第10章 僕らの描いた憧憬の正体
第76話 レイグという救助者
「本当に、ここが帝都なのか……?」
僕はデリシラとユーリッドを連れて森林に隠されていた地下遺跡の出入り口を発見し、どうにか帝都へ潜入できた。しかし奥に進む途中、遺跡の一部が崩れて行き止まりになっており、僕らは一番近い緊急脱出口から地上へ出ることを余儀なくされた。目的地である帝国軍の防衛拠点とは多少距離があり、そこから地上ルートを歩いていくしかない。
そこで僕が見たのは地獄絵図だった。
地下から出口の蓋を持ち上げると同時に漂ってきたのは、何かが焦げる臭い。見える光も街灯のものではなく、ぼうぼうと燃え盛る炎から放たれる光だ。
いつもの穏やかな夜景は完全に消え去り、帝都は死体と炎で溢れていた。
街の大通りは原型を留めない人間の死体で覆い尽くされている。女性も子どもも関係なく、無差別に殺されていた。血の匂いが鼻を突く。
その死体に混ざって、
「何なんだよ、あのデカい山は……」
その凄惨な景色の中で目を惹くのが、街に横たわる巨大な黒い山脈だ。あれも魔蟲種なのだろうか。よく見れば百足のような足が何本も生えており、その重量を武器に建造物を次々と破壊していたらしい。
近くには熱でドロドロに融けた四足歩行戦車がその百足へ重なるように寄り掛かっていた。おそらく操縦者は決死の覚悟でこの魔蟲種に挑み、至近距離で魔導砲を撃ち込んだのだろう。融けた装甲の隙間から黒焦げになった死体が窺える。地下遺跡が崩落したのも彼が引き起こした自爆が原因かもしれない。この爆発は百足に対してそれなりにダメージを与えられていたようだ。
しかし――
「この魔蟲種の頭はどこだ……?」
百足の頭部分が見当たらない。魔導砲の熱で完全に融けてしまっているのならそれでいいが、上半身だけ分離してどこかに逃げてしまっている可能性も考えられる。爆心地から離れた街道に、巨大な手形のような足跡が帝都の中央に向かって続いていた。
僕は夢でも見ているのだろうか。
帝都がこんなことになるなんて、本当にありえるのか。
この街は帝国の政治・経済・軍事の重要拠点であり、こうした事態を防ぐための対策は必要以上に行われていたはずだ。
魔導砲。
防壁。
結界。
都市防衛用ゴーレム。
帝国が莫大な資金を使って用意したそれらはどうなったのだろう。ちゃんと機能したのだろうか。
それよりも――
「これがお前のしたかったことなのかよ、エルシィ……!」
この惨事を引き起こしたのはエルシィだ。彼女はカミリヤと宝玉を追って帝都に向かっていたはず。
かつて恋仲にあった彼女がこんなことをしたのかと思うと胸が張り裂けそうになる。やり場のない怒りが僕の体を震わせた。
僕は彼女を止めることができなかったのだろうか。
養成学校時代に言葉の選択肢を間違っていなかったら、この状況は生まれなかったのだろうか。
そんな後悔も胸の奥に渦巻いていく。
「おいレイグ、これからどうすればいいんだ? 聞いてるのか?」
「ああ、悪い。少し考え事をしてた」
「別に、こんな状況じゃ誰だって色々考えるさ」
心の奥での淀みを断ち切るように、デリシラは僕の肩を強く叩いた。
そうだ。
僕にはやらなければいけないことがある。
「予定通り、アンタたちは帝国軍基地へ向かって宝玉を確かめてくれ。僕は他にやることがある」
「アンタは別行動なのかよ」
「この近くにカミリヤが捉えられていそうな場所に心当たりがある。そこを確かめたらすぐに合流するから、先に向かっていてくれないか?」
「あ、ああ……」
デリシラが僕の提案を承諾するのと同時に、僕は基地とは別の方角へ走り出した。
どうしてマグリナはわざわざ帝都から離れた森林で宝玉とカミリヤを奪いに来たのか。奪うだけなら帝都に到着したタイミングでも問題ないはずなのに。
その答えは、おそらくマグリナは勇者召喚を極秘裏に進めたかったからだ。帝都に近づくほど人目が増え、自分の策略が表に出やすくなる。多くの兵士が警備している帝都の正門で奪い取ろうものなら、マグリナと対立する他の貴族や政治家たちの知るところとなってしまう。そうなれば政敵に成果を横取りされる危険性が高い。
このことを考えると、マグリナは宝玉やカミリヤを敵の手が届かない場所へ保管しようとするはずだ。宝玉は軍の魔力遮断設備を使うのは仕方ないとしても、カミリヤだけは他の連中が手を出しにくい場所に連れ込んだのではないだろうか。
思い浮かんだのはマグリナの豪邸だ。
カミリヤはそこに監禁されているのではないだろうか。あそこなら部外者を完全に排除できるし、政府内の人間も迂闊に入れない。
地下遺跡の陥没によって帝都の防衛軍基地から遠い場所に出てしまったが、偶然にも彼女の家に近い場所へ出られた。僕はそこに向かって瓦礫と死体だらけの道をひたすら走る。
マグリナに斬られた傷からの失血によって体のふらつきはある。それでもカミリヤの方が遥かに危険な状況に置かれているのだ。僕の体がどうなろうと、そんなの関係なかった。
そして――
「ここだ……」
高級住宅街を走り続け、僕はそれを発見した。
かつて少年期に僕が侵入したときと変わらない、薔薇の庭園に囲まれた豪邸がそこにあった。部屋に灯りはなく、人の気配は感じられない。酷く静まり返っていた。
「思えば、アイツとの因縁はここから始まったんだな……」
魔導書を盗んだとき、僕は初めてエルシィとここで出会ったんだ。そうして彼女に弱みを握られ、僕は彼女と関係を深めていくことになる。
僕は固唾を飲み込み、暗闇に包まれた館へと足を踏み入れた。
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