第3話 音響担当は知らないエ〇ゲのサントラを聴く。
カラスが朝からやかましい。
転入二日目の朝、駅から学校に向かって歩く。高校は最寄りの駅まで結構遠くて、歩いて十五分はかかる位置にある。
それにしても、あいかわらず女子が多い。そしてキャッピキャピしている。やや早い時間に来てもこれなら、時間ギリギリだともっと女子が満ち満ちてるのかもしれない……ああ恐ろしい。
あとなぜか周りの生徒が俺のことをチラチラ見ている気がする。まあ、気のせいだろう。自意識過剰、ダメ絶対、うん。
「よっ、おはよ」
肩を叩かれ振り返ると、ヘッドホンを首にかけた芦原がいた。そのヘッドホンに手が添えられているところを見ると、今の今まで何か聴いていたのだろうか。危ないな。
「おはよ。それ、何か聴いてたの?」
「そりゃね、音楽聴くためにあるからね、コレ。まあ、聴いてたのは、知らないエロゲのサントラだけどさ」
「へぇー、でも歩きながらだと危な――えっ!? 何だって?」
とてもじゃないが朝から聞くには似つかわしくない、びっくりするような単語が聞こえた気がした。
「知らないエロゲのサントラ聴いてた」
聞き間違いじゃなかった……。
「……なんかそーゆータイトルの曲?」
「いや?」
「おおう……やっぱお前変だわ」
「心外だなー。別に聴きたくて聴いてるわけじゃないんだぜ? まあ、半分ぐらいは?」
肩を竦めながら、そう言う芦原。
「じゃあなんで聴いてるのさ」
「一応部活のためかなー」
「部活……あ! お前、アイツと同じ部だって言ってたよな! じゃあ、演劇部か!?」
――ねえ、君! 演劇って興味ない!?
正直、嫌なことを思い出してしまった。昨日は突然、演劇に興味がないかと聞かれて……。
「そ、不本意ながら、演劇部。まあ、なんでエロゲのサントラなんて聴いてるのかというと――」
「つーかお前、その言葉を連呼するなよ。周りに女子がたくさんいるだろ」
「別によくね? どーせみんな乙女ゲーとかやってんじゃないの?」
「知るか!」
「じゃあ聞いてみっか。あのさー――」
「わ! 馬鹿!」
「冗談だよ。ジョーダン」
バシバシと肩を叩かれる。意外と痛い。
「ま、何でンなモン聴いてるのかってーと、俺、音響担当なんだよねー」
「音響? あのゲームとかのスタッフロールとかで出る?」
「そんな本格的なもんじゃないけどねー。自分で曲作ったりはしないし?」
「いや、知らんけど……」
なんでもコイツが言うには、無料で行う公演ならば既成の曲を流しても著作権的な問題はないらしい。そして演劇部ではお金を取るような公演はしておらず、コイツが独断と偏見で集めた楽曲をBGMのように劇で流しているのだとか。
「まず詞が入ってる歌は、演技の邪魔になっちゃうことが多いからほとんど使わない。それに、みんな知ってるような曲じゃ、せっかくの劇から意識がそれちゃうでしょ? ア、ワタシコノ曲知ッテルー、てさ」
曲がりなりにも演劇部ということか、女子の声真似が……全然上手くねぇ、気持ち悪い。
まあ納得はできた。それで有名なドラマとか映画だとかの曲じゃなくて、そういうサントラの曲を使ってるわけか。
「そうそう。それなら知ってる人はかなり少ないからね。マイナーな映画でも良いわけだけど、ノベルゲームの音源の方がこういうシーンで使う曲だっていうのが分かりやすいんだよね。俺に分かりやすいってことは、お客さんにも分かりやすいわけでして。あとは、俺がやったことのあるゲーム、見たことのある映画の音楽は使わない。思い出補正が入って、客観的に曲の判断が出来なくなっちゃうから。それに……」
意外にも詳しく説明されてつい「お前ってユルくやってるのかと思ったら、結構真剣なのな。やっぱ演劇部ってアツい奴ばっかなのか……」と漏らしてしまった。
嫌な言い方をしたかもと、ぎょっとしたが。芦原はケラケラ笑うだけだった。
