第80話 救済という罰

「ここはもう限界です! 敵を抑え切れません!」

「そんな……!」


 帝都の防衛基地には逃げた市民が押し寄せ、さらにその後方から魔蟲種アラクニドの波が追いかけて来ていた。


 魔法陣の結界によって強化された小型バリケードも敵の猛烈な攻撃に破壊された。動ける都市防衛用ゴーレムも残り少ない。

 これまで何度も撤退を繰り返して陣形を立て直しつつ応戦してきたが、それも限界に近づいている。このままでは作戦本部や市民を隠している避難施設に到達されるのも時間の問題だ。


「ここには何千という市民が集まっているのに……」


 高いやぐらの上に設置された対策本部。帝都の防衛を任されたユゥリナ・フランデ少佐はそこから防衛拠点全体を見渡した。

 負傷者があちこちに横たわる。治療魔術師を総動員しているが、それでもまだ数は足りてない。

 格納庫にあった兵器は全て持ち出され、空いたスペースに怯える市民が固まっている。不安を募らせた一部の避難者が作戦本部へ状況を確認しようと詰め寄り、それを警備兵がどうにか抑えている状況だ。


「マグリナ様も消息不明になっているというのに……一体どうすれば!」


 ユゥリナは頭を抱え、机上の作戦地図へ俯いた。

 都市防衛などの軍事関係の職務を担うマグリナ・クアマイアは百足型巨大魔蟲種との戦闘中、猛烈な爆発が起きてから連絡が取れていない。

 現在の窮地を脱するには彼女と同レベルで強い仲間が欲しいところだが、ユゥリナ自身を含めて周りにはそんな人材もいない。


 ドォォオオン!


 基地のすぐ傍で閃光が上がり、遅れてユゥリナの耳に爆発音が届いた。


「まさか……!」

「フランデ指令、最後の隔離壁が突破されました!」


 ユゥリナが櫓から爆心地を見下ろすと、そこには黒煙の中を悠々と歩く小鬼蟲たちの姿があった。魔術結界で強化されていたはずのバリケードは無残にも粉々にされ、これで敵の侵入を防ぐ障害物は全て消失したことになる。


「そんな……嘘よ」


 もし敵が自分たちと同じ人間ならば、降伏して命だけは助けてもらうこともできただろう。しかし、魔蟲種が相手ではそうもいかない。相手は敵を見境なく殺す化け物だ。次々と拠点内へ足を踏み入れる無数の黒い影に、そこにいた全員が恐怖で凍り付いた。


「こ、皇帝陛下、万歳!」


 ユゥリナの部下が一人、懐からナイフを取り出して自分の首へ刃を当てた。ユゥリナは急いでその腕を掴み、部下の奇行を止めさせる。


「や、止めなさい! あなた、何をしようとしているの!」

「もう自分たちはお仕舞いです! あの数が相手では我々はどうすることもできません! あんな惨い殺され方で死ぬくらいなら、自ら命を絶って――」

「今の私たちの任務は自分の死体を綺麗に保つことではありません! そこにいる市民を最後まで守り抜くことです!」


 そのとき――


「そこにいる指揮官の言うとおりだな。こんな場所で死んだところでどうにもならんぞ」


 ユゥリナの背後から声がした。


「あなたは……!」

「自己紹介なんてするつもりはない。俺は用事があって基地ここに立ち寄っただけだが、何やら大変なことになっているな」


 振り向いた先には森精霊エルフの若い男がいた。

 彼はいつの間にここへ侵入したのだろう。全く気配を感じなかった。

 その場にいた将校たちは男の登場に驚き、彼を見つめながら固まっていた。


「俺はこんな国、大嫌いだが、今回だけは特別に手を貸してやる」

「え?」


 その男は櫓の縁から魔蟲種の大群を見下ろすと、魔力で光の弓矢を形成し始めた。彼の周囲に何百もの矢が現れ、敵に向かって掃射していく。雨のように降り注ぐそれは小鬼蟲たちの頭部を全て正確に撃ち抜き、その動きを次々に沈黙させる。空に漂う戦車の硬い甲殻にも貫通し、彼らを地面へ叩き付けた。


「す、すごい……」


 それはほんの数秒の間に起きた出来事だった。

 自分たちへ迫っていた魔蟲種たちは一瞬にして殲滅され、そこに死骸だけが残される。大砲やゴーレムを使っても成し遂げられなかったことを、この男は簡単に終わらせた。


「よっ!」


 気が付くと、男とは別の侵入者が自分の背後に立っていた。灰色の毛並みを持つ、狼タイプの獣人女だ。彼女はニヤニヤ笑いながら森精霊エルフへと近づき、彼の肩をポンポンと叩いた。


「何だかんだ言って、やっぱりアンタは人助けが好きだな。さすがアタシの相棒だ」

「うるさい……それよりもここに宝玉はあったか?」

「いいや。そんなもの、基地ここに持ち込まれてないみたいだ」

「そうか。やはり、あの百足みたいなヤツが使ったのかもな」

「それよりもさ、さっき風に乗ってカミリヤの臭いがしたんだよ。帝都の神殿の方角から」

「早くアイツを確保しないと。すぐに移動するぞ」


 彼らはそんな会話をすると、櫓から飛び降りてユゥリナの視界から消えていった。


 一体、あの人たちは何だったのだろうか。

 突然現れ、突然去っていった。

 彼らが敵なのか味方なのか、定かではない。


 それでも窮地から自分たちが助かったことに変わりはないのだ。

 彼が稼いでくれた時間を有効に活用しなければ。


「今のうちに街に残された負傷者を救助しましょう! それと、次の敵襲に備えて兵器の補給や修復を!」

「了解です!」


 ユゥリナの目はギラリと輝き、ここで生き残る決意を胸に抱いた。

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