第74話 優しさという資格

 ここはどこだろうか。


 気が付くと私は真っ白な空間にいた。天井も床も壁も全部が白だ。

 私はさっきまでマグリナの屋敷にいたはずなのに。

 この場所はどこか見覚えがある、懐かしい感覚がした。

 私は前にもここへ来たことがあるようだ。


「ねぇ、カミリヤ」

「……誰?」


 目の前には銀髪の綺麗な女性がいる。青い瞳がキラキラしていて、肌は透き通るように白い。純白のキトンを着用しており、その姿はまるで女神だ。


「もしかして、あなたはロゼッタさんですか?」

「ええ。そうよ?」


 宝玉によって意識を失っていたはずのロゼッタが復活した。

 これが夢でなければ現実世界で何らかの変化が起きたということだろう。


「もしかして、あの宝玉が……」

「ええ、そうよ! ヘレスの持っていた宝玉が保持する魔力が変化したおかげで、こうして力を取り戻すことができたの!」


 もう一度、私は彼女の体を眺めた。ロゼッタ本来の姿は自分も初めて見たかもしれない。

 やはり女神だけあって、すごく綺麗だった。白い空間に同化しそうなほどシミ一つない肌が眩しい。


「さぁ、起きるわよカミリヤ! 早速勇者召喚しましょ!」


 ロゼッタさんの声は張り切っている。

 彼女の温かい手が私の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとした。


 しかし――


「私は……もう行きません」


 私はロゼッタさんの手を振り払い、その場に座り込んだ。


「どうして、カミリヤ?」

「怖くなったんです。私のせいで……レイグさんが……傷付いて」


 レイグさんが死んだ。

 マグリナに殺されて。


 自分に不相応な力を持っているせいで私は狙われてしまった。

 私が世間知らずなせいで周囲の思惑に気付けなかった。

 自分の無力さを痛感した。


 レイグさんは最期までそんな私を守ろうとして殺されたんだ。

 彼が橋から落ちる瞬間に見た、あの苦しそうな顔が頭を離れない。


 私に『勇者召喚』という力さえなければ私は狙われず、レイグさんは生きていたかもしれないのに。彼の命を間接的に奪ってしまった罪悪感が私の体を恐怖で震わせる。


「ねぇカミリヤ、覚えてる?」

「な、何をですか?」

「どうして私がカミリヤに憑依したのか知ってる?」

「え? ルイゼラさんが行っていた、女神を憑依させる儀式をしたからですか?」

「ううん。そんなことをしなくても私は誰かに憑依するつもりだった」

「じゃあ、どうして私に?」

「私はあなたに問い掛けたの。『強い力があったら何をしたい?』って」


 ああ、そうだった。

 私は何年も前にこの空間へ来たことがある。


 あのときはルイゼラに閉じ込められて儀式をしていた頃だろうか。私は今と同じような状況で五感を遮断し、自分の内側へ逃げていた。

 そのとき誰かが自分に「ねぇねぇ」と問い掛けてきたのだ。聴覚は封じているはずなのに声だけが聞こえる。まるで脳内に誰かがいるみたいだった。


「そしたらあなたはこう答えたわ。『私は――」

「『私は魔蟲種アラクニドで困っている人々を助けてあげたい。自分みたいに故郷を失って悲しむ人を作りたくない』ですよね?」

「うん。私はそれを聞いて確信したの。この子なら勇者召喚を政治や経済のために使わず、人々を守るためだけに使ってくれる、って」


 魔蟲種によって両親と故郷を失っていた私は、彼らを倒す力を望んだ。もうあんな悲しい思いはしたくない。私に儀式を行っているルイゼラも、この魔蟲種だらけの世界をどうにかしようと私に勇者召喚させようとしているだけなんだ。

 優しい両親に育てられ、人間の怖さを知らなかった私はそんなことを思っていた。


「今、帝都に何万匹もの魔蟲種アラクニドが侵攻してる。このままじゃ多くの人間が死ぬわ」

「そんな……」

「あなたがいる場所もいずれ発見されて敵に殺される。早く逃げないと……」

「でも、私にはもう関係ありません。他の人に憑依してくれた方が自分よりも巧くやってくれると思います」

「レイグもあなた自身の願いを叶えることを望んでいたはずよ!」

「あの人はもういません。レイグさんがいない世界に生き続けるくらいなら、このまま死んだ方がマシです」


 魔蟲種を倒すという夢は踏み躙られ、最愛の男性も殺された。

 もう私に再び立ち上がる気力なんてない。魔蟲種の恐ろしさを超える人間の残虐さを知ってしまい、平和と幸せを願う決意はすっかり折れてしまった。視界から色の鮮やかさが消え、聞こえる音が遠くなる。全てがどうでもよくなっていた。


「でも、レイグがあなたに残したものを守らないと」

「あの人が何を残したっていうんですか?」


 ロゼッタさんは両手を私の肩を掴み、瞳を真っ直ぐに覗き込む。


「あなたの体には、レイグとの子どもが宿ろうとしているの」

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