第85話 剣という落下物
先に攻撃を仕掛けたのは僕だった。
氷魔術で何本もの巨大な氷柱をエルシィの真上に作り上げ、一気に落とす。彼女を追うようにして巨大な氷の塊が床へ下ろされた。
エルシィはそれを驚異的な跳躍力でバック転しながら後方へ回避し、一連の氷柱攻撃が終わるのを移動しながら待つ。
「へぇ、君の本命はそっちか」
僕の狙いはエルシィへ魔術を当てることではなく、その無数の氷柱が並ぶことによってできた氷の壁だ。カミリヤの周りを覆い、僕らの戦いから隔離させる。これから先、激しい戦闘で攻撃の余波が彼女に及ぶかも分からない。それを防ぐための手段だった。
ガラスのように透明度の高い氷の奥で、カミリヤは必死に何かを僕へ叫んでいる。氷を叩き、涙を流しながら。
彼女もきっと僕に色々と言いたいことがあるのだろう。でも、今はまだ再会を喜べる状況じゃない。帝都は魔蟲種だらけだし、目の前には彼らの親玉もいるのだ。
彼女と抱擁するのは、全てを終わらせてからだ。魔蟲種の殲滅も、エルシィとの因縁も、今ここで終わらせなければ。
「じゃあ、今度はこっちから行くよッ!」
エルシィの腕を覆っていた氷が砕け、手の平に超高熱の火球が形成されていく。
火球は僕を狙い、一直線に飛んで来た。
僕は瞬時に炎魔法で空中に爆発を引き起こし、その火球を爆風で掻き消す。
「へぇ、なかなかいい杖を持ってるね。どうしたの、それ?」
「お前の復讐に巻き込まれた人から譲り受けたんだよ」
「ふーん」
今僕が握るこの杖は大臣が最期に託してくれたものだ。少量の魔力でも高い威力を引き出せる代物で、僕が囚人時代に使っていた安物の仕込杖とは使いやすさが比べ物にならない。
皇帝が死んだことで偶然自分の手元に回って来たものだが、彼や大臣、この惨劇に巻き込まれた人間の敵討ち的な意味も込めて有効活用させてもらうつもりだ。
炎、氷柱、電撃。
僕とエルシィは撃てる最大の火力を以って自分の魔術を相手へ繰り出した。
激しい撃ち合いに互いの魔術が相殺され、その攻撃の余波は神殿の柱や像を粉砕する。
「こうしてると、あのときの戦いを思い出さない?」
「僕も同じことを考えてたさ」
エルシィが言っているのは、養成学校時代に模擬戦で対峙したときのことだろう。
僕は彼女を事故死に見せかけて暗殺するために試合へ臨んだ。しかし技も思考も全てを見抜かれ、計画は水泡に帰した。
「あのときは私に全然歯が立たなかったよね、レイグ君!」
「学校を勝手な理由で中退したくせによく言う」
「君こそ、私が退いたおかげで首席になれたくせに!」
確かに、当時の僕は首席の座を喉から手が出るほど欲していた。エルシィが行方不明になった当時、僕が首席に成り上がるため彼女を密かに葬ったのではないかと疑われたものだ。
でも今になって、首位なんて僕の人生にとって大した意味はなかったと思う。僕が本当に欲しかったのは人の温かさだ。ずっと貧困と暴力の中で生きてきた自分にはそれを自覚することができなかった。
「どうしてお前はそんな道に進んだんだよ!」
「これが、本当に私のしたかったことだからに決まっているでしょ!」
それはエルシィも同じだと思う。
復讐相手を憎むあまり、自分が欲しているものが分からなくなっている。
いや、本当はそれを自覚していて自分を騙しているのかもしれない。そんなことを続けても苦しいだけなのに。
「だったら、どうして僕の部屋で別れたとき、お前は泣いてたんだよ! 本当はずっと学校に留まっていたくて、僕とも離れたくなかったんだろ!」
「……」
「僕はずっと後悔していた! こんなことになると分かっていたら、何が何でも止めたのに!」
僕の言葉にエルシィは一瞬だけ優しく微笑んだ。攻撃の手を止め、無言で互いを見つめる時間が生まれる。
彼女に心が届いたのかと思い、僕は少しの間安堵した。
しかし――
「あなたが私を想ってくれることは嬉しいけど、もう遅いよ、レイグ君。私の目的はすぐに達成される」
「何だと?」
「私の
エルシィは夜空を見上げた。
紅い流星と青い流星が何度もぶつかり合い、光の粒子の散らしている。あそこでは人智を超えた壮絶な戦闘が行われているのだろう。
「真の力を発揮している今の骸鬼なら、あのポンコツ女神の勇者なんて簡単に捻り潰せる。もう終わりよ」
「嘘だろ……!」
「さぁ、誰の邪魔が入らないよう時間は稼いだ。だから、もう勇者に止めを刺しちゃって!」
エルシィは天を仰いだ。
そして一際大きな衝撃音が大気を震わせ、何かが落下してくる。
まさか、勇者の死体だろうか。
あれだけ勇者召喚のために苦労を重ねてきたのに、もう終わってしまうのだろうか。
激しい衝撃音とともに、それは大理石の硬い床に深く突き刺さった。
「えっ……」
落下物の正体に、僕とエルシィの表情が固まる。
「ど、どうして……!」
それは、剣を握ったままになっている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます