前に、少しくらいコート整備した方がいいんじゃないですかね」
あらためてコートを見渡す。
伸び放題の雑草。散らばるボール。土のコートはボロボロにひび割れて、冬の間ろくにローラーをかけていないことが伺える。あげくに、ラインの上を掃くことすらしてない様子で、向こうのベースラインが見えないほどだ。
「あれー、やっぱり君、ソーユー意識高い系なわけ? コート入るときも、コートにペコってお辞儀なんかしちゃってさ。マジ寒ッって思ったけど、触れないようにしてあげたのになー」
少し頭に来たけれど、赤根にとってしまった態度を思い出して、頭を冷やす。というか、さっきの言葉が既に余計だった。こういう時は、関わらないようにするにかぎる。
――だというのに、
「その子が意識高い系? バッカじゃないの。アンタらが意識低すぎる系なだけだろう?」
やたらと通る大きな声が響いた。いつの間にか、コートの外に一人の女生徒がいたのだ。スラッとしたシルエットで、見覚えなんかもちろんない。テニス部の誰かが「ゲッ」と言う。
「相田誠とは君のことだろう? 初めまして、だな。ああ、芝居がかった物言いなのは気にしないでくれ。これでも私、めちゃくちゃビビッて緊張しているからネ! さあ、その意識低すぎる系から抜け出して、私の所へ来るといい!」
うわぁ、これはあれだ。絶対アイツのお仲間だ。
「すみません。さっきのは謝りますので俺のこと助けてくれません?」
「無理。絶対無理。早くアレを連れてコートから離れてくれ」
「コラそこ! 何をボソボソ話している! さっさと来い!」
嫌よ嫌よする俺を、テニス部の部員が数人がかりで押し出した。
* * *
「怖かった……」
「あ、はい」
「褒めるといいと思うよ?」
「あ、ありがとうございました……?」
「うん、どういたしまして! 褒めると感謝は違うけど、まあ良いでしょう!」
あの騒動の後、俺はコート脇に現れた謎の人物と食堂でお茶を飲んでいた。ここの食堂は放課後でもお茶はタダで飲めるらしい。ただし、ペットボトルや水筒に移して持っていこうとすると怒られるとのこと、この目の前にいる自称経験者曰く。
うむ、どうしてこうなった……?
「あの、そろそろお名前を聞いてもよろしいですか? あるいは帰っていいですか?」
「よせやい。名乗るほどの者じゃあございませんよう。どうしてもというのなら当ててみな!」
後半は黙殺である。なんだろう、この人は正統派な美人さんで背も高いんだけど、それを打ち消すほど残念感が強い。
「演劇部ということは分かるんですが……」
「え? 何で分かったの!?」と素で驚かれる。いやあ、演劇部じゃない方がビックリですよ。
「ブ~チョ~ウ~、やっっと見つけたぞー。と、アレ? 相田君だ。一日ぶりー! 昨日はごめんねー。お詫びに、調理実習で生まれた『とてもじゃないけど食べれない黒い炭化物体
と昨日会った羽鳥先輩まで現れた。部長、ね。そっか……この残念美人さんが変人どもの親玉か。
「全力でお断りします」
「芦原君は食べてくれたよ?」
「部活の罰ゲームでな!」と部長さん。
おお、哀れ芦原。
「というか、君たちは知り合いだったの?」と部長さんが俺と羽鳥先輩を指して言う。
羽鳥先輩はニッコリとほほ笑んで「部長様から受けた指令のおかげで仲良くなれましたとも。そのくせ、アンタはそうやってサボりまくってぇ~!」と言いながら、グリグリ攻撃をしかけている。グリグリ攻撃とは拳で相手の頭を挟んでグリグリッとする技で、最近はテレビから消えたとかなんとか。
「ご、誤解、今日は誤解! 相田君を助けてただけだから!」
「相田君、本当?」
「著しく事実に反します」
「はい連行~」
「お、恩を仇で返すとはこのことかぁーー……!!」
こうして部長さんはドナドナされて、途端に食堂は静かになった。二人分の湯飲みを片づけて帰路に就く。
――嘘は言ってないと思うのだがどうだろうか?
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