「アツいってどっち? ホットの方の熱い? それとも厚かましいの方?」
「どっちもかなぁ……」
芦原のやつ、今度は大声で笑い始めた。目立つからやめてくれよ。
「ホントおかしな奴だな、お前」
「いやいやー、昨日のあのシチュで、あんな切り返しをする相田君も大概だと思ったけどナー。中々でないよ? あの言葉回し」
さっきからちょいちょい昨日のことを思い出させられる……。あの朝のホームルーム前の出来事。アレはちょっと――反省してる。
* * *
「――ねえ、君! 演劇って興味ない!?」
目の前の少女にそう言われたとき、大いに慌てる自分と、それとは対称的に、妙に冷静になっている自分があった。
「演劇?」
「そう! 演げ――」
「興味ないから」
短く、簡潔に、誤解の余地がないように言い切る。
無理やり握られた手が離れていった。彼女の手は、目の前で、行く先をなくしたようにフワフワし、細かい震えも目に付いた。
「あ、ご、ごめん。突然過ぎたよね……。でもさ――」
「嫌なんだよ、わざわざ注目浴びるのなんて。本当にいい迷惑だ。今だってそう。見てみなよ周りを」
「え……」
こちらを窺う、顔、顔、顔。クラス中がこちらに注目している。
「君が注目を集めてくれたおかげで、まるで動物園の檻の中だ。それでなに? これだけじゃ飽き足らずに『もっと見世物になってくれ』だっけ?」
「え、演劇には裏方も……」
「ハ?」
「う、ううん……ご、ごめ――」
――キーンこンカンコ~ん、と再び妙に神経を逆なでするチャイムが響く。
彼女の消え入りそうな声は、それにかき消されて、担任が入ってくると彼女は何も言わずに席に着いた。
そこは、俺の隣の席だった。
* * *
「相田君って、意外と古典的なリアクションするのね」
昨日のことを思い出した俺は、両手で顔を覆いながら、地面に蹲っていた。
芦原のやつは、相変わらず笑ったままだ。
「すごく、はんせい、してます」
「そういうの見てると、昨日のが嘘みたいなんだけど」と芦原は笑う。
「いや……こうさ、カッと来ると、逆にスッと冷めるみたいな感じになることってない? え、ない? こうガシンと何かが落ちたみたいな」
「なるほど分からん。でもさ、反省してるんなら謝った方がいいんじゃないの? 席もお隣さんなわけだしね」
「まあ、席替えの後とかじゃ謝りづらいよな……」
「あ、うちの学校席替えないよ」
――ハイ!? ここも!?
「なんでも女子校時代からの慣習みたいで、全員女子なら席替えする楽しみなんてないよねって感じだったらしく、教員も席替えとか正直めんどくさいから今でもやらないとかなんとか」
「俺が前居た学校は男子校でさ、そこでも席替えなかったわ。地味に楽しみだったのに……。まあ、それはともかく、それならなおさら早く謝らないとなあ……」
芦原は頭をガシガシと掻いた後で、口を開いた。
「ひょっとすると、教室で謝るのは良い手じゃないかもしれない。火に油を注ぐことになるかも、しれない、というか……」
「え? なんで?」
「いや、油を注ぐ相手はキミタチ当事者についてじゃなくて、外野にね。やじ馬にね。君の言うところの檻の外の人間にね」
「どういうこと?」
「うーん。世の中、事実じゃなくて、面白そうな創作――というか噂か――がありがたがられるというか……。ま、いいや。とにかく、今アイツがどこいるか知ってるから、ついて来て」
芦原はそう自己完結すると、スタスタと歩き始めてしまった。
話を聞く限り、俺のためを考えてくれているのは確かなようなので、付いていくことにする。
道路の端で、カラスがゴミ袋を破り中身を漁っている光景が、瞼の裏に妙に残った。
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