第75話 神殿という決戦場
「私の中に、レイグさんとの子どもが……?」
「そうよ! 私が封印されている間にできたの!」
「レイグさんと……」
「あなたが死ねば、その子も死ぬ! あなたはそれでいいの?」
もし刑罰を無事に終えられたら、レイグさんとやりたいことはたくさんあった。
結婚式、ピクニック、料理、出産、子育て、色々あり過ぎて数え切れない。それが叶わなくなった今、せめて彼が私を愛してくれた証明だけでも自分の傍に残しておきたい。自分が死ぬことで、子どもまで道連れにするのは嫌だ。
私を守ってくれた彼との子どもを絶対に産みたいと思った。
「早く、ここから出なきゃ……!」
「さぁ、行きましょ! みんな誰かが魔蟲種を倒してくれるのを待ってる!」
「はい!」
ロゼッタさんは私の腕を掴み、白い空間の奥へ走り出した。何もなかった場所に突然割れ目が生まれ、そこから強い光が漏れ出す。私とロゼッタさんはその光の道に吸い込まれていった。
* * *
私はレイグさんとの子どもを守るために、意識を自分の体へ徐々に戻していく。
視界に映るのは、ゆったりと炎を上げ続ける松明。
背中には冷たい石床。
黒色の壁と天井。
私はまだマグリナの地下室に閉じ込められているようだ。顔を動かして周囲を見渡しても彼女の姿はない。彼女は私を置いてどこかに出かけているらしい。
「あれ、解けてる……」
私の手足を拘束していた麻縄は緩んでおり、自由に体を動かせるようになっていた。私は石床から立ち上がると、出口らしき鉄扉へ駆け寄る。しかし扉はガシャガシャと音を立てるだけで開く気配はない。こちらに鍵穴はなく、向こう側から鍵が掛けられているようだ。これでは逃げ出すことができない。自分の心に焦りが募っていく。
「どうしよう、ロゼッタさん! 全然開きません!」
「大丈夫。今の私は完全に力を取り戻しているのよ」
カチャリ!
目の前で音がした。
ゆっくりと扉を押すと、それは簡単に開いてしまった。
「ロゼッタさんが開けたんですか?」
「そうよ。今の私ならこれくらいの障害は簡単に取り除ける。だから、今はどんどん先に進んで!」
「はい!」
扉の先にあった階段を駆け上がると薄暗い廊下の端に出た。そこに灯りはほとんどなく、外はまだ夜らしい。ここにも人の気配はなく、不気味なほど静まり返っている。
手の込んだ柄のカーペットが敷かれた床をさらに走り抜けると、客用の寝室らしき部屋に突き当たった。室内には天蓋付きのベッドが置かれ、壁には金色の額縁に飾られた絵画が掛けられている。
とにかく広い豪邸で、玄関を探すのは骨が折れそうだ。一階にあるその辺の部屋から外へ出た方が早いかもしれない。
窓の鍵に手を掛けようとしたとき、ガラスに反射する自分は何も衣服を纏っていなかったことに気付いた。緊急事態とはいえ、さすがに全裸で外出するのは気が引ける。
私はベッドから白いシーツを強引に引き剥がすと、それを体へ巻き付けた。端を胸元で結び、大事な部分がギリギリ隠れるようにする。そして窓を開け、外にあった薔薇の庭園を裸足で走った。
「それで、ロゼッタさん! どこに向かえばいいですか!」
「前に私たちが勇者召喚をしようと試みた、あの神殿よ」
「どうしてですか?」
「あの場所は神聖な魔力に溢れてる。きっと、これまでで一番強い勇者を召喚できるわ!」
「分かりました!」
帝都の中央に存在する巨大な神殿での出来事は今でも覚えている。あの場所で皇帝陛下や大臣、そしてレイグさんが見守る中、勇者召喚に失敗して私は裁判にかけられた。そのせいで魔蟲種を討伐しなければならなくなったが、代わりにレイグさんに会えた。あの失敗がなかったら、今の私はずっと殻の奥に閉じ篭っていたのかもしれない。
あの場所に戻るんだ。
確か、神殿は皇居の横に建てられていたはず。
私は爆音や悲鳴が聞こえる夜の帝都を、中央街に向かって駆けていった。
